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四十二話:手がかり

「まず、ヒロシが魔法少女になったことによる影響でサキが魔法少女になったと仮定するピュイ」


「……はい」


「それはつまり、ヒロシの変化がサキに影響したということだピュイ」


「ええ」


「だったら逆もあり得るピュイ。サキの変化が、ヒロシに影響していてもおかしくない」


「おっしゃる通りですわね……」


ぜんぜんわからないけど、理屈としては正しそうに聞こえる。

月城さんには納得できる部分があったのだろう。でも僕の頭で理解するのは正直厳しい。


「ミオの魔術によると、サキの魂はどこか遠くにあるという話だったけど、ピューイも同じ見解だピュイ。んで、ピューイの見立てでは確かにこの肉体は魂と繋がっている」


ミオって……ああ、月城さんのことか。

下の名前で呼ぶことなんてないから、一瞬誰のことかと思ってしまった。


「ピューイさんには、そんなことまでわかるんですか?」


「そうでなければ、サキが魔法少女になったりはしないし……恐らくレンに調べさせればサキの『レベル』も上がってると思うピュイ」


そうだとすれば、確定だ。

いや、確定とは限らない。他の可能性だって……


「でも、もしかしたら僕が別のなんらかの理由でレベルアップしていて、それが咲に影響を与えているのかも……」


「もちろんその可能性はあるけど、じゃあ『別のなんらかの理由』ってなんだピュイ?少なくとも今の段階で『理由』が見当たらない以上、他の可能性を考えてもしょうがないピュイ」


まったくその通りなのだけど……咲が魔法少女であることさえ、僕はまだ受け止めきれていない。

それなのに、今度は僕のレベルアップが咲の影響だと言われても、心が追いつかないんだよ。


「ヒロシ、レンのことは知ってるピュイね?」


「ええと、レンって……伊吹蓮さんのことですか?」


伊吹さんは異世界で『勇者』をやっていたと言っていた。

それで僕のものを含めて『ステータス』を見ることができるんだとか。


『元勇者』なんて非常識な肩書だけど、正直最近の僕は感覚がマヒしていて、魔法少女や宇宙警察、ましてや悪魔なんかと比べたら『ありえるのかな』ぐらいに受け取っていたんだけれど……


「レンは、異世界で魔物を倒すたびに『経験値』を得て、『レベルアップ』を繰り返し、最終的には魔王を倒せるぐらいまで強くなったと言っていたピュイ」


「……まるっきりゲームの世界ですね」


「ピューイはゲームしたことないけど、レンもそう言ってたピュイ」


伊吹さんについてはステータスを見てもらうぐらいの関わりしかないから、よく笑う爽やかなイケメンというぐらいの印象しかない。

ピューイさんは最近伊吹さんと一緒に暮らしているらしいから、そういう話もするんだろう。


「ということは、それと同じようなことが咲にも起きているかもしれないということですの……?」


月城さんの声が震えている。

だって、その話が事実なら……あの優しい咲が……


「……その可能性があるピュイ」


「じゃあ……咲が、異界か、異世界か、どっちでもいいですけど、どこかで、なにかと戦っているってことですか」


あの咲が……

小さな頃から、怪我をした猫を見て泣いてしまうような子だった咲が。


人の痛みを放っておけないあの咲が……殺したり殺されたりの戦いを繰り返している?

そんなこと、考えたくもない。


だけど、ピューイさんが器用に頷いた。頷いてしまった。


「例えばサキが異世界で得た『経験値』とやらが、ヒロシにも影響を与えているとしたら……『この状況』に一定の説明が成り立つピュイ」


「……あんまりですわ」


月城さんが、唖然として呟いた。


その顔は青白く、今にも倒れてしまいそうだ。

いつもは背筋を伸ばして、どんな相手にも怯まない月城さんが、今は僕よりもずっと不安そうに見える。


強く握られた手が、小さく震えていた。

だから……月城さんの冷たくなった手を、両手で優しく包み込むように握り返した。


「月城さん。これは……希望です」


「希望……ですか?」


確かに、あの咲がどこかの見知らぬ世界で、命がけの戦いを繰り広げているのだとしたら、そんなことは到底受け入れ難い。

父親として、代われるものなら今すぐ代わってやりたい。


だけど……それでもこれは大きな前進だ、だって……


「伊吹さんは、『帰ってきた』んですよ」


「あ……」


本来なら、僕が気づくようなことに月城さんが気づかないわけがない。

それだけショックを受けていたということだろう。それだけ咲を想ってくれているということだろう。


「はい」


だから、僕は力強く頷く。


「伊吹さんは、『異世界の勇者』で、『魔王を倒してこの世界に戻ってきた』と言っていました」


「そうなんですね……私は、何か特殊な能力を持った警察官ぐらいにしか思っていませんでしたわ」


「僕も、詳しいことはまだわかりません。でも、伊吹さんが戻ってきたのなら、咲も戻ってこられるかもしれない」


言葉にすると、胸の奥にほんの少しだけ熱が灯った。

そうだ、咲は戻ってくるかもしれない、いや、戻ってくるはずだ。


「それなら、咲も……戻ってくる……?」


「……その可能性もあるピュイ」


月城さんの瞳に、微かな光が宿る。

握り返された手に、確かな力がこもった。


「帰ったら、レンに詳しいことを聞いておいてやるピュイ」


「……お願いします、ピューイさん」


「でも」


月城さんが、ゆっくりと口を開く。


「必ずしも、その伊吹さんと同じ条件で戻ってこられるとは限りませんわよね?」


「はい。魔王を倒せばいいのか、それとも他の条件を満たすとか……条件はわかりません。でも、少なくとも『戻る方法』は存在する可能性があります」


それは、僕もわかっている。


伊吹さんと咲の状況が同じとは限らない。

そもそも、咲がいる場所が伊吹さんの行った異世界とどの程度共通点があるのかもわからない。


何ひとつ、確かなことはないのだ。


「……そもそも、サキが帰りたいかどうかの問題もあるピュイ。もし魔王だかなんだかを倒せば帰れるとしても、それを目指すかはわからんピュイ」


「目指しますわ」


月城さんは、病床で眠る咲の顔を見つめ、柔らかく、けれど揺るぎない微笑みを浮かべて言った。


「もし帰る方法が、可能性が、ほんのわずかでもあるなら、咲は諦めません」


「咲は必ずそれを目指します。大切な人に、もう一度会うために」


そう言ってこちらを見ると、微笑んだ。

その目には、まだ不安があった。それと同じぐらいの恐怖も。

けれど、それ以上に強い確信があった。


そうだ、咲はなんでも諦めなかった。

勉強だって、スポーツだって、そして……僕との関係だって、諦めなかった。

その姿を、僕はずっと一番近くで見ていた。


「……そうですね」


咲のことを大切に思っているのが、僕独りじゃなくて本当によかった。

諦めないと信じる人が、僕だけじゃなくて本当によかった。


僕も月城さんを見返し、微笑み返す。小学校で見せたような作り笑いじゃない、心からの笑顔で。


「ピューイさん」


「なんだピュイ」


「邪界獣を倒しに行きましょう」


ピューイさんが、空中でぴたりと止まった。


「……ん?なんで急にやる気出したピュイ?」


「もし仮に、『魔王』だかなんだかわかりませんが、強大な力を持った何者かを咲が倒さなければならないとすれば、相当な困難を伴うでしょう」


「そりゃそうだピュイね」


「必ず勝てるかどうかなんてわかるわけがない。そんな分の悪い賭けに咲の運命を預けたくはないんです」


「その通りですわ」


月城さんは僕の意図を理解したのか、なにかを決意したように真っ直ぐに僕を見つめる。


「咲が戦うことが僕に影響を与えたなら、僕が戦うことでも咲になにかの影響があるかもしれません、もしかしたら咲の『レベル』の足しになるかもしれない。だから……」


本当にそうなるかはわからない。

でもほんの少しでも、咲の助けになるかもしれないのなら。


この、眠り続ける咲が、また僕を『お父さん』と呼んでくれる未来が訪れる可能性に繋がるかもしれないのなら。

月城さんと一緒に遊びに出かけて、その日あった出来事を楽しそうに話してくれる日が……また来るかもしれないのなら。


「僕は、なんだってします」


「……わかったピュイ。そう上手くいくかはわからんけど、モチベーションが上がるのは大歓迎だピュイ」


「私も、魔術の収集を継続しながら、異世界についての情報を集めてみますわ」


「もし『咲のいる側』へ行く方法が見つかれば……例えば私たちが咲を手伝ったり、場合によっては咲を直接連れ戻したり、他の選択肢が生まれるかもしれませんもの」


「まあ、くれぐれも無茶はせんことだピュイ」


「ありがとう、ピューイさん」


「急になんだピュイ」


心からの言葉だ。


これまで何一つ希望が見出せない中で、意味不明な理不尽にばかり巻き込まれ続けてきた。

でも、これが初めての明確な『手がかり』だ。


なにより、やるべきことが見つかった。

本当にそれに意味があるのかなんてわからないけれど、少なくとも、何もわからないまま流されて嘆いているよりは、ずっといい。


ピューイさんはそれからなにも言わず、そっぽを向いて揺れていた。

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