四十四話:孤独
「それで、ピューイさん。具体的にはどうするんですか?」
僕の問いかけに、ピューイさんは空を飛びながら前を向いたまま答えた。
「邪界人というのは、邪界から人間界にやってきた奴らだピュイ。普段は人間界に隠れているピュイ」
「隠れている……ですか」
「そうだピュイ。で、あいつらは邪界獣の材料になりそうな『捨てられた物』を見つけると、邪界魔法で邪界獣を作り出して暴れさせたり、ピューイたち聖魔界人を攻撃してきたりするピュイ」
「暴れさせるって、人間相手にですか?そんな事件、聞いたことないですけど……」
「そこはまあ、うまいこと隠蔽してるから……」
「はあ、なるほど」
なるほどと言ってはみたものの、まったく納得できていない。
ただ、いまさらこの程度のことで驚いていても仕方がないのは確かだ。
「んで、邪界魔法を使うには、それなりに邪魔力が必要らしくて……奴らは人間の負の感情を呼び起こすような行為を繰り返すようになるピュイ」
「つまり、人を嫌な気持ちにさせるのが仕事ってことですか」
「要約するとそうだピュイね」
嫌な仕事だ。
職業に貴賤はないとはいえ、その仕事にはなるべく従事したくない。
「すでに邪魔力を集め始めている気配があるピュイ。邪界獣が完成する前に叩くのがベストだピュイ」
そう言うと、ピューイさんは目を閉じて集中し始めた。
眉間にしわが寄っているように見えなくもない。真剣そうだ。わかりにくいけど。
「こっちだピュイ」
ピューイさんがまっすぐ飛んでいく。
「ちょ、待ってくださいよ」
慌てて追いかけると、あっという間に追いついた。
常人を遥かにしのぐ『素早さ』のおかげだ。
最初のレベルアップから一か月ほどが経過しているけど、これまで僕だってただなにも考えずに過ごしていたわけではない。
『ステータス』が僕の身体能力にどの程度影響するのかについて、ある程度の検証は行っていたのだ。
特に『力』の検証は簡単だった。
僕の『力』が『16』の時、握力はだいたい一般成人男性の『4倍』だったからだ。
市販の握力計では余裕で振り切ってしまうから、少し特殊なものを使うはめになった。
それなりに痛い出費だったけど、自分の状態をなるべく正しく理解しておかなければ、なにが起きるかわからない。やむを得ない出費だろう。
もちろん、握力だけで確実に『そう』だと断言するわけにはいかないし、他にもいろいろと検証してみたわけだけど……要するに、『ステータス』は『数値がそのまま掛け算で反映されている』可能性が高い。
最初に全力を出した時に大けがしたのは、以前予想した通り、それが原因で間違いないだろう。
物体が衝突する時に発生する負荷というのは、単純な掛け算では済まない。運動エネルギーは速度の二乗に比例するからだ。
ということは、いくらレベルアップで僕の『耐力』が上がっても、『素早さ』もそのまま掛け算で上がっている以上、全力を出せば絶対に身体が耐えられないということになる。
だから僕は日常生活で、自分の『素早さ』を、同じく上昇した『器用さ』でうまく制御して生活しているのだ。
「近いピュイ。反応が強いから、気を付けるピュイ」
声を抑えてそう言うピューイさん。
どう気を付ければいいかわからないが、とりあえず油断なく周囲に目を配ってみる。
「こっちだピュイ」
ピューイさんに先導されて角を曲がると、目に飛び込んできた光景は――
端的に言うと、金属製の物々しい鎧を身に着けた男が、スーツ姿の女性に話しかけているところだった。
「あの、すみません……ちょっとお話を……」
「すみません、急いでいるので」
「そ、そうですよね。急いでいる人に声をかけるなんて、僕は本当に……」
「では」
「でも、もしよかったら、急いでいない時に……」
「結構です」
スーツ姿の女性が足早に去っていく。
まったく相手にされていない。
あたりまえだ。僕だって絶対に相手をしたくない。
なんで鎧なんかを着込んで街中をうろついているんだ、無視して逃げ出さなかっただけ、あの女性は優しい方だと言える。
「ヒロシ。一般人が離れたら、すぐに攻撃するピュイ」
「いきなりですか……?」
「敵を倒すには早い方がいいって、コハルなら言うピュイ。相手が戦闘態勢に入る前に倒すのが最善だピュイ」
ずいぶんドライなことを言うんだなぁ。
いや、そうでないと魔法少女として生き残れなかったということか。
それにしても……邪界人もピューイさんたちみたいな、人間離れした姿をしているものだと勝手に思い込んでいたけど、思ったより人間みたいな姿をしている。
金属製の鎧を身に着けているのが最大の特徴だけど……それは置いておくとして、少なくとも2本の脚と2本の腕に、目鼻口が揃った頭がある。
少し違うところと言えば、肌がかなり青くて耳が尖っていることぐらいだ。
ちょうどファンタジー物語に出てくる『魔族』みたいな見た目で、少し気弱そうに見えるが、そこそこ整った容姿をしている。
……どうして金属製の鎧を着て女性に声をかけているのかは、やっぱりわからないけど、見た目が人間に近すぎるものだから、少しばかり攻撃するのに気が引ける。
その邪界人がこちらに気づくと、それまで落ち込んでいた表情がパッと明るくなり、手を振って駆け寄ってきた。
「ピューイさんじゃないですかぁー!」
「げぇっ……最悪の相手だピュイ」
ピューイさんが露骨に嫌な顔をする。僕は構えたステッキを邪界人の方に向けて突き出した。
「マジカル・ストーンバレット」
魔法の言葉を口にすると、ステッキの先に輝く小さな魔法陣が描き出され、そこから拳大の石弾が発生する。
石弾は邪界人に向けて一直線に飛び、正確に着弾した。
「ピューイさん、やっぱりダメみたいです」
石弾はあっけなく鎧にはじかれ、地面に落ちて消えた。
魔力というのは常人なら『無いことはない』ぐらいだということだから、そのステータスが何倍になっても、この程度の威力にしかならないのだろう。
「やっぱりピュイか。これを使うピュイ」
ピューイさんがポーチから片手サイズの斧を取り出し、僕に投げ渡す。
もちろん、街中で振り回せば銃刀法違反が適用される物だ。
ただ、害獣駆除の際に猟銃の使用が認められるのと同じような理屈で、警察官の監督下での使用が許可されている……という扱いらしい。
本当にそれでいいのかは少し疑問だけど、いまは細かいことを気にしている場合ではない。
「やめてくださいよぉ!ボクとピューイさんの仲じゃないですかぁ!」
邪界人がしゃがみ込み、情けない声でわめいた。
……やりにくい。この状況で斧で殴りかかるのはかなり気が引ける。
「あの、ピューイさん。あんなこと言ってますけど」
「邪界人の言葉に耳を貸す必要はないピュイ。アイツらは頭がおかしいから会話にならんピュイ」
「でも、さすがに気が引けるというか……」
はぁ……と、ピューイさんが大きなため息をつき、邪界人に向かってめんどくさそうに声をかける。
「お前、なにしてるピュイ?」
「『お前』だなんてひどいですよ。ちゃんと名前を呼んでください」
「……なにをしている、『孤独のソリタス』」
「わあ!名前で呼んでくれるんですね!やっぱりピューイさんはボクの親友だ!」
ピューイさんが、心底嫌そうな顔をして空中でくるりと回る。
「ピューイさん、知り合いですか?」
「こいつは邪界人の中でも幹部級のクズだピュイ。コハルが何度もボコボコにしたのに、しぶとく生きてるピュイ」
幹部級。
ということは、こう見えて相応の強さなのだろう。
そんな相手を何度もボコボコにしたというのだから、改めて、小春さんは強力な魔法少女なのだと思う。
その穴埋めが、今の僕にできるのだろうか。
「ねえねえ、ピューイさん。気づいたんですよ、ボク。なにに気づいたと思います?」
『孤独のソリタス』はピューイさんの言葉に気を良くしたのか、馴れ馴れしく話しかけてくる。
「どうでもいいピュイ」
「またそんなこと言ってぇ。気になってるくせに」
「……さっさと言うピュイ」
得意顔のソリタスに、ピューイさんが舌打ちをしながら促す。不快そうだ。
「気づいたんですよ。人間が最も『孤独』を感じる時っていうのは、『大切な人を失った時』だって!」
その言葉に……一瞬、胸を抉られるような痛みが走った。
咲と、亡くなった妻の顔が脳裏をよぎる。
「だから、まずはボクが人間の『大切な人』になってからいなくなれば、大きな『孤独』を生み出せますよね!」
「お前はサイテーだピュイ」
「でも、ぜんぜんうまくいかなくて……『怒り』とか『嫌悪』みたいな、つまらない感情ばっかり集まるんですよ……」
「僕が間違ってました。すみません、ピューイさん」
「わかればいいピュイ」
素直に謝る。
ピューイさんの言う通り、こいつとは会話をするべきじゃなかった。
「ど、どうしてそんなに怒るんですか?褒めてくれたっていいのに……ピューイさんと会えなくて、ボクがどれだけ寂しかったか……」
「……お前はもう黙れピュイ」
「黙れだなんてあんまりですよぉ……怒りの邪魔力ならたまってるんだから、邪界魔法は使えるんですよ?取り消してください……」
ごちゃごちゃと恨み言を並べるソリタスに向けて、僕は斧を振りかざして地を蹴った。
僕の『力』は『魔法少女』になったことで、一般人以下に下がっている。
けれど、『素早さ』は健在だ。
その速度を乗せて遠心力を生み出せば、十分な破壊力が期待できるだろう。
さらに、『戦士』で得たスキルにちょうどいいものがある。
「鎧砕き!」
斧の刃が輝くと、『孤独のソリタス』の鎧へ叩きつけられる。
――乾いた金属音が、静まり返った街角に響いた。




