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第四話:病院の不審者

今日は土曜日。目覚ましをセットせずに眠った浩は、思う存分惰眠を貪り、疲れを取るつもりだった。


『パラッパッパー!』


鼓膜を直接揺らすような、けたたましいファンファーレ。

浩は心臓が口から飛び出しそうな衝撃と共に、ベッドから跳ね起きた。


「……っ、ハァ、ハァ……っ!!」


激しい鼓動を抑えながら周囲を見回すが、アパートの薄暗い六畳間には、古ぼけた時計の針の音だけが響いている。

この鬱陶しいファンファーレも、これで四度目。

どうやらこの音は浩以外には聞こえないらしく、他者を驚かせたり、安眠を妨害する恐れは無い。

驚くのも、安眠を妨害されるのも、浩だけだ。


(本当に心臓に悪い……これ、寝ている間は勘弁してくれないかな……)


浩は溜息をつき、汗を拭った。

今日は珍しくバイトのない休日だ。普段の激務で休息を求めている体には、二度寝が最高の贅沢に思えたが――

目覚めたからにはそれ以上に、娘に会いたいという想いが勝った。


昼食を適当に済ませ、病院へと向かう。

駅からの坂道は、前回よりもさらに楽に感じられた。まるで重力が半分になったかのような軽やかさで、歩く速度が自然と上がってしまうのを自分でも不思議に思った。


(……なんだ?妙に静かだな……)


病院の敷地に入った途端、妙な違和感に足が止まる。

以前感じた『自分の居場所ではないような空気』

それがさらに強く――それに、午後のこの時間は、いつもなら面会客や外来患者でごった返しているはずだ。

それなのに、中庭にも、エントランスにも、人影がまったくない。まるで世界から自分以外の人間が消えてしまったような、不気味な静寂が漂っている。


不審に思いながらも、浩は病院のロビーへ足を踏み入れた。


「……ッ!?」


目に飛び込んできたのは、惨状だった。

大理石の床には、澪の護衛をしていたはずの黒服たちが折り重なるように倒れている。

その中央、澪が一人で、不気味に笑う男と対峙していた。


男は、手入れのされていないドブネズミのような茶髪をボサボサに逆立てている。

汚れの目立つ安っぽい柄シャツの上に、テカテカとしたレザージャケットを羽織り、首元には悪趣味なシルバーチェーンがジャラジャラと揺れていた。


「はい、終わり!お嬢様、もう盾はいないぜ?」


無精髭に覆われた口元が、ニヤニヤと不気味に歪んでいる。


「ちょっとちょっと、どうしたんですか、これ!」


突然現れて声を上げた浩の姿に、澪は驚きに目を見開く。だが、彼女はすぐにいつもの気品ある表情を取り戻した。


「……あら、日向様。今日のアルバイトはどうされましたの?」


すぐそこに護衛たちが転がっている状況で、日常そのままの言葉を口にする。


「今日は、珍しく休みでね……いやいや、それどころじゃないでしょう」


どう考えても状況に不釣り合いな言葉に、思わず釣られてしまいそうになってしまう。


「そうですか。せっかくの休日なのですから、お休みになられた方がよろしいのでは?」


「それはそうなんだけど……」


ちらりと男の方を見る。明らかにイラついている……そりゃそうだろう。


「チッ、何をいちゃついてやがる」


男が不機嫌そうに舌打ちし、拳を固める。

それを見て、澪が珍しく焦ったように声を上げた。


「この方は無関係ですわ!どういうわけか、結界に迷い込んでしまっただけの一般人です。日向様、早く逃げて――」


「いやでも、娘の友達に変なことをさせるわけには……」


「そうかい、どっちにしろ立ちふさがるなら関係ねぇな。死ねよ」


男の拳が、浩のみぞおちに正確に叩き込まれる。


「グハッ……!?」


――信じられないほど、重い一撃だった。

衝撃が腹を突き抜け、膝をつく。激痛に目の前が真っ白になる。


「なんだよなんだよ情けねぇおっさんだな、何のために出てきたんだぁ?」


男は楽しそうに笑いながら、澪の方に歩みを進める。


「さて、お嬢様。選んでもらおうか。俺の物になるか、ここで無様に死ぬか――」


「俺はどっちでもいいんだぜ?だがせっかくならよ?」


好色そうな視線が澪に突き刺さり、不快さに思わず震える。

ゆっくりと歩み寄った男が澪の喉元を掴もうとした、その時だった。


ガシッ、と。

男の右肩を、後ろから『情けねぇおっさん』の手が掴む。


「……は?」


振り返ろうとした男の目に映ったのは……腹を押さえ、脂汗を流しながら立ち上がった浩の姿だった。


「……変なことすんなって……言ってんだろ」


浩は、ありったけの力を込めて、その顔面に拳を叩き込んだ。


『何か』が砕けるような、凄まじい衝撃音が響く。

男の体は木の葉のよう吹き飛ばされ、ガラスを粉砕して中庭へと転がっていった。


「…………え?」


唖然とする澪の声が、静かなロビーに小さく響いた。

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