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五十五話:いつの日かきっと

電車に揺られ、たどり着いたのは海沿いにある大きな公園だった。


目的地は、その敷地内にある水族館。


せっかく3人で出かけるのだから、買い物だけで帰るのはもったいない。

そういう話になり、いくつか候補を出し合った結果、最も高い支持を集めたのがここだった。


小春さんも成瀬さんも、生き物が好きらしい。


特に成瀬さんは、魚が好きなのだとか。


僕も魚は好きだ。

炙った魚は、特に好きだ。


「あれが水族館?」


小春さんが、海風に吹かれながら綺麗な建物を指さして言う。

大きなガラス張りの外観が、太陽の光を受けてきらきらと輝いている。


「うん。早く行こう」


そう答えた成瀬さんの声も、いつもより少し弾んでいる。

本当に好きなんだな。


チケットを購入して館内に入ると、辺りは薄暗く、青い光に包まれていた。


壁に沿って並ぶ水槽の中を、小さな銀色の魚たちが群れになって泳いでいる。

ひとつの大きな生き物のように、揃って向きを変える姿は、なかなかに興味深い。


ほほう。


これは、イワシでしょうか。

焼くのもいいけど、刺身もいいね。


「わあー……」


小春さんが、水槽に張り付くようにして魚たちを目で追いかけている。

僕とぜんぜん違うことを考えているのは一目瞭然だった。


「ともかちゃん、あの魚はなんて名前なの?」


「あれはイワシだよ。ほら、ここにも書いてあるよ」


本当だ。


水槽の脇に魚の名前が書いてある。

やっぱりイワシだ。僕の見る目は正しかったということだ。


「ほら。こっちこっち」


成瀬さんに促され、僕たちはさらに奥へと進む。


その先にあったのは、壁一面を覆う巨大な水槽だった。

たくさんの魚が行き交う中で特に目立っているのは、両手で抱えるぐらいに大きな、見覚えのある魚だ。


「あれって、もしかしてマグロ?」


「マグロ……?」


「うん。クロマグロだよ」


悠然と泳ぐ大きな魚たちを見上げる。

これだけ迫力があると、さすがに食欲とは違うものが刺激される。


マグロって、水槽で飼育できるんだなぁ。


知らなかった。


「マグロって、時速100km近くで泳げるって話があって……」


「そんなに?」


小春さんが目を丸くしている。


素早い。


そんな速度でぶつかったら、水槽は大丈夫なんだろうか?

大丈夫だから、こうして飼育されているんだろうけど。


「でも、いろんな説があるんだよね。いつかほんとに調べてみたいなぁ」


「……調べられるといいね」


志が高い。


それにしても、成瀬さんは本当に魚に詳しいな。

もしかすると、さっきの根付も原口少年の好みというより、成瀬さん自身の好みで選んだのかもしれない。


だからって、根付にすることはないとは思うけど。


その後も、成瀬さんが楽しそうに魚の説明をしてくれるのを聞きながら、館内を歩いた。

普段は控えめな成瀬さんが、いつも元気な小春さんよりも生き生きしている。


なにかを『好き』というのは、本当に素晴らしいことだと思う。


「あっ、見て!あの魚、変な顔!」


「あれはね――」


元気でよろしい。



水族館を出る頃には、空が茜色に染まり始めていた。


館内のカフェでおしゃべりをしたり、併設されたショップで真剣に悩んだり。

そうしているうちに、思っていた以上に時間が過ぎていたらしい。本当にあっという間だ。


「楽しかったー!」


海沿いの遊歩道を歩きながら、小春さんがくるくると回ってそう言った。

気持ちを抑えきれないという感じだ。


こういう時の仕草が、どことなくピューイさんに似ている。


小春さんは浮いていないけど。いや、もしかしたら浮けるのかもしれないが。


「うん。思っていたより、すごくよかった」


「でしょう?」


得意げに言う成瀬さんに、僕と小春さんは揃って頷く。


本当に、良かった。


今度は咲と一緒に来たいな。

もう子供じゃないんだよ、なんて言われるかもしれないけれど。

でも、魚の説明なんかを上手くできたら、少し尊敬してくれるかもしれない。


成瀬さんの受け売りだとばれないようにしないと。


「私ね、水族館の飼育員になるのが夢なんだ」


成瀬さんが、海の方を見ながらそう言った。


「そうなんだ?すごく魚のこと、詳しかったもんね!」


「うんうん。成瀬さんなら、絶対なれるよ」


今日の成瀬さんの姿を見れば、それ以外の道が想像できないぐらいだ。

本当に楽しそうで、魚のことを話している時の目は、きらきらと輝いていた。


その夢が叶えばいいと、心から思う。


「私なんて、まだまだだよ。もっと勉強しないと」


謙虚だなぁ。


確かに、どんなことでもプロフェッショナルになるというのは険しい道だ。

魚が好きというだけで、なれるものではないのだろう。


落日の光が僕らを照らす中、成瀬さんがこちらを向いた。


「ねぇ、2人の夢は?」


夢。


夢、か……そんなものを最後に意識したのは、いつだったか。


すぐには答えられない僕より先に、小春さんが少しだけ空を見上げてから、静かに口を開いた。


「そうだなぁ……世界が平和になればいいなって、思うよ」


「世界……平和?」


首を傾げた成瀬さんの頭上に、『?』の文字が浮かんで見える。

そりゃぁそうだろう。誰だってそうなる。


でもね、成瀬さん。小春さんの目を、よく見てほしい。


彼女は本気だ。


「……変かな?」


「う、ううん。でも……すごく大きな夢だね」


成瀬さんが戸惑いながら、そう答える。


――ピューイさんは、小春さんのことを『最強の魔法少女』だと言っていた。


では、その最強の魔法少女が成長したら?


それは即ち、『最強の魔法使い』あるいは『最強の魔女』だ。

もしかすると、『すごく大きな夢』を本当に叶えてしまうかもしれない。


願わくば、このまま健やかに、優しいままで育ってほしい。


世界のためにも。


「ひよりちゃんは?」


成瀬さんに名前を呼ばれて、我に返った。


僕の、夢――そんなものが、もしあるとするなら。


「どうしても、もう一度会いたい人がいるんだ」


僕の、たったひとつの願い。

いつの日か、きっと。


君に。


「えっ、もしかしてそれって、好きな人!?」


小春さんが大きな声を上げた。


「ええっ!?」


成瀬さんも、驚いた顔でこちらを見る。


「う、うん……」


間違ってはいない。

間違ってはいないんだけど、これはたぶん、ものすごい誤解を生んでいるぞ。


「じゃあ、松江くんの告白を断ったのって……」


「だよね!?」


興奮して言う小春さんに、成瀬さんも全力で追従する。

あれ?


「どうして小春さんがそれを……?」


「どうしてって、そんなのもうみんな知ってるよ」


おっと……『みんな』というのは、どの範囲の『みんな』だろう。


恐ろしい。


「す、すごい……大人だ!」


大人だからね。


「私、ひよりちゃんの夢、応援するよ!」


「私も!応援する!」


どうやら、2人とも応援してくれるらしい。


ありがたいことだ。


でもなぜだろう。ちょっとだけ、嫌な予感がするなぁ。



わいわいと騒ぎながら、夕日の中を一緒に歩いた。


煌めく海がとても綺麗で、この光景はきっと。

きっと、今日が終わっても、いつかこの不思議な生活が終わっても。


忘れないかもしれないと、そう思った。

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