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四十六話:経験値

「はあ……」


ソリタスの気配が完全に消えたことを確認した瞬間、身体から力が抜ける。

その場にへたり込む。石畳の冷たさが、やけに心地よく感じた。


勝った。


いや、正確に言えば逃げられたのだから、勝ったと言い切っていいのかはわからない。


『パラッパッパー!』


その瞬間、頭の中に景気のいいファンファーレが鳴り響いた。


「うるさいなぁ……」


思わず声が漏れる。


いや、文句を言っている場合じゃない。

このタイミングで鳴ったということは、今の戦いで『経験値』が手に入った可能性が高いのだ。


だとしたら、咲の手助けになるかもしれない。

そう思うと、少しだけ安心する。


「……よかった」


安心した途端、全身に痛みが走った。


「いっ……!」


さっきまで気づかなかった痛みが、一気に押し寄せてくる。

高速で走り回るために地面を強く蹴った足。

邪界獣相手に斧を何度も振るい、その衝撃を受け止めた手首。


邪界獣に殴り飛ばされた肩と背中。


戦闘中に分泌されていた、アドレナリンの効果が切れたんだと思う。

どこもかしこも痛い。


「ヒロシ、よくやったピュイ」


ピューイさんが、ふわりと僕の前に降りてくる。

いつもの調子に見えるが、珍しく労うような声だ。


「小春さんはあんなのといつも戦ってたんですか……?」


もしそうなら、魔法少女という仕事は想像以上に過酷だ。

あの優しい少女が背負っていいものではない。


「いつもってわけじゃないピュイ。アレは『邪界五厄衆』といって……要するに幹部の一人だピュイ」


「幹部……」


そういえば、ソリタスもそんな風に名乗っていた。

邪界五厄衆で一番弱くて情けない、『孤独のソリタス』。


「しょっぱなから幹部が出てくるなんて……」


「運が悪かったのか、それとも他の理由があるのか……わからんピュイ」


『このあたりに超常的な存在が集まりやすい』というのは、どうやら事実なのだろうと実感する。

宇宙人や邪界人、他にもわけのわからない奴らが集まってくるなんて、迷惑な観光地みたいだ。


いや、観光地ならまだお金を落としてくれるだけマシかもしれない。

こっちが落とすのは最悪命なんだから。


「それにしても、『孤独のソリタス』は小春さんが何度も倒したみたいなことを言ってましたよね」


「ボコボコにしたピュイ」


「小春さん、どれだけ強いんですか……」


「コハルは最強の魔法少女だから……魔力もセンスも、天才としか言いようがないピュイ」


とんでもないな。

改めてその代わりを務めることができるのか、疑わしく感じる。


「とはいえ、アレは性格がこれ以上ないぐらい終わってる上に、戦闘力も高いから、なるべく遭遇したくない相手だピュイ」


「いやぁ……あんなのが毎日だったら身が持ちませんよ」


「ああ。邪界人が活動するのは、だいたい週に一回ぐらいだから、しばらくは大丈夫だピュイ」


週に一回って、アニメじゃないんだから。

いや、どうなんだろう……もしかすると、例えば『サプライズニンジャ』とかみたいに、『そういうもの』だからそうなっているのかもしれない。

まあ、考えてもわからないことを考えたってしょうがないんだけど。


それにしても身体中が痛い。

今日は本当に疲れた……でも、帰ったら宿題をしないと。


「……帰りましょう」


「んじゃ、レンを呼ぶから、変身解除するピュイ」


ピューイさんが、ポーチからスマホを取り出しながら言う。


僕は頷き、言われた通り変身を解除した。

解除に呪文は必要ない。

なんと言ったらいいのか……身体の奥の方で燃えている炎を、ふっと吹き消すような感覚。

そんなイメージだ。


まばゆい光と共に、元の姿に戻る。


……もちろん元の姿というのは『佐倉ひより』の姿だ。

職業としての『魔法少女』からどうやって『元の姿』に戻るのかは、さっぱりわからない。


現状攻撃魔法がほとんど役に立っていないわけだから……

はっきり言ってしまうと、こと戦いにおいて職業が『魔法少女』であることは『力』と『耐力』が大きく下がっている分、一方的に不利なだけだ。


生活だってたいへんだし、本当に困る。


しばらく待っていると、伊吹さんが車で合流してくれた。

近くで別件の捜査をしていたらしく、そのまま送ってくれるとのことだった。


正直、すごく助かる。

もうすっかり陽が落ちているし、怪我をした小学生の女の子が手足を引きずりながら夜道を一人で帰宅するのは、さすがに目立ちすぎるだろうから。


「お疲れ様。大変だったみたいだね」


車を運転しながら、伊吹さんがバックミラー越しに話しかけてくる。


「はい……大変でした」


「最悪の相手だったピュイ」


ピューイさんは、相変わらず助手席だ。


「ところで……戦ってみてどうだったかな?得られるものはあったかい?」


伊吹さんの問いに、さっきのファンファーレを思い出す。


「……レベルが上がりました」


そう答えると、ミラー越しに見える伊吹さんの表情が、少しだけ険しくなる。

なにか思うところがあるんだろうか。


「……そうか」


でも、伊吹さんはすぐに、いつもの柔らかい笑顔に戻って言う。


「それならよかった。少しでも目的に近づくといいね」


「はい……伊吹さんが貸してくれた斧のおかげです、助かりました」


あの斧はすでにピューイさんに返却済みだ。

戦闘中はあまり考える余裕がなかったが、改めて考えると不思議な武器だ。

『伝説の武器』って話だけど、とんでもなく価値のあるものなんじゃないだろうか?


「はは、気にしなくていいよ。そんなに大したものじゃないからね」


「大したことないって……あれでですか?」


「『伝説の武器』と言っても、そうだなぁ……だいたい中盤に手に入るぐらいの武器だからさ」


よくわからないことを言う。

ゲームで例えているのか、それとも伊吹さんが実際に体験した異世界での冒険の話なのか。

ただなんとなく雰囲気はわかるし、どっちにしたってあの斧に助けられたのは事実だ。


「武器があれば戦いに勝てるってものでもないし、自分を過小評価するのもよくないよ」


「そう……ですかね」


「そうだよ。『伝説の武器』があるだけで戦いに勝てるなら、『勇者』は苦労しないさ」


伊吹さんが苦笑する。

どんな『苦労』があったのかはわからないけれど、それはもしかするとこれから咲が直面する『苦労』なのかもしれない。

それが今日の戦いで、そしてこれからもあるだろう戦いで……少しでも軽くできるなら、僕の『苦労』にも十分な価値があるだろう。


「……さて、この辺でいいかな」


如月さんのマンションから少し離れたところで、車が静かに止まった。

まだそこそこの距離がある。

なぜここで、と思ったが、伊吹さんはハンドルに手を置いたまま、さらりと言った。


「あんまり邪悪な魔王の城には近づきたくないからね」


伊吹さんの顔には、特に嫌悪感みたいなものは浮かんでいない。


この人たちの関係ってどういうものなんだろう。

伊吹さんはこんなふうに皮肉めいて言うけれど、本当に憎み合っているようには見えない。


「ありがとうございました」


僕が車を降りながら礼を言うと、伊吹さんに呼び止められた。


「あ、ちょっと待って」


「はい?」


「使える魔法が増えていないか、確認しておくね」


そう言って、伊吹さんはいつものように、目の前の見えないなにかを操作し始めた。


「……ずいぶん魔法少女のスキルが増えてるね」


「え……?」


「うん。マジカル・チェンジとマジカル・ストーンバレットは前からあるとして……」


伊吹さんが、見えない文字を読み上げていく。


「新しいのは、マジカル・ガイアシールド。マジカル・クリエイトストーンゴーレム。魔法耐性レベル3。魔力上昇レベル3」


本当に随分増えている。

『マジカル・ガイアシールド』というのは土属性の防御魔法だろうか?

『ストーンゴーレム』というのも気になる響きだ。一緒に戦ってくれるゴーレムを作り出すことができるということか?

どちらも肉体が脆い今の僕には、かなりありがたい魔法かもしれない。


伊吹さんはさらに続ける。


「それから、マジカル・アースクエイク」


「アースクエイク……地震が起きるんでしょうか……?」


随分と物騒だ。

あんまり使いたい魔法だとは思えない。


「使う場所は選んだ方がいいだろうね。あとは……魔法少女変身可」


『魔法少女変身可』というのは、戦士の『斧スキル使用可』みたいに、他の職でも『魔法少女』に変身できるということだろうか?


「あはは、他の職業で変身したらどうなるんだろうね。転職したら使ってみてよ」


「……嫌ですよ」


楽しそうに言う伊吹さんだけど、冗談じゃない。

詳細がわからない以上、場合によってはアラフォーのおっさんがヒラヒラの服を着た姿を披露するはめになるかもしれないんだぞ。


ああ、それにしても疲れた……

伊吹さんの悪ふざけに付き合っているのも正直限界だ。


「まあまあ。そう言わないでよ。ふふ……それで最後は……え……?」


「なんだこれ。マジカル・クリエイトアザーワールド……?こことは違う、新たな……おいおい、冗談だろ……?」


伊吹さんがなにやら驚いている。


でも今の僕に、長い横文字の意味を考える余力はなかった。


全身が痛いし、できれば今すぐベッドで横になりたい。

ああ、でもその前に、宿題をこなさないと……

初日から宿題を忘れるうっかり転校生には、なるべくなりたくないから……

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