↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
45/145

四十五話:鎖

 斧の刃が食い込んだ部分を中心に、鎧に大きな亀裂が走った。

 次の瞬間、金属の破片が弾け飛び、ソリタスの身体が鎧の破片をまき散らしながら、後方へ吹っ飛ぶ。


「ひゃああああああっ!?」


 情けない悲鳴を上げながらソリタスが宙を舞うと、空中でくるりと器用に回転し、軽い足取りで地面へ着地する。


「あれぇ? いつもの子と違いますよね、どうしてですかぁ?」


「追撃だピュイ! 邪界魔法を使う隙を与えるなピュイ!」


「はい!」


 ピューイさんの声に従い、地面を蹴る。

 そして再度ソリタスに肉薄し、斧を振るう。


「おっと」


 ソリタスの身体がふわりと揺れ、刃が空を切る。

 さっきの動きといい、目の前の邪界人は、情けなく見えても間違いなく化け物だ。


 ソリタスの目が、薄く光る。


 嫌な予感がして横へ飛びずさると、次の瞬間ソリタスが手を振った。

 すると、さっきまで僕が立っていたあたりの地面が、音を立ててえぐれた。


「わお……」


 なんだあれ……食らったら即死どころじゃない。

 この小さな身体では、跡形も残らないかもしれない。


「ひどいですよぉ……」


 ソリタスが、砕けた鎧の破片を見つめながら、涙目で言う。


「この鎧はね、主の居なくなった家を、独りで守り続けていた、かわいそうな子なんですよ……それを壊すなんて……」


「ちっ、ヒヨリ! 態勢を整えるピュイ!」


 舌打ち混じりの指示が飛ぶ。

 僕はピューイさんの声に従い、一度距離を取った。


「ヒヨリさんっていうんですねぇ」


 そう言って、ソリタスがへらへら笑う。

 気色悪い笑みだ、なにを考えているのか理解できない。理解したくもないけど。


「ボクは邪界五厄衆で一番弱くて情けない、『孤独のソリタス』です。仲良くしてくださいね」


「遠慮します」


 冗談じゃない、仲良くする相手ぐらいは自分で選びたい。


「そんなこと言わないでくださいよぉ……キミとボクは、絶対仲良くできるんだから……」


「耳を貸すなヒヨリ! 邪魔力が高まっているピュイ!」


 ピューイさんの声に、再び地を蹴り加速する。

 僕の武器はこの斧と速度だけだ。魔法なんて使われたらたまったものじゃない。


「もう遅いですよ?」


 斧を振り下ろそうとした瞬間、足元に散らばっていた鎧の破片が浮き上がった。

 いくつもの金属片が、僕とソリタスの間に壁のように立ち塞がる。


 まずい……この速度で突っ込めば、僕の方がただでは済まない。

 無理やり身体をひねり、軌道をずらす。


 頬のすぐ横を鎧の破片がかすめ、避けきれなかった破片が頬に一筋の傷をつける。


「捨てられしものよ」


 ソリタスが、両手を広げた。

 その声に合わせるように、散らばった鎧の破片が黒い靄に包まれていく。


「『孤独』の名において魂を与える」


 空気が重くなる。

 静まり返った街角に、誰かの泣き声のような音が混じった気がした。


「邪界魔法――『孤影身顕現』」


 鎧の破片が、一斉に集まった。

 砕けたはずの金属片が黒い靄で繋がり、人型を作っていく。


 さらに、人型は膨れ上がり、鉄でできた巨人が完成する。

 巨人はぎぎぎ、と嫌な音を立てながら両腕を広げ、空洞の兜の奥に赤い光が灯った。


 明らかに質量が増加している。

 4メートルはあるんじゃないか?

 というかさっきまで鎧だけだったのに、魔法ってのはなんでもありなのか。


 巨人が奇怪な音を響かせながら、突進してくる。

 金属が軋む音と、人のすすり泣きが混ざったような、聞いているだけで胸の奥がざわつく音だ。


「ああ、やっぱり……すごい子が生まれました」


 ソリタスが恍惚とした声を漏らす。


「ヒヨリさんのおかげですよ。ボクより寂しそうな人を初めて見ましたからねぇ。ありがとうございます」


「……クソ野郎」


 ピューイさんが、低く呟いた。


 なるほど。


 孤独がこいつの力の源なら、僕はまさにうってつけということか。


 妻を失い、ただ一人の娘である咲は病室で眠ったままだ。

 自分がどれだけ孤独なのか、そんなことは僕自身が一番よくわかっている。


 わかってるよ。


 邪界獣の腕が振り下ろされるより早く、懐へ潜り込み、斧を振るった。

 斧の刃が、邪界獣の脇腹を大きくえぐる。


 金属が弾け、黒い靄が噴き出した。


「なっ!?」


 ソリタスの目が見開かれる。


「この斧は、ちょっとすごいんですよ。覚悟してくださいね」


 僕は斧を握り直す。


 この斧は、伊吹さんからの借り物だ。

 なんでも、異世界で一緒に戦った仲間の使っていた『伝説の武器』の一つだとか。


 軽くて誰でも扱えるのに、並の武器より遥かに破壊力がある……らしい。


 あまりピンときていなかったけれど、その破壊力はたった今実証された通りだ。

 今の僕には最適の武器だと言えるだろう。


 巨人がさらに腕を振るうと、容易く地面が砕け、衝撃で足元が揺れる。


 でも遅い。


 その隙に、僕は邪界獣の背後へ回り込み、膝裏にあたる部分へ斧を叩きつけた。

 金属が割れ、邪界獣が耳障りな悲鳴をあげながら膝をつく。


「やめてくださいよ……」


 ソリタスが、泣きそうな声で言った。


「ボクと友達になりましょう……? そしたら寂しくないですから……」


「お断りします」


「どうして……?」


 ソリタスの声が震えた。


「どうして、みんなボクを拒むんですか……? ボクは、ただ、寂しいだけなのに……」


 また空気が変わった。


「本当は、こんなことしたくなかったんですよ……友達を縛るなんて、寂しいじゃないですか」


「ヒヨリ、離れるピュイ!」


 ピューイさんの声に従って咄嗟に離れようとするが、遅かった。


「邪界魔法――『孤独の鎖』」


 ソリタスの足元から、黒い影のようなものが伸びると、僕の足首に絡みつく。


「ぐっ……!」


 身体が重くなる。


 いや、違う。重いのは身体だけじゃない。


 胸の奥が、急に冷たく沈んでいく。

 腕が、脚が動かない。


「なっ、なんだピュイ!?」


 ピューイさんの声が、遠くに聞こえる。


 どうして僕だけが。


 たった独りで。


「寂しいですよね」


 ソリタスの声がする。


「辛いですよね」


 そうだよ。


 妻を失ったあの日。


 咲が目を覚まさなかったあの日。


 独りで眠る、冷たい夜。


 寂しくないわけ、ないだろ。


 次の瞬間、鉄の巨人の拳が、僕の身体を横から殴りつけた。


「がっ……!」


 視界が揺れる。

 身体が宙に浮き、地面に叩きつけられ、肺の中の空気が一気に吐き出された。


「せっかく友達になれると思ったのに、残念です……」


 ソリタスが、悲しそうにこちらを見下ろしている。


「さよなら……」


 邪界獣が、両腕を振り上げた。

 黒い靄をまとった拳が、僕の頭上に影を落とす。


 さよなら……だと?


 その瞬間、咲の顔が浮かんだ。


 眠っている咲ではない。

 いつかの食卓で、僕の作った料理を食べていた咲だ。


 あまり上手じゃないはずの料理を食べて、美味しいと微笑んだ。


 寂しい。


 ああ、寂しいとも。


 だからなんだと言うのか。


「……ナメるなよ『孤独のソリタス』」


 邪界獣の拳が振り下ろされる。その直前、僕は地面を蹴っていた。


「え……?」


 さっきまで僕がいた場所に、鉄の拳が叩きつけられた。


 ここからは全力だ。

 『器用さ』で抑えていた速度を限界まで引き出す。


 制御を誤ればただではすまないことはわかっている。

 でも、人の心を弄ぶこの外道を……許すわけにはいかない。


「どうして、動けるんですか……?」


「僕の孤独が力の源なら、お前に勝ち目はないんだよ!」


 邪界獣へ向かってさらに加速する。

 襲い来る拳を潜り抜け、斬撃を叩き込む。


 まずは右腕。


 次は左腕。


 両腕を失った鉄の巨人が、先ほどよりも激しい悲鳴を上げる。


「なんでぇ……!? 寂しくて、動けないはずなのに……!」


「お前にはわからないよ」


 僕自身の孤独なんかで、僕は止まらない。

 そんなもので歩みを止めたりしない。


 それが父親だってことだ。

 うずくまっている暇なんて、あるものか。


 僕は、咲を守らねばならないのだから。


「……鎧砕き」


 光を帯びた刃を、鎧の胸に叩きつける。

 発生した衝撃が鎧の内部を駆け抜け――断末魔の悲鳴が街角に響いた。


 鉄の巨人は砕け散り、黒い霧が虚空に漂う。


「そんなぁ……!」


 ソリタスが情けない声を上げる。


「よし、浄化するピュイ! ヒヨリはソリタスを殺るピュイ!」


「わかりました!」


 ピューイさんが飛び上がってくるくる回る。

 困っているときの曖昧な回転じゃなくて、力強く。


 幻想的な光があふれ、鎧の破片に降り注ぐ。

 あとは任せてよさそうだ。


 ソリタスへ向き直って斧を構え直すと、ソリタスは涙目で一歩後ずさる。


「いやぁ……そうはいかないですよ。今日はこれで失礼しますね」


 そう言った瞬間、ソリタスの身体がふわりと浮いた。


 空へ逃げるつもりか。


 まずい。

 地上ならどこに逃げたって追いつけるけど、空を飛ばれればどうしようもない。


 なら、逃げられる前に……!


「アックスブーメラン!」


 スキルが発動すると、手の中の斧が淡く光り、僕の手から放たれた。

 回転する斧が、空へ逃げようとするソリタスへ一直線に襲い掛かる。


「えっ、ちょっ、待っ――」


 斧が直撃し、ソリタスの腕を吹き飛ばす。


「ぎゃああああああっ!」


 悲鳴が響き、斧は弧を描いて僕の手元へ戻ってきた。

 どういう原理かはわからないけど、便利な技だ。


 ではもう一度。


「くそぉ……もう友達になってあげないからな……」


 そう言った直後、ソリタスの姿が煙のように虚空に消える。


「消えた……?」


「……ちっ、逃げられたピュイ」


 ピューイさんが、悔しそうに舌打ちした。


 砕けた鎧の破片は、光の中で少しずつ形を失っていく。

 静まり返った街角に、僕の荒い息だけが響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。