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五十二話:楽しいスポーツ

足元へ転がってきたボールを、右足の内側で軽く受け止める。

顔を上げると、正面にはゴールキーパー。


少しだけ右へ身体を傾けると、僕の動きに釣られるように、相手もそちらへ重心を移した。


なら、反対側だ。


足首の角度と、ボールを蹴る位置を調整する。


強く蹴る必要はない。

ゴールキーパーの手が届かない、左隅ぎりぎりへ転がせばいい。


右足から離れたボールは、狙った通りの軌道を描き、伸ばされた指先の少し先を抜けてネットを揺らした。


「おおっ!」


「また佐倉だ!」


同じチームの子たちから喝采が上がり、コートの外からも大きな歓声が飛んでくる。


現在行われているのは、サッカー部内の紅白戦だ。

如月さんからは、サッカー部で活躍して、ある程度目立つようにと言われている。


容疑者を牽制したいのか、僕自身に関心を持たせたいのか。その辺りの細かな狙いまでは聞いていない。

指示された以上、やるしかないんだけど……これがなかなか難しかった。


普通の小学6年生。それも、あまり運動経験がない女子として不自然にならない程度に身体能力を抑えながら、活躍しなければならない。

少し気を抜けば、走る速度だけで『速すぎない?』という話になってしまう。


だから、速さにはできるだけ頼らず、『器用さ』によるボールのコントロールを中心に成果を上げている。


今のシュートもその一つだ。

狙った場所へ普通に転がしただけなんだけど、周りの反応を見る限り、ちょっと上手くやりすぎたのかもしれない。


加減って難しいな。


それにしても、スポーツというのは思っていたより楽しい。


学生時代の僕は、体育の授業が率直に言って大嫌いだった。


走ればすぐに息が切れるし、球技をすればボールは明後日の方向に飛んでいく。

周りの足を引っ張らないようにするのが精いっぱいで、楽しむ余裕なんてまったくなかったからだ。


だけど、身体が思った通りに動けば、こんなにも楽しいものなのか。


「佐倉!戻れ!」


味方から声をかけられ、慌てて自陣へ戻る。


危ない危ない。


考え事をしている間に試合は再開していた。

あ、ちょっと今動きが速すぎたかもしれない。慌てるのはよくない、気を付けよう。


相手チームがボールを回す様子を眺めながら、コートの外へ目を向ける。


今日も、ずいぶん見学者が多い。


僕がサッカー部へ顔を出し始めた頃は、ここまでじゃなかったと思う。

夏に行われる全国大会の予選が近づいているからだろうか。


ちなみに、全国大会といっても、普通のサッカー大会ではない。

コートに立つのは1チーム5人。


選手の性別を問わない、フットサルの全国大会だ。

原口少年はもちろん代表メンバーに選ばれている。


残念ながら、大会の選手登録は僕が転入してくる前に締め切られているので、どれだけ活躍しても今から出場することはできない。

そもそも、偽名で潜入している僕が公式大会に出場していいのかという問題もある。


クラブ活動の紅白戦ぐらいならともかく、全国大会というのは少年少女がその夢を賭けて挑む、真剣勝負の舞台だ。

中身が大人の、それも妙な力で上手く立ち回っているだけの僕が子供たちの夢を阻むなんて、許されるわけがないだろうと思う。


そもそも、もし原口少年に関係する『なにか』が起きるとすれば、大会期間中。特に、全国大会への出場が決まる東京都予選の決勝戦が怪しい。

大会に出場するよりも、応援側に回ることで、自由に動けるようにしておいた方がいいだろう。



相手チームのパスをカットして、流れるように味方へとパスを回す。

ボールは坊主頭の少年の足元に綺麗に止まり、反転攻勢が始まった。



校庭の外へ視線を向けると、学校の門から少し離れた場所に、見覚えのある黒い車が停まっていた。


朝霧の車だ。


本来、この学園内で何か起きた際のバックアップには、伊吹さんが入る予定だった。

だけど最近発生している『連続殺人事件』の対応で捜査本部が設けられ、伊吹さんはそちらに取られてしまったらしい。


その代わり、以前の不祥事で捜査から外されていた朝霧が、条件付きで外部のバックアップへ復帰することになった。

不祥事というのは、無実の僕と未成年の小春さんを、ろくに確認もせず、私的な感情で襲撃した件である。


しかも負けた。いや、それは関係ないんだけど。


朝霧は宇宙警察で、警視庁とは別の組織の人間……というか宇宙人だから、色々問題になっていたらしい。


とはいえ朝霧からすれば、僕が殺されたと思い詰めたがゆえの行動だ。そのこと自体は、あまり責める気になれない。

だけど、小春さんがいなければ、僕は本当に殺されていた可能性がある。そう考えると、どう反応するのが正しいのかわからなくて、かなり複雑な気持ちだ。


もちろん大人の朝霧が学園内に突入するのは、容疑者に大きな動きがあった時……要するに正体を現して暴れ出したりした場合だけだ。

その時は宇宙の技術で作られた便利なボタンを押すと、朝霧が変身して状況に対応するという流れになる。


別に宇宙の技術である必要はなさそうなものだけど、朝霧が自信満々で出してきたものだから、素直に使わせてもらうことにした。


まぁ……朝霧には申し訳ないんだけど、正直に言えば、伊吹さんと比べると少し頼りなく感じる。

伊吹さんが戦っているところを実際に見たことがあるわけじゃない。でも、なんかこう……任せておけば大丈夫って感じがするんだよなぁ。

『勇者』ってすごい。


ちなみに、少女の姿になった僕と顔を合わせた時、朝霧が最初に発した言葉は、


『おいたわしや、日向先輩……』だった。


そんな言い方をする人、今どきいるのか?爺やかよ。

日本語の勉強が甘いんじゃないか?


それはそうと、営業の仕事はどうしているんだろう。

会社にはうまくごまかしているのか、それともなんだかんだで上手くやっているのか……


まぁ、僕みたいに会社をクビにならないことを祈るよ。


「佐倉!前!」


おっと、正面からボールが飛んできた。

胸の前へ飛んできたボールを足元へ落とし、そのままゴールに向かってドリブルを始める。


正面に立ち塞がったのは3人。


中央に原口少年。

その左右を、同じチームの子たちが固めている。


ここは普通なら、味方へパスを出す場面だろう。

でも、如月さんからは目立てと言われているから、少しぐらい強引に突破してもいいはずだ。


まず、身体を右へ向ける。さっきと同じだ。


そちらへ抜けるように見せかけると、左右の2人がつられて動いた。

できた隙間へ向けて、進行方向を一気に変える。


でも、原口少年だけは引っかからなかった。

僕の動きを見抜いていたのか、最初から真っすぐに距離を詰めてくる。


やっぱり、この子は他の子と違う。


原口少年がボールに足を伸ばし、ボールを奪われる直前……

つま先を使って、ほんの少しだけ前へ押し出すと、ボールは原口少年の股の間を抜けた。


すぐに彼の横を通り過ぎて、ドリブルを続ける。


「んなっ……!?」


背後から、原口少年の驚きの声が聞こえる。


しかしすぐにこちらへ向き直し、追いすがってくる気配がした。

……他の子と比べて、メンタルも強い証拠だ。


だけど、ゴールはもう目の前だ。


追いつかれる前に、ボールをゴールポストの右上の隅に向けて蹴る。

ゴールキーパーは動くこともできず、ボールが再びネットを揺らした。


「ひよりちゃあああああん!」


「すっげぇぇぇぇー!」


先ほどよりも大きな歓声が、校庭に響き渡ると、試合終了を知らせる笛が鳴った。


結果は4対0。

僕たちの圧勝だった。


相手チームの子たちは、揃って肩を落としている。

その中心で、原口少年が悔しそうに唇を噛んでいた。


ごめんね。


「次は止める……」


原口少年が、小さく呟くのが聞こえた。

すぐに成瀬さんが駆け寄り、微笑みを向ける。


「大丈夫。卓也ならできるよ」


完敗した直後だというのに、迷いなく言い切っている。

原口少年も、少しだけ表情を緩める。なんというか……微笑ましい光景だ。


打ちのめしたのが僕であることを考慮しなければ、だけど。


それとは対照的に、僕と同じチームだった子たちは、明るい表情でこちらへ集まってくる。


「すごすぎんだろ!」


「次も同じチームになってくれよ!」


口々に褒められ、どう反応していいのかわからない。

逃げるようにコートの外へ出ると、見学していた小春さんが、嬉しそうな笑顔で駆け寄ってきた。


「ひよりちゃん、すっごいよ!どうやったら、あんな風に狙ったところへ蹴れるの!?」


「なんとなく、かなぁ……?」


『器用さ』が高いからです。

なんて答えるわけにもいかないから、適当なことを言ってごまかすしかなかった。


本当に、いつまで隠し通せるのやら……この作戦で、本当に正しいのか?


「ねえ、ひよりちゃん」


小春さんが、少し離れた場所に集まっている女の子たちを指し示した。


「みんなが、ひよりちゃんを紹介してほしいって言ってるんだけど、いい?」


「紹介って……あの子たちに?」


今日の紅白戦を見学していた子たちだ。


知り合いが増えれば、それだけ正体がばれる危険も高くなるから、できればあまり深く関わりたくはない。

でも、ここで断るのも不自然だし……ああ、もう。しょうがないか。


「うん。紹介してくれると嬉しいな」


小春さんに連れられて近づくと、女の子たちが一斉に僕を取り囲んだ。


「格好よかったよ!」


「ひよりちゃんって呼んでいい?」


「お友達になって!」


「いつからサッカーやってるの?」


質問と賞賛が、四方八方から飛んでくる。


ちょっと待って。

一度に話されても、どれから答えればいいのかわからない。


もみくちゃにされながら、どうにか一つずつ返事をしようとする。


目立つにしても、ちょっとやりすぎたんだろうか。

スポーツの経験がないんだから、どれくらいやればいいのか具体的に指定してくれないと困るよ、如月さん。


そんな僕たちの様子を、少し離れた場所から眺めている少女がいた。


腰まで伸びた、艶のある金色の髪。

人形のように整った、可愛らしい顔立ち。


服装や立ち方にも、どことなく育ちの良さが滲んでいる。

なんとなくお嬢様っぽい子で、『小さい月城さんみたいだな』なんて、そう思った。

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