五十四話:1ターンに2回行動
「昼食は冷蔵庫に入れておきますから、ちゃんと食べてくださいね」
「はーい。ママありがとー」
誰がママだ。
今日は土曜日。
如月家での食事は当番制で、本来であれば土曜日は如月さんの担当日だ。
でも、最近の如月さんは『変身能力を持つ敵性宇宙人』の案件と『連続殺人事件』の掛け持ちで多忙を極めている。
連日遅くまで働いている彼女に代わって、ここ数日の料理はすべて僕が担当していた。
今日は月城さんが朝から留守にしているし、僕もこれから出かけることになっているから、如月さんの分だけ昼食を用意して、冷蔵庫にしまっておいたというわけだ。
簡単なものだけど、放っておくとこの人はファストフードかなにかで適当に済ませてしまうから、それよりはマシだろう。
「ひよりちゃーん、将来はお嫁に来てねー」
如月さんが、リビングのソファーでごろごろしながら適当なことを言ってくる。
長い黒髪を無造作に広げて、クッションを抱えたまま寝転がっている姿は、まったくもって美女が台無しだ。
たまの休みだから、仕方ないのかもしれないけれど。
「やめてくださいよ。それより、そろそろ出ますから、ちゃんと起きてくださいね」
「えー、もうちょっと寝ていたかったんだけどなぁー」
可愛く言ってもだめですよ。
わざとらしい不満の声を無視して、自分の部屋に戻る。
時計を見ると、あまり時間がない。
ベッドの上に広げてある、月城さんが用意してくれた余所行きの服に着替えなければ。
「……変なところはないよな?」
着替えを終え、鏡の前でくるくると回って確認してみる。
白いブラウスと、淡い水色のワンピース。
胸元には小さなリボンが付いていて、裾は歩くたびにふわりと揺れる。足元には白い靴下。
派手ではないけれど、休日に友達と出かける小学生らしい服装……とのことだ。
月城さんがそう言っていた。
うん。よくわからないけど、大丈夫だろう。
それにしても、最近の女の子の服というのは、着るのにこんなに時間がかかるのか。リボンやらボタンやら、構造が複雑すぎる。
どれを先に着るのか、どこをどう留めるのか。
説明を聞いたはずなのに、途中で何度もわからなくなった。
咲の時は……もっと着替えやすい、簡単な服ばかり選んで着せてしまっていた。
もしかすると、友達付き合いの中で色々と肩身の狭い思いをさせていたのかもしれない。
それに文句のひとつも言わずに、僕が買ってきた服をいつも嬉しそうに着てくれていた娘の顔を思い出すと、今更ながらに申し訳なさを感じる。
……おっと。
感傷に浸っている場合じゃない。遅刻するわけにはいかないな。
急がなきゃ。
いくつもの路線が集まる、都心の大きな駅。
広い構内には休日を楽しむ人たちが行き交い、天井近くに並んだ案内板が、それぞれ違う方向を指し示している。
集合場所に指定した広場に向かうと、すでに2人の姿があった。
大きな柱の前で、小春さんと成瀬さんが楽しそうに話している。
「ごめん、お待たせ!」
そう声をかけながら、小走りで2人に合流する。
小春さんは、動きやすいショートパンツに、元気な黄色のパーカー。
学校にいる時と同じく、活発そうなスタイルだ。
成瀬さんは白いブラウスに、落ち着いた色のカーディガンと膝丈のスカート。
肩から小さな鞄を下げていて、こちらはおしとやかな印象だ。
どちらもよく似合っていて、それぞれの個性を引き立てている。
……僕は大丈夫だよな?
本当に変なところはないよ……な?
不安でならない。
今日は成瀬さんのお願いで、『卓也の誕生日プレゼント』を一緒に選ぶことになっている。
卓也というのは、ご存じ成瀬さんの『幼馴染』である原口少年だ。そして『変身能力を持つ敵性宇宙人』の案件における、最も有力な容疑者でもある。
こちらとしては情報収集のためにぜひ参加したいイベントなのだが、小春さんも一緒というのは少々都合がよろしくない。
あまり深く小春さんと関わるのは、やはり危険が大きいし、ピューイさんにも小言を言われてしまう。
だからできれば必要以上の接触を避けたいのだけど、『もうサッカー部の見学には来ないで』なんて言えるわけがないし、露骨に避ければ、それこそ怪しすぎるだろう。
……その結果、こうして今日も一緒にお出かけとあいなったわけだ。
事情を知らない成瀬さんから見れば、僕と小春さんはあからさまに仲良しだし、誘うなら一緒に誘うのが当然だ。
なにもおかしなことはない。
どうしたもんだろうね。
まあ、2人きりじゃないだけマシか。成瀬さんがいてくれてよかった。
誘ったのも成瀬さんだけどね。
「あ、ひよりちゃん。ぜんぜん待ってないよ。私たちもさっき来たところ」
小春さんが笑って答える。彼氏か。
「お、おはよう、ひよりちゃん」
じろじろ見てしまったせいか、成瀬さんが少し恥ずかしそうにしている。
この姿じゃなかったら大問題だ。気を付けよう。
「それじゃ、行こっか」
「うん。こっちだよ」
2人を案内して歩き始める。
駅の周囲には背の高い建物が並び、通りに面した店のショーウインドーには、色とりどりの商品が飾られている。
このあたりまで来ることはあまりないのか、小春さんと成瀬さんは、あちこちを見ながら楽しそうに話していた。
「あっ、見て。あれ、あれだよね!?」
「ほんとだ。ネットで見たことある……」
へぇー、見たことあるのか。
僕はない。あれはなんだろう。
「入ってみる?」
「そうしてみたいけど……時間がなくなっちゃうかも」
「あ、そっか」
小春さんが足を止めるたび、成瀬さんがやんわりと目的地へ促してくれる。
危なかった。
僕だけでは小春さんをコントロールすることなどできなかっただろう。
大通りから少し外れた道へ入り、高い建物の間を進んでいく。
やがて、周囲の景色から取り残されたように建つ、小さな店が見えてきた。
「わ、素敵……」
「おお……あれがひよりちゃんの言ってた店?」
たどり着いたのは、都心部の真ん中には不似合いな、路地裏にある小さな雑貨屋さん。
レンガ造りの外観に、蔦が絡まるアンティーク調の可愛らしいお店だ。
ここは以前に偶然見つけて、誕生日のプレゼントを買った店である。
……咲がちょうど今の2人と同じぐらいの年齢だった頃の話だ。
何年か前に一度訪れたきりだったから、もちろん事前に下調べはしてある。
こういう店は油断しているといつの間にかなくなってしまっていたりするものだ。
もし自信満々で2人を案内して、店がなくなっていたら……想像するだけでも恐ろしい。
扉を開けると、カラカラと涼しげな音が鳴る。
店の中は、数年前とほとんど変わっていなかった。
棚には可愛らしい手作りの小物やアクセサリ、キーホルダーやぬいぐるみ。
奥の方には、扇子や細かい柄の入った箸などが並べられた和風のコーナーもある。
観光客向けかもしれない。
「へぇー、いろいろあるなぁ」
「卓也には、なにがいいかな……」
小春さんと成瀬さんは目を輝かせながら、思い思いに商品を眺め始めた。
「あ……」
棚の一角で、足が止まる。
そこに置かれていたのは、見覚えのあるヘアピンだった。
青とも紫とも言い切れない、不思議な色。
咲の瞳によく似た綺麗な色の、小さな花があしらわれている。
いつか、僕が咲に贈った誕生日プレゼント。
それとまったく同じものが、今もそこに置いてあった。
形も、色も、花びらの数まで同じ。
手作りの品だから、どこにでもある量産品ではない。
同じ作り手が、今もこのデザインを作り続けているのかもしれない。
咲はこのヘアピンをとても気に入ってくれて、いつも身に着けていた。
今は、病室の引き出しにしまわれたままだけど。
……よし、これにしよう。
「ひよりちゃん、それ……ヘアピン?」
近くに来ていた小春さんが、僕の手元を覗き込む。
「綺麗……ひよりちゃんに絶対似合うよ」
成瀬さんも隣からヘアピンを見つめて、そう言った。
似合うのはわかっている。
なにしろ今の僕は、咲にそっくりなのだから。
だけど、自分で付けるわけじゃない。
「ううん。これは、お世話になっている人への誕生日プレゼントにしようと思って」
実は、今日のお出かけには裏の目的があった。
月城さんの誕生日が近いから、プレゼントを購入するのがその目的だ。
あの人は、咲が大切にしていたものを、同じように大切にしてくれる。
でも、咲が大切にしていたからこそ、お金で自分のものにしようとはしない。
嬉しそうに頬張っていた、ピザの時もそうだったように。
だから、ここに来た。
全く同じものがあったのは偶然だけど、運がよかった。
いつもお世話になってばかりだ。これぐらいはしても、バチは当たらないだろう。
喜んでくれるといいな。
……こういうのは、久しぶりの感覚だ。
会計を終えて店の外へ出ると、2人も気に入った物を購入したようで、嬉しそうに小さな紙袋を抱えていた。
原口少年へのプレゼントも、無事に決まったらしい。
成瀬さんが選んだのは、魚の形をした木彫りの根付だった。
どうしてなんだい、成瀬さん。
そのチョイスはちょっと、渋すぎやしないかい。
いや、意外と原口少年はこういう物を好んでいるのかもしれない。
成瀬さんが選んだのだからその可能性は高い。
高いんだろうけど。
喜んでくれるといいね。
この後は軽く食事をとったあと、電車に乗って水族館に向かう予定になっている。
子供って元気だなぁ。
買い物をして、さらに水族館まで。1ターンに2回行動だ。
いつもの僕なら、休日の人混みを抜けて買い物をするだけで、お腹いっぱいです。
おじさんは1ターンに1回しか行動できないのです。




