四十三話:魔法少女のお仕事
「先ほどは、勝手なまねをして申し訳ありませんでした」
病院を出て、月城さんの車が走り出してすぐのことだった。
月城さんが口にした、謝罪の言葉に困惑する。
感謝すべきことならいくらでもあるけど、謝られる理由が思いつかない。
「ええと……何の話ですか?」
「あの男、九条のことです」
「ああ……」
……完全に忘れていた。
いや、忘れていいようなことではないのだけれど、それどころではない衝撃の連続でそれどころではなかったというのが正しいだろう。
月城さんは病院側に『相談する』と言ってくれていた。
つまり、九条が咲に近づけないよう手を回してくれるということだ。
もちろん、本音を言うなら咲のことについては父親として、自分の力でどうにかしたいという気持ちが今でも大きい。
だけど、僕が意地を張ることで、これ以上この人に心配をかけるのは違う気がした。
「いえ、謝らないでください。むしろ、ありがとうございます」
「ですが、日向さんのご意向を無視して、私が勝手に動く形になりますわ」
「月城さんは、これまでずっと僕の意志を尊重してくれていました。それだけでも、十分すぎるぐらいです」
月城さんは、ほんの少しだけ目を伏せた。
そんなに申し訳なさそうにしないでほしい。
そういう顔をされると、こちらの方が困ってしまう。
「それなんだけど」
なにを言うべきかと迷っていると、助手席に座っていたピューイさんが、横から口を挟んだ。
「どっちみち、あの病院にサキを置いておくのはどうかと思うピュイ」
「確かに、そうですわね……」
月城さんの表情が、すぐに真剣なものへ変わる。
「魔法少女、ですか。咲がそうであるなら、どんなトラブルに巻き込まれてもおかしくありませんわ」
二人の言う通りだと思う。
咲がただの昏睡状態の少女なら、彼女に執着を見せる九条だけを警戒していればよかったが、これまでとは事情が違う。
『魔法少女』というのは要するに魔法使いだ。魔法使いなんてものを僕は見たことがなかったし、ほとんどの人は同じだろう。
つまり、超常現象そのものだ。
ここ1か月で僕が幾度も遭遇した『そういうもの』のことを考えれば、咲をただ病院で寝かせておくなんて、馬鹿げている。
「では、咲には私の屋敷へ移ってもらうのはどうでしょうか」
月城さんが、当然のように言った。
「こんなこともあろうかと、咲のために最新の医療設備を用意してありますので」
「あ、はい……」
こんなこと。
『こんなこと』とはいったいどんなことを想定していたのだろう。
今追及してもしょうがないことがぼんやりと頭に浮かぶ。
いずれにせよ、ありがたい申し出ではある。だけど……
「ピューイとしては、警察に保護してもらうのをおすすめするピュイ」
僕が口を開く前に、ピューイさんが話し始める。
「いくらミオの家の警備が厳重でも、もしサキの『魔力』に関するトラブルなら、死人が増えるだけだピュイ」
「……その通りですね」
月城さんが以前連れていた屈強な護衛たちは、魔術師である片山にまったく歯が立たなかった。
その片山だって、小春さんや朝霧、そしてそれと敵対する邪界獣みたいな規格外の化け物よりも強いわけではないのだから。
つまり、月城さんの屋敷に移せば安全、という単純な話ではない。
「保護と言っても、警察が公式に動く名目がありませんわ」
月城さんが、少し考え込むように言った。
「昏睡状態の女子高生に魔力があることがわかったから、保護をお願いします……というわけにはいかないでしょう?」
「そりゃそうだけど……でも他に方法があるピュイ?」
特殊二課なんてものがある以上、裏側では色々な手段があるのかもしれない。
けれど、表向きには咲はただの高校生だ。
今の咲を病院から警察へ移すとなれば、説明しなければならないことが多すぎる。
「……そうですわね」
月城さんが顔を上げた。
「それなら、まずは如月さんや特殊二課と相談したうえで、咲に我が家へ移ってもらう。そして、日向さんと如月さんにも後日、私の屋敷へ移ってもらうというのはどうでしょう?」
「いやいや、なにを言ってるんですか」
思わず、変な声が出た。
月城さんは先日のやり取りを忘れてしまったのだろうか?
「それが無理だから、僕は如月さんのところに厄介になっているわけで……」
「それは私が未成年だからでしょう? 私はもうすぐ18になりますから、その後で、如月さんと一緒ならなんの問題もないはずですわ」
そうなのか。
咲は17になったばかりだけど、3月生まれだ。
同じ学年でも、月城さんがもうすぐ18歳でもおかしくはない。
「そうなんですか……おめでとうございます」
「それは当日言っていただいた方が嬉しいですわ」
そう言って笑う月城さん。
我ながら間の抜けたことを言ったように感じて恥ずかしい。
というか、そういう問題か? 別に何歳になろうと、娘の親友であることに変わりはないわけで。
常識的に考えて、『なんの問題もない』わけがない気がする。
「いや、でも……」
「日向さん」
月城さんが僕の顔を覗きこんで、じっと目を見る。
僕の、咲とそっくりな目を。
「今大切なのは、咲の安全です」
その声は静かだった。
けれど、絶対に譲らない人の声だった。
「それと比べれば、他人からどう見えるかなど、考慮するに値しません」
その言葉を聞いて、なんとなく、月城さんと如月さんの相性が悪い理由がわかったような気がした。
如月さんは、手順やルール、法律を重視する。
悪魔なのに。
いや、悪魔だからこそなのかもしれないけれど。
月城さんは正反対だ。
手順も、ルールも、場合によっては法だって、この人にとって『大切な人』と比べれば、優先順位が低いのだろう。
「……わかりました」
僕は、小さく息を吐いてから頷いた。
「よろしくお願いします」
とはいえ、如月さんがそれに頷くかどうかは、また別の話になる。
でも、今は咲の安全が優先だというのは疑いようがない事実だ。
帰ってからなんて言われるかわからないけども……そう考えると少し気が重い。
「邪界人の反応が近いピュイ。このへんで止めてくれピュイ」
ピューイさんの言葉で、車内が静まり返る。
月城さんが運転手に合図すると、車は静かに減速し、路肩へ寄った。
窓の外を見る。
都心から少し離れた、整えられた住宅街。
レンガ調のタイルが敷き詰められた広い歩道に街路樹が並び、駅前の方には大きな商業施設らしい建物も見える。
頭上にはモノレールの立派な軌道が走っているが、まだ夕方だというのに、周囲の人影はまばらだった。
「それじゃ、ピューイとヒロシは『仕事』してくるから、未成年には早めの帰宅を推奨するピュイ」
「あなた……よくそんなことが言えますわね」
「職業的倫理観に目覚めたと言ってほしいピュイ」
ピューイさんは小春さんのことを指摘されて白々しくそう言うと、ふわりと浮かび、開いたドアから外に出る。
「それじゃ、行ってきます」
「ええ。気を付けてくださいね」
僕たちを降ろすと、ドアが閉まり、月城さんの車がゆっくりと走り去っていく。
それを見送ってから、ピューイさんが僕の隣に浮かんだ。
「んじゃ、マジカル・フィールドを展開するピュイ」
「よろしくお願いします」
『マジカル・フィールド』
それは、ピューイさんが展開する魔法のフィールドらしい。
月城さんのような魔術師が扱う『結界』と同様に、普通の人が近づきたくなくなる心理的な効果があるということで……
要するに、それが小春さんと初めて会った日、あの時に感じた『ここにいてはいけない空気』の正体だ。
もちろん、だからといって人が完全にいなくなるわけではない。
すでにいる人を強制的に移動させたりはできないんだし。
マジカル・フィールドにはそれに加えて、『魔法少女』みたいな超常的な存在を意識させにくくする効果もあるということだ。
まあ……とりあえず、魔法少女が活動する上では必須のものであることは間違いないだろう。
ピューイさんが空中でなにやらくるくる回転して淡い光を発すると、あたりの空気がふっと変わったように感じた。
うまく言葉にできないけれど、言うなればなんというか、街がさらに『静か』になったような感覚。
「……はぁ」
戦うとは決めた。
もし自分が戦うことで、ほんの少しでも咲の助けになる可能性があるなら、なんだってする。
でもこればっかりはなぁ……
「……あの、魔法って必ず声に出さないといけませんか?」
ピューイさんが、こちらを見た。
「当然だピュイ。高位のものであれば詠唱も必要に……まさかとは思うけどお前、恥ずかしいんだピュイか?」
「そりゃあ……そうでしょう」
中身は37歳のアラフォー男だぞ。
いくら見た目が女の子でも、魔法の呪文を叫ぶなんて、平気でできるわけがないじゃないか。
「ごちゃごちゃ言ってないで変身するピュイ」
「……はい」
僕は、周囲を見回した。
マジカル・フィールドのおかげなのか、こちらを気にしている人はいない。
そもそも、ここにいるのは僕とピューイさんだけだ。
まぁ、これなら……うん。
「……マジカル・チェンジ」
声に出した瞬間、身体の奥で『なにか』がはじけたような強い衝撃が響いた。
そして、身体中が光に包まれ――
さあ、ここからは、『魔法少女代理』の時間だ。




