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四十九話:異世界帰りの勇者 伊吹蓮

「危なかったみたいだね。怪我はない?」


「……大丈夫だピュイ」


助手席から、少し遅れて返事があった。

車を運転しながら、ちらりと隣に目を向ける。


この小さな生き物は、シートベルトの上にちょこんと乗るような形で座っていた。

そもそも身体が小さいので、怪我をしていたとしても、見た目だけではよくわからないんだよね。


「本当に?」


「大丈夫だって言ったピュイ」


「ふふ、ごめんね」


いつもの憎まれ口に比べると、ずいぶん覇気がない。

日向さんを如月さんのマンションに送り届けたあと、目に見えて元気がない。


でもその割には、次の現場に向かう僕に同行すると言う。


どういう心境なんだろうね。

僕はあのクソ悪魔とは違うから、わからない。


坂口小春さんは、ずいぶん強力な魔法少女だったみたいだ。

だから本当に生きるか死ぬかという戦闘は、彼にとってもあまり経験がなかったのかもしれない。


「……」


夜の街を走る車が、赤信号で止まる。


郊外へ向かう大きな通りの交差点だ。

このあたりの信号に引っかかると、結構な時間を待たされる。


でも、僕はその時間がそんなに嫌いじゃない。


フロントガラスの向こう側には、横断歩道を渡る人たち。


スマホを見ながら歩く学生。

楽しそうに笑い合う若い男女。

疲れた顔で歩くスーツの男性。


夜の街はにぎやかで、華やかで、でもそれだけじゃなくて。


誰かにとってはいつも通りの帰り道で。

誰かにとっては特別な夜で。

誰かにとっては、もう早く終わってほしい一日かもしれない。


どんな形であれ、全てがそれぞれを主役とした『物語』の一部だ。

切り取られた一瞬だけを、偶然僕と共有している。


信号ひとつ分の時間だけ、車の中から、ほんの少しだけ。

きっともう、会うこともないだろう。

すれ違っても、気づかないだろう。


だけど、その全ての『物語』が途切れないように。次の一瞬に繋がるように。

それを途切れさせようとする全てと戦うのが『勇者』の役割だ。


異世界でも、この世界でも、それは変わらない。

変えたくない。


「疲れてるなら、先に帰っててもいいんだよ?」


横目で助手席を見ると、ピューイくんはぼんやりと天井の方を見ていた。


「大丈夫だピュイ」


「そっか」


強情だね。


邪界人と聖魔界人。

お互いに激しい戦いを繰り広げていて、この小さな生き物はきっと、無邪気に『正義』を信じて活動していたんだと思う。

悪い邪界人と戦っているから、人間を守っているから、だから正義なのだと。

そう信じさせられたと言うべきかもしれない。


だけど、僕から見ればどちらも等しく『人類の敵』だ。


彼は、気づいてしまったのだろう。

自分たちがやっていることは正義の戦いなどではなく、ただ自分たちの世界のいざこざに、無関係な人類を巻き込んでいるだけだということに。


前のパートナーとの関係が良好だったからなのか、彼自身が他の聖魔界人と比べて柔軟な考えの持ち主だからなのか。


理由はどっちでもいい。

償いでも、義務感でも、なんだっていい。人類のために活動してくれるなら、構わない。


だからってあんまり無理をしてほしくないんだけどね。


異世界で戦っていた時も、仲間になってくれた『魔族』がいた。

彼は少し、いやかなり無理をする人で……最後には命を落とした。仲間を守るために。


仲間の一人にとって『兄の仇』だった彼は、それをずっと負い目に感じていて、最期に『それ』を選択した。

命を捨てて清算できることなんて、あるわけないのにね。


この小さな生き物には、そんなふうにはなってほしくはないなぁと漠然と思う。



やがて信号が変わり、アクセルを踏み込んで郊外へと車を向かわせる。


「さて、今日の現場は少しばかり大変そうなんだよね」


「……なにがあるピュイ?」


「いわゆる『悪の組織』というやつだよ」


「悪の組織……?」


興味を示したのか、彼はようやく少しだけこちらを見る。


「そう。最近、特殊二課が活動内容を掴んだ集団なんだけどね。改造人間だの怪人だの、ずいぶん懐かしい言葉が並んでいてさ」


「ふぅん、懐かしいかどうかはわからんけど、邪界人みたいな奴らピュイ?」


「どうだろうね。でも似たようなものかな。正義のヒーローを名乗る異能者と争っていたらしいよ」


「ならそのヒーローに任せとけばいいんじゃないか?」


「いやぁ、ヒーローと言っても非合法の私闘だからね、警察としては認めるわけにいかないよ」


日本は法治国家だ。

個人が勝手に武装して、正義を名乗って私闘に及ぶことは、当然認められない。


『悪の組織と戦う』ことは、少なくとも『正当な理由』とは見なされない。

『正義の味方』の使う武装にはとんでもなく危険なものがあったりするし、『正義』みたいな個人の曖昧な主観でそんなものを振り回されたらたまらないよね。


ただ、戦いが双方の間で完結している分にはなかなか表面化しないので、こちらから動くのは難しい。


「……それに、負けちゃったんだよね。そのヒーロー」


「負けたって、どうなったピュイ……?」


「どうだろうね、少なくとももう『いない』のは確かだよ。まぁヒーローなんてものは『帰ってくる』こともあるから、よくわからないけど」


「おかげで悪の組織の活動が活発化していてさ。困っちゃうよね」


「活発化って、なにをするつもりだピュイ?」


「あはは、『世界征服』らしいよ」


バカみたいな響きに、思わず苦笑してしまった。

他人の夢を笑うのはあんまりよくないとは思うんだけど。


「できるわけないのにさ」


『正義のヒーロー』を一人や二人倒しただけで、どうしたら世界の覇権を握れると思うんだろう。

この世界には他にも無数の……強くて悪い奴らがいるけど、世界を手にしたいなら、その全部をねじ伏せる必要があるよね。


なにより、この街には僕がいる。


「それじゃ、行ってくるよ。危ないからここで待っててね。なにかあったら如月さんに連絡を」


「……わかったピュイ」


少し不満そうだけど、連絡要員だって重要な仕事だ。

納得してもらうしかないね、ここから先は本当に危ないし。


たどり着いたのは、ずいぶん前に廃業したテーマパークだ。

錆びついたゲート。色あせたどこかの国の旗。そしてもう動くことのない観覧車に、メリーゴーラウンド。


どれもが、誰かを笑顔にするために用意されたものだろう。

だけど今は暗がりの中に沈んでいて、不気味な静寂を演出している。


いずれにせよ、テーマパークそのものに用はない。

目的地はその地下。

『悪の組織の秘密基地』だ。

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