三十八話:魔法少女代理
「お前はほんとになにやってるピュイ……」
薄暗い車内で今日の出来事を軽く報告すると、ピューイさんが心底呆れたような声で言う。
明葉学園小学校での一日を終えた僕は、月城さんの用意した車に乗り、咲の入院している病院へ向かっていた。
後部座席には僕と月城さん。
そしてなぜか、助手席にはピューイさんが座っている。
正確には、座っているというより、シートの上にちょこんと乗っている。明らかに前は見えていない。シートベルトが意味を成している可能性は低いだろう。
深く考えたら負けな気がした。
「サッカー部に入るだけならともかく、コハルと仲良く見学って。お前、なんのために潜入してるかわかってるピュイ?」
「……すみません」
まったくもって正論なので、申し開きのしようもない。
ただ、こちらとしても想定外のことが多すぎたのだ。今後の活躍に期待して大目に見てほしい。
「まあまあ、いいじゃありませんか」
隣に座る月城さんが、ふふっと笑いながら助け舟を出してくれた。
「多少近づいたところで、傍から見れば微笑ましいだけですわ。特に作戦に影響はないと思いますよ?」
微笑ましく見守るのもできればやめてほしいけど、庇ってくれたのは素直にありがたい。
「それに、容疑者本人に接触しない形でサッカー部に入り、彼と親しいと思われる人物との接触を果たしたわけですから。結果としては上々ですわ」
「甘やかすなピュイ」
「甘やかしますわ」
私のために争わないで。
というか……そもそもなんでピューイさんがこの車に乗っているんだろう。
「ところで、どうしてピューイさんが一緒なんですか?」
「そろそろ邪界人が動き出すかもしれんから、監視する必要があるピュイ」
「そうなんですか……たいへんですね?」
邪界人というのは、魔法少女が戦う『邪界獣』を生み出す存在だと聞いている。
ただ、それとピューイさんがここにいるのは繋がりがないように思えるのだけど。
「ヒロシ、お前もだピュイ」
「え、僕は咲のところに寄った後、帰って宿題のプリントをこなす予定なんですが……」
「宿題よりも、邪界人を監視する方が大事ピュイ」
「うへぇ」
「うへぇじゃないピュイ」
うへぇじゃなかったらなんなんだ。
「このあたりの邪界人は、コハルが片っ端からボコボコにしたから、しばらく大人しくしてたピュイ。でもコハルが活動してないってバレたら、どうなるかわからんピュイ」
「どうなるかわからないって……例えば、どんなことが起きるんですか?」
邪界獣が大発生して大暴れするとか、そういうことだろうか?
もしそうなら、小春さんを戦いから遠ざけた警察が責任を持って対応するべきだと思うのだけど。
「大規模な事件が起きるかもしれないし、他のエリアから魔法少女が送り込まれてくるかもしれんピュイ」
「……魔法少女って、他にもいるんですか」
「当たり前だピュイ。邪界人は世界中にいるピュイ。世界中に邪界人がいるなら、それと戦う魔法少女も世界中にいるに決まってるピュイ」
「なら、他の魔法少女に任せれば……いや、だめか」
言いかけて、すぐに気づく。
他の魔法少女だって、魔法少女なのだ。つまり、『少女』だ。戦わせていいわけがない。
もちろん、見えない場所で戦いは起きているのだろうけれど。
「ダメに決まってるピュイ。新しい魔法少女が来るたびに片っ端から補導してたら、ただのアホだピュイ」
「ですよね」
「それに、この状況がバレたら、多分ピューイは死刑だし、ヒロシもなにをされるかわかったもんじゃないピュイ。だから今は、コハルの穴埋めをお前がするしかないんだピュイ」
「へ?死刑って、そんな馬鹿な」
思わず変な声が出た。
ファンシーな見た目の生き物が所属する社会で、そんな極端な刑罰があるとは思わなかった。
いや、そもそもファンシーな見た目だからって平和な社会なわけがないんだよな、戦ってるんだし。
「『担当の魔法少女を戦わせる義務の放棄』『無関係の第三者に対する情報及び魔力の供与』他にも色々アウトなことだらけで合わせ技即死だピュイ」
「ええ……」
「下っ端が組織に逆らうとだいたい死ぬのがこの世界だピュイ」
「……嫌な世界ですね」
「そんなもんだピュイ」
そういう話なら、小春さんにだってなにが起きるかわからない。
となれば初日から宿題を忘れたうっかり転校生になるのもしょうがないだろう。
「心配するなピュイ。ヒロシは警察の協力者扱いだから、ちゃんと謝礼が出るピュイ」
「あ、そうなんですか、助かります」
「昔は警察官が自腹を切ってたりしてたらしいけど、今は逆にしっかり会計処理しないと叱られるって話だピュイ」
「へぇー、詳しいんですね。っていうか、ピューイさんの立場ってなんなんですか?警察官なんですか?」
「まあ、一応は」
「一応って」
そんな話をしているうちに、車は咲の入院している病院へ到着した。
当然だが、咲と瓜二つのこの姿のまま、何食わぬ顔で病室へ行くわけにはいかない。
僕は月城さんが用意してくれたフード付きの薄手のカーディガンを羽織り、不自然にならない程度に深くフードを被って車を降りた。
すると、ピューイさんもぴょんと車外に飛び出してくる。
「ピューイさんも来るんですか?」
「今日は、ピューイさんにも咲の病状を見ていただこうと思いまして」
「咲の……」
そういえば、ピューイさんは異界の存在だ。
現代医学では解明できない咲の状態についても、彼なら何かしらの手がかりを掴めるかもしれない。
ちなみに……『現代医学』どころか朝霧の持つ宇宙の技術でも、咲の状態はどうにもならなかった。
なんでも、『魂』の実在は、宇宙の科学者でも解明できていないらしい。
「ありがとうございます、ピューイさん」
「多分なんもわからんと思うけど、念のために見てやるピュイ」
「それでも……どんな些細なことでも、手がかりは欲しいですから」
ピューイさんはそれ以上なにも言わず、ぷいっと顔をそらした。
自動ドアをくぐると、ロビーの端で、苛立った様子で腕を組んでいる男の姿があった――九条だ。




