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三十六話:給食の時間

「いただきます」


教室の中に、子供たちの声が響いた。

それと同時に、僕も小さく手を合わせ、同じ言葉を口にする。


明葉学園小学校の給食はなかなか質が高い。

鶏肉をトマトで煮たもの。高そうな歯ざわりのパン。ブロッコリーのサラダにコーンスープ。

それに牛乳とヨーグルトまでついている。


僕が通っていた小学校とは大違い……というか、僕がいつも食べているものよりぜんぜん良い。

普段の昼食なんて、だいたいおにぎりとカップ麺ぐらいで済ましてるもんなぁ……


大人になってからは、当然ながら誰かと一緒に『いただきます』と声をそろえて昼食を食べる機会はほとんどない。

咲が倒れてからは、夕食でもその機会は失われてしまった。


目の前の光景は少し懐かしく、それでいて記憶にあるものとは異なる部分も多かった。


僕が子供の頃は、もっと騒がしかった気がする。

男子がはしゃいでいるのを女子が非難して喧嘩になったりしないし、牛乳を一気飲みして吹き出したり、早食いを競って校庭に走り出すような子もいない。


もちろん完全な静寂というわけではない。

うるさすぎない程度に、それぞれが思い思いの会話を楽しみながら食事を進めている。


「ところでひよりちゃん、クラブはどこに入るの?」


隣の席から、小春さんがそう尋ねてきた。

小春さんは転校してきたばかりの僕が困らないように、ほどよい距離で気にかけてくれている。


いい子だ。


「クラブ?」


「うん。明葉ってクラブ活動が結構あるんだよ。運動系も文化系も、選択肢は無限大だよ」


無限大は言い過ぎだよ。


いずれにせよ、僕に選択肢はない。

原口少年の所属するサッカー部に入ることが、作戦で決められているからだ。

未経験のサッカー部に自然に入る方法はアドリブ任せだったから、小春さんの方から話を振ってくれたのは、かなり助かる。


「どこか運動部に入ろうと思ってるんだけど……小春さんは、どこに入ってるの?」


「私は将棋クラブだよー。学級委員の活動もあるから、毎日参加してるわけじゃないんだけどね」


「将棋クラブ……」


意外な名前が出てきた。

いや、考えてみればおかしくはないのかもしれない。


朝霧から聞いた話では、小春さんはただ強い魔法少女というわけではない。朝霧の動きを読み、先手を取って次々に攻撃魔法を繰り出したという話だ。

僕が気絶している間にそんな激しい攻防が繰り広げられていたというのは驚きだが……そう言われてみればなるほどとも思う。


「変かな?」


小春さんが首を傾げる。


「ううん。ちょっと、かっこいいなって思っただけ」


「かっこいいかなぁ」


小春さんは少し照れたように笑った。


「あ、それよりひよりちゃんがどこに入るかだよね」


「……そうだ、放課後に色々案内してあげる!運動部なら、いつも練習してるから」


「いいの?」


「うん。今日は学級委員の用事も少ないし」


……あまり小春さんが容疑者に近づくのは避けたいけれど、ここで断るのも不自然だろう。

サッカー部に入るのは決まっているんだし、それぞれ見学してから怪しまれないようにさっさと決めて、さっさと離れよう。


「ありがとう。じゃあ、お願いしてもいい?」


「うん。まかせて」


小春さんが、嬉しそうに笑った。


人のために行動することを純粋に喜ぶこの少女を、卑劣な犯罪者から遠ざけ、守らねばならない。

ピューイさんじゃなくてもそう思うことだろう。僕だってそう思う。


そうしているうちに、給食を食べ終えた子供たちがまた僕の周りに集まってくる。

転校生への興味というのは、いつの時代も変わらないのかもしれない。


質問攻めにしてくる顔ぶれの中に、原口少年はいなかった。

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