三十七話:横顔
放課後。
僕は小春さんに案内されて、運動部の活動を見て回ることになった。
「こっちは野球部。グラウンドの端を使ってるんだよ」
校庭の一角では、ユニフォーム姿の子供たちがキャッチボールをしていた。
歴史の長い学校らしく校庭はかなり広く、遠くではサッカー部が練習しているのも見える。
実のところ、僕はサッカーよりも野球の方が好きだ。
どちらも経験はないから、あくまで見る分には……だけど。
「体育館では卓球部とバレーボール部が練習してる日が多いかな。曜日によって場所が違うから、最初はちょっとわかりにくいかも」
「ひよりちゃんは、運動得意なの?」
「うーん、普通……なんじゃないかな?」
これは嘘ではない。
レベルが上がって身体能力は上がっているけれど、特に運動の経験があるわけじゃないから、うまくできるかどうかはわからない。
「そうなんだ?じゃあ、文化部なんかも考えてみない?例えば将棋クラブとか……」
目を輝かせて誘ってくれる小春さん。
気持ちは嬉しいけど、そういうわけにはいかないんだよな。
「ごめんね、小春さん。親から運動部に入るようにって言われてるの」
「あ、そっか……残念」
本当に残念そうだ。
思わず誘いに乗りたくなってしまうけれど、ここは我慢だ。
「それじゃ、次はサッカー部だね」
「うん、ありがとう」
そう返事をしながら、サッカー部が練習している方へ移動する。
見た感じ、2チームに分かれて試合をしているようだ。
「あれ?坂口さん……と、えっと……?」
スコアボードの隣に立っている少女がこちらに気づき、声をあげる。
学校指定の体操着を着た、小春さんと同じぐらいの年齢の少女だ。
茶色がかった髪を肩より少し長く伸ばし、眼鏡をかけている。
6年B組では見なかった顔だから、別のクラスか……1つ下の学年か、どちらかだろう。
「成瀬さん、こちらは佐倉ひよりちゃん。転校生なの」
「佐倉ひよりです。よろしくお願いします」
成瀬と呼ばれた少女に丁寧に挨拶する。
これから同じクラブに入るのだから、印象を良くしておいて損はない。
「あっ、よろしく……私、成瀬灯火です」
「ひよりちゃんがどこか運動部に入りたいらしくって、少し見学させてもらっていい?」
「う、うん……もちろんだよ」
「ありがとう、成瀬さん」
少しおどおどしながらも、快く引き受けてくれる成瀬さん。
あんまり運動が得意そうには見えないけれど、いわゆるマネージャーのようなものなんだろうか?
それからしばらく、サッカー部の練習試合を見学した。
グラウンドでは、男子も女子も一緒になって切磋琢磨している。
……特に活躍しているのは原口少年だ。
ボールを持っている時間が明らかに他の子よりも長い。
それに、周りの子たちが、自然と原口少年を中心に動いているように見えた。
――その姿を、成瀬さんはじっと見ていた。
「……結構女の子が多いんだね」
「そういえばそうかも。野球部より多いんじゃないかな?」
「う、うん……うちのサッカー部は、3分の1ぐらいが女子だから……」
成瀬さんが詳しく教えてくれる。
ちょうどいい。これなら僕が入部しても不自然じゃないだろう。
「あ、私はサッカーはしないんだけど、こうしてみんなの応援や、お手伝いをしてるのが好きだから……」
成瀬さんへ視線を送ると、焦ったようにそう言う。
別に何かをとがめたわけじゃないんだけどな……
「へぇー、みんなの応援、かぁー」
悪戯っぽく笑いながら、『原口少年』に視線を送る小春さん。
そうだ、さっきの成瀬さんの視線の意味。原口少年がボールを持った時にだけ、少しだけ真剣になる目線の意味。
それはどう考えたって……
「ち、ちがうよ!卓也はそういうのじゃないから!」
「あれ?私、原口くんの名前なんて出してないけど……」
「も、もう!やめてよ坂口さん!」
真っ赤になって否定する少女は、『卓也』と……自然にそう呼んだ。それなりに密接な関係である可能性が高い。
サッカー部であれだけ目立っている少年だ、『そういう意味』で注目する子がいても何もおかしくはないとは思っていた。
思っていたけれど……これは如月さんに報告する必要があるだろう。
「私、サッカー部に入りたいです。成瀬さん、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ!よろしく……」
礼儀正しくお辞儀をすると、成瀬さんの表情が明るくなった。
最初よりも少しは慣れてくれたように感じる。
「あれ?他は見学しなくていいの?」
「うん、ありがとう小春さん。女子が多いみたいだし、サッカー部がいいかなって思って」
「そ、それじゃ、先生に聞いてくるね……」
職員室に向かう成瀬さんを見送りながら、注意深く原口少年を観察する。
ゴールを決めてチームメイトに囲まれながら飛び跳ねて喜ぶ姿は、どう見ても無邪気な少年にしか見えなかった。
入部手続きを終えて教室に戻り、帰り支度をする。
手続きの間も、小春さんは僕を待っていてくれた。
「最後まで付き合ってくれなくてもよかったのに……」
「いいのいいの。私も楽しかったから」
「そう?それならいいんだけど……ありがとう」
良くはない。
一緒に行動するだけでリスクなのだから、先に帰ってくれた方がこちらとしては助かるのだ。
「そうだ、ひよりちゃんはどうやって帰るの?」
「どうって、ああ……家の人が車で迎えに来てくれるの」
家の人というか、月城さんの使用人が運転する車だけど。
そのまま一緒に咲の病室に向かうことになっている。
「そっかぁ、途中まで一緒に帰れると思ったのになぁ」
小春さんは、そう言って笑った。
……その横顔が、ほんの少しだけ、寂しそうに見えた。それが気にかかり、思わず声をかける。
「……どうかした?」
「え、なにが?」
「ううん、なんでもない……」
「ふふ、変なのー」
またやってしまった。これ以上踏み込んでどうする。
本当はわかっている。ピューイさんともう会えないと言った時の彼女は、本当に寂しそうだったから。
だけど、僕は『佐倉ひより』で、そんなことは『知らない』から。
彼女の寂しさに寄り添うことはできない。寄り添ってはいけない。
「それじゃ、また明日ね、ひよりちゃん!」
さっきの表情が嘘のように、元気に去っていく小春さん。
こうして、佐倉ひよりとしての明葉学園小学校での一日目は終わりを告げた。




