四十一話:くれぐれも落ち着いて
「あの……もし間違っていたら申し訳ないんですが。咲が魔法少女って、あの魔法少女ですか?……小春さんや、僕みたいな」
いや、他に魔法少女なんて知らないんだけど。
小春さんは魔法少女で、僕も今は魔法少女で、それでどうして咲が魔法少女だなんて話になるのか。
「……そういうことになるピュイ」
「でも、そんな素振り一度も……」
月城さんが、絞り出すように言う。
「もし仮にそうだったなら、咲が私に黙っていたはずがありませんわ」
その通りだ。
あの咲が、僕や月城さんにそんな重大なことを隠していたなんて思えないし、思いたくない。
もし仮に咲がそれを隠していたということなら……そんなこと、可能だろうか?
魔法少女だということは、小春さんのように夜な夜な邪界獣と戦っていたということになる。
確かに僕は、仕事で帰りが遅くなることも多かった。
けれど、あのアパートの狭い部屋での二人暮らしだ。
いくらなんでも、僕にまったく知られることなくそんな生活を続けることが可能だとは思えなかった。
「んなこと言われても、事実そうなんだからしょうがないピュイ」
ピューイさんはそう言いながら、少し逡巡するように空中でくるくると回転し始めた。
短い付き合いだが、彼が言いにくいことがある時にこんなふうにするのを、僕は知っていた。
まだなにかあるんだろうか。
「ただ……どう考えても説明がつかないことがあるピュイ」
「本当にサキが魔法少女なのか。いつからサキが魔法少女なのか。そのあたりがなんとも言えんピュイ」
「……なんの話ですの?」
「説明がつかないって……そんなの全部そうですよ」
そう言った言葉には、自分でも驚くぐらい力がなかった。
最近本当にろくなことがないけれど、これはいくらなんでもあんまりだ。
「これは仮説込みの話になるから……くれぐれも、落ち着いて最後まで聞くピュイ」
念を押すように言うピューイさん。
わかったから、落ち着いて聞くから……早く話してほしい。
なんだかもう疲れてしまって、そう思う。
「まず、魔法少女というのはピューイたち聖魔界人によって魔力を与えられ、内在的な魔力を爆発的に覚醒させることで、変身……要するに魔術的なアセンションが可能になった状態の『少女』のことだピュイ」
「……なるほど?」
聞いてもよくわからない。
でも月城さんはなんか理解してるっぽい顔をしているから、頭がいい人にはわかるのかもしれない。
でも僕は別にそういうわけではないのでできればわかるように言って。
「つまり、聖魔界人の魔力で変身能力を得た少女を『魔法少女』と呼ぶということですわね」
わかるように言ってくれた。
そんなに『?』って顔をしていただろうか。ちょっと恥ずかしい。
「ということは、変身前の状態ですでに『魔法少女』と呼ばれる超人だということになりますわね」
「そういうことだピュイ。変身後との違いは魔法が使えるかどうかで……要するに今のサキは『変身していない魔法少女』だピュイ」
「んで……魔法少女というのはすでに魔力が覚醒しているから、きっかけとなった聖魔界人の存在とは無関係に、魔法少女は魔法少女だピュイ」
……ということは、小春さんも、ピューイさんの存在の有無にかかわらず魔法少女になろうと思えばなれるということか。
それって本人は知ってるんだろうか?
「だけど、覚醒させた聖魔界人の魔力の痕跡は残る。そして、サキにもそれが残っている」
「くれぐれも、くれぐれも冷静に、落ち着いて最後まで聞いてほしいんだけど」
そう言いながらまたくるくると回転する。
そんなに言いにくいことなのか。
「……わかりました」
でも話してもらわないことにはどうもこうもできない。
僕が頷くと、ピューイさんは意を決したように言った。
「……サキからは、ピューイの魔力を感じるピュイ」
「え……」
「なんですって!?」
月城さんが激昂し、ピューイさんに詰め寄ろうとする。
「つ、月城さん……最後まで聞きましょう」
「ですが――!」
「僕だって、叫び出したいです」
「……わかりました」
月城さんは小さく頷いた。
ピューイさんは、僕たちの手元をちらりと見たが、何も言わなかった。
「普通に考えれば、サキを魔法少女にしたのはピューイだということになるピュイ」
「そうなりますかね……」
「でも、それは断じてないピュイ。ピューイが初めて担当した魔法少女はコハルだピュイ」
「それは、本当に断言できますの?」
「できるピュイ」
ピューイさんが迷わず答える。
「ピューイがサキの顔を知らなかったのは、ヒロシならわかるはずだピュイ」
その言葉で、月城さんが僕を見る。
いつも真っ直ぐな彼女の瞳が今はひどく揺れ動き、不安に染まっている。
こんなに余裕のない月城さんを見るのは、初めてかもしれない。
あの片山に襲われていた時だって、彼女は余裕の表情を崩していなかったから。
だから、僕はずっと月城さんと繋がれたままだった手に、ほんの少しだけ力を込めた。
幼い頃の咲が不安そうにしていた時、そうしてあげたように。
さっき月城さんがそうしてくれたように。
そして――月城さんにはっきりわかるように、力強く頷く。
「そうですね、ピューイさんは咲の顔を間違いなく知らなかったはずです。もしピューイさんが咲と面識があったなら、僕がこの姿に変わった時点で、何らかの反応をしていたはずですから」
少なくとも、知っている顔を見る反応ではなかったし、もし仮に咲の顔を知っていたとしたら、あの時にピューイさんがそれを隠す理由も思いつかない。
なら少なくとも、ピューイさん自身が直接咲を『魔法少女にした』というのは違うのだろう。
でも、なにしろ魔法なんてもの自体が意味不明な存在だ。僕たちの知る理屈や常識が、そのまま通用するかどうかなんてわからない。
だからこそ、今はピューイさんを信じるべきだと思う。
僕たちに魔法のことはよくわからないんだし、黙っていることだってできたはずだから。
「……では、仮説というのは?」
月城さんが先を促す。
固唾をのんで見守る中、ピューイさんが静かに語り始めた。
「サキからピューイの魔力を感じるということは、ピューイが魔法少女にした『誰か』の影響である可能性があるピュイ」
「『誰か』って……」
血の気が引いた。
そんなの、僕しかいないじゃないか。
ピューイさんがにした魔法少女は、小春さんと僕だけだ。小春さんが咲に何かするわけがない。
だとしたら、このいつ抜け出せるともわからない非日常に、僕が咲を巻き込んでしまったということになる。
「じゃあなんですか?僕が魔法少女なんかになったから、咲を魔法少女にしてしまったと?」
「ヒロシ」
「そんな……馬鹿なことが……」
「ヒロシ、聞くピュイ」
ピューイさんが、珍しく強い声を出した。
「話はそう簡単なことじゃないピュイ」
「そう簡単なことじゃないって……」
僕は思わず笑いそうになった。ぜんぜん笑える状況じゃないのに。
そう簡単なことじゃないって、もうこれ以上ないぐらい複雑じゃないか。
これ以上、何がどう複雑になるっていうのだろうか。
「ヒロシ。お前、『勝手にレベルアップする』って言ってたピュイね」
「……はい」
その通りだ。
実は今日も車の中で例のファンファーレを聞いている。
でもそれがどうしたって言うのだろう。
「……それって、サキの影響なんじゃないか?」
またしてもピューイさんの言葉の意味はわからなかった。
ただ、病室の電子音と、強く握られた手の感触だけが、やけにはっきりと感じられた。




