四十八話:咲の世界
四十八話:咲の世界
見渡す限りの地平線。
真っ白でなにもない世界。
マジカル・クリエイトアザーワールドで作り出した世界は、端的に言うとそんな感じだった。
「……うーん」
光源がどこにあるのかわからないのに、ちゃんと明るい。
白い床の上に立っているというより、白い空間の中にぽつんと置かれているみたいな感じだ。
これはこれで神秘的と言えなくもないけど、もうちょっとなにか欲しいよね。
目の前に浮かんでいる『マジカル・クリエイトアザーワールド』専用のメニューウィンドウを見る。
魔法の説明を半分ぐらい冗談かなにかだと思っていたんだけど、どうやら本当に『世界』を作る魔法らしい。
メニューには、こまごまといろんな項目が並んでいる。
こういうの、実はちょっと苦手なんだよね。
ゲームでも部屋や庭を飾ったりする要素はあんまり上手くできなくて、お父さんにやってもらうのが常だった。
もっとこう……ばーっと思った通りの世界になるなら良かったんだけどなぁ。
「とりあえず、地面が真っ白なのは落ち着かないかな」
メニューを操作し、地形の項目から『草原』を選ぶ。
その瞬間、足元からものすごい勢いで緑が広がっていき、さっきまでの白い空間が、見渡す限りの草原に変化する。
しばらくすると風が吹いて、草が揺れた。
空には薄い雲が浮かび、さっきまで真っ白だった空間が、文字通り鮮やかに色づいた。
「おお……」
思わず声が漏れる。
すごい、かなりすごい。
魔法少女、すごい。
かがみこんで、足元の草に触れてみると、指先に触れる感触は、ちゃんと草だった。
柔らかくて、少し冷たくて、いや……ちゃんと『草』だよ、これ。
「……草って、植物だよね」
当たり前だ。
いや、当たり前なんだけど……植物だということは、もちろん生きているということになる。
だとしたら、この命はいったいどこから来たんだろう。
どこかから『草』が移動してきたのかな。
でも、それだと『クリエイト』ではない気がする。
「うーん……」
なんとなく、昔読んだホラー漫画を思い出した。
鞄を開けたらいろんな種類の虫でいっぱいになっていて、主人公がぞっとする、みたいな場面があったんだよね。
子供の頃の私は、それを見て怖いというより、『なんで?』と思った。
ちょうど今と同じように。
虫だって生きている。
別に人間を気持ち悪がらせるために生きているんじゃないんだから、いきなりどこからか湧いて出て、鞄の中に詰まってるわけないじゃん、と思ったのだ。
そんなことを気にしてホラー漫画を読んでもしょうがないんだけど、とにかく私はそれが気になって、素直に怖がることができなかった。
あの虫たちはどこから来たんだろうか、そこで生まれたんだろうか、だとしたら霊的な存在かなにかが生み出したってことになるんだろうか。
それは命を作り出すということだろうか。
まぁ、幻覚って線もあるんだろうけど。
だけど、この『草』はどうも幻覚じゃないっぽいんだよなぁ。
「……常識ってなんだろう」
うん、よし、忘れよう。
異世界で新しい世界を魔法で作り出している時点で、『常識』もなにもあったものじゃないんだし、考えてもわからないことはわからないので、考えないようにしよう。
『パラッパッパー!』
その時、いつもの騒々しいファンファーレが頭の中に響いた。
「……あれ?」
レベルが上がった。
なんでだろう? 私は今この『世界』で一人きりで、魔物を倒したわけでもなければ、クエストを達成したとかでもないよね。
経験値が手に入る要素なんてなかったはず。
草を踏んづけて経験値が入るなんてこともないだろうし、謎のレベルアップだ。
「うーん……?」
そもそも、この『魔法少女』という職業にも、いつの間にか転職できるようになっていた。
それも結局理由はわからなかったんだけど、私の知らないところで、何かしらの条件を満たしていた可能性はある。
レベルや職業のシステムは、いまだによくわからない部分があるし、私が知らない条件でレベルアップすることだって、十分にあり得ることだ。
「まあ、レベルが上がって損することはないか」
よし、考えてもわからないことはわからないので、考えないようにしよう。
『草』が存在することと比べたらそれほど大きな問題じゃないよね。
私はメニューを切り替えて、ステータス画面を開き、ボーナスポイントを迷わず『耐力』に割り振る。
なにしろ死んだら終わりだからね。即死のラインは上げられるだけ上げておくべきだ。
ウィンドウを閉じて、そのまま、私は草原に寝転んだ。
「んー」
背中に触れる心地いい冷たさと、吹き抜ける爽やかな風。
空は青くて、雲はゆっくり流れている。
それを見ながら力いっぱい伸びをする。
太陽はやっぱり見当たらなくて、光源だけは謎なんだけど。
それにしても気持ちいい。
久しぶりに心からくつろげている気がする。
『ここ』は、暑くもなくて寒くもなくて、実に快適極まりない。
しかも魔物や暗殺者がいきなり襲ってくる恐れもないなんて、最高の魔法を手に入れたなぁ。
「『魔法少女』万歳だよねぇ……」
ごろごろと転がりながら、メニュー画面の項目を適当に眺める。
えっとー、家具に、植物に……生き物。
「生き物かぁ……」
ちょっとだけ興味がわいて、ざっと眺めてみる。
鳥とか小動物やら家畜とか、まぁ結構な種類が並んでいるんだけど……
問題は、名称が確認できない灰色のシルエット……そのうちの一つだ。
必要な魔力が記載されているから、今は作れないってことだよね、多分。
それでなにが問題かというと……どう見ても『人間』みたいな形なんだよなぁ。
いやぁー、これは怖い。見なかったことにしよう。
そっと目を逸らして、ウィンドウを閉じた。
どうせ今は魔力が足りないし、深く考えるのは精神衛生上よくないと思う。
いつか魔力が『そこ』に達するかもしれないけど、倫理観とかはその時の、未来の私が考えるんじゃないかな。
がんばってね、未来の私。
「はー……」
そのままごろごろしていると、柔らかな風が心地よくて、気持ちよくて。
少しだけ、張り詰めた気持ちが弛緩して。
ほんの少しだけ、寂しいなと思う。
この『魔法』は、私独りで独占するより、一緒に楽しむ人がいれば、きっともっと……
お父さんがいたら、澪ちゃんがいたら。朝霧さんは……まぁ隅っこにいるぐらいなら許してあげる。
それはきっと、とても楽しい。
……おや、ちょっと眠くなってきましたよ。
あー、でもこのまま地面で寝てしまうと、身体が痛くなる気がする。
風は気持ちいいけど、もしかしたら風邪を引いてしまうかもしれないし、それはいただけないよね。
「それじゃ、まずは家でも建てますかぁ」
私はのそのそと立ち上がり、メニューから『建築』の項目を選択した。




