三十五話:魔法少女 日向咲
「マジカル・アースクエイク!」
大きな声で叫ぶには、少し恥ずかしい名前の魔法を唱えると、足元に茶色く輝く魔法陣が広がった。
その中心から光が弾けた次の瞬間、世界が下から突き上げられる。
乾いた大地が波打ち、岩が砕け、砂埃が舞い上がる。
局地的な大地震だ。私を囲んでいた魔物たちが、足場を崩されて次々と倒れ込む。
そして、凄まじい地割れが発生し、倒れた魔物たちはなすすべもなく吸い込まれていく。
ゴブリン。
オーク。
巨大な狼と、それにまたがる屈強なオーガ。
等々……多種多様な魔物たち。
それから、石で作られた動く石像。
「あっ……」
私の前に立っていたストーンゴーレムも、一緒に地割れの中へ消えてしまった。
「うわー、やっちゃったなぁ……ごめんね、ゴーレムくん……」
ストーンゴーレムは、私が魔法で作り出したものだ。
だから、別にいくらでも作り直せるし、本当に命があるわけではないのかもしれない。
それでも、さっきまで彼は魔物の爪を受け、牙を止め、非力な私の壁になって戦ってくれていた。
その彼を、私自身の魔法に巻き込んでしまったのだ。少しばかり、罪悪感があった。
「次からは、範囲をもう少し考えないとな……」
そうしているうちに、重い音と共に地割れが元に戻る。
どういう原理なんだろう。
『パラッパッパー!』
お、レベルアップ。
なんと言ったらいいのか、こうして大量の魔物を一箇所に集めて、広範囲魔法で一掃するというのは……非常に『効率がいい』と感じてしまう。
あまりこういう感覚に慣れすぎるのも、良くないとは思うんだけど。
「……あ、職業レベルも上がってる」
私は小さく息を吐いて、職業レベルの表示を確認した。
『魔法少女:レベル8』
「職業レベル8のスキルはなんだったかな……っと」
指先でステータス画面を操作する。
半透明の文字が、私の目の前に浮かび上がった。
『石化の魔眼:魔力を込めた視線によって対象を石化させる。石化した生命体は術者が石化を解除するまで生命活動を停止する。成功率は魔力とレベルの合計を対象と比較することで算出される』
うわー、怖い。これ、ほとんど即死技じゃない?
石化した生命体は生命活動を停止する。解除するまで動けない。その時点で、もう勝負は決まったようなものだ。
でも、私はこれまで『魔力』のステータスにあまりポイントを割り振っていないから、どれくらい実用的かはちょっとわからないよね。
いざって時に強敵に通用しなかったら命取りだし、逆に苦戦しないような相手にしか効果がないなら、コストの高い単体即死技ってあんまり使い道がないんじゃないかなぁ。
おっと、まただ。
戦いに効率ばかりを求めるのは良くない。
命は大事だ。絶対に死ぬわけにはいかない。
でも、その命を守るために、効率よく『殺す』ことばかりを考えるようになってしまったら、もう元の自分には戻れないような気がするから。
私の今の職業はなんと、『魔法少女』だ。ステータス画面にもそうはっきり書いてある。
『EX職』とかいうものらしくて、なんか特別感があるよね。
でも、転職できるようになった理由にはまったく心あたりがなかった。
うーん、どういう条件を満たしたんだろう。
特に何かの職業を極めたとか、特別な隠しクエストを達成したとか、そんな覚えもない。
なんでもないタイミングで急に転職可能になったのだ。
でも……なんといっても『魔法少女』だよ。
私だってそういうキラキラしたものに憧れた時代があったわけで……変身の真似なんかをしてみたり、そんな恥ずかしい思い出もあるわけで。
でもその思い出は恥ずかしいだけじゃなくて……とにかく興味がそそられないわけもなく、直ちに転職ボタンを押してみたというわけですね。
……結果、この姿だ。
今の私は、小学校高学年ぐらいの背丈になり、白と茶色を基調にしたフリフリの衣装を着て、丘の上に立っている。手にはステッキまで持っている。
他の職業でこんなふうに見た目まで変化したことがないから、『EX職』特有の現象なのかな?
試しに他の職業に転職し直せば元の姿に戻ったし、たまにはこういうのもちょっと新鮮でいいよね。
まあ、なるべく人には会いたくないけど。
特に知人には。
のんきにステータスを確認していたら、ズシン、ズシン、と。丘の向こうから大きな足音が近づいてくる。
見上げるほど巨大な、身長7メートルはあるヒルジャイアントだ。
巨人はこちらを認識して咆哮を上げると、丸太のようなこん棒を振り上げて、地面を揺らしながら突進してきた。
私はステッキを軽く振り、狙いを定めた。
「マジカル・ストーンバレット!」
杖の先に輝く小さな魔法陣が描き出され、そこから拳大の石弾が発生する。
石弾は音もなく……いや、『音よりも早く』巨人に殺到した。
次の瞬間、ヒルジャイアントの胸に大きな穴が空く。
遅れて、衝撃波が広がった。
巨人の上半身が内側から弾け、肉と骨と岩のような皮膚がまとめて爆ぜる。
「……ぐろい」
思わず顔をしかめた。
魔法の名前はちょっと可愛いのに、起きていることはまったく可愛くない。
というか、強い。
『魔法少女』は猛烈に強い。なんとステータスの『魔力』に100%の補正がかかっているのだ。
100%って……一般の職業によるステータス補正は高くても10%程度、私の専用職である『勇者』でさえ、いくつかのステータスに20%の補正しか与えない。それがなんと2倍である。
その分『力』と『耐力』に大きなマイナス補正がかかるという強烈なデメリットがあるんだけど、魔法の威力が尋常じゃない上に、壁となって戦う強力なゴーレムを作り出すことまでできる。
なんで使える魔法が、『土属性』ばかりなのかはよくわからない。土属性の魔法少女ってことかなぁ?
土属性ってなんだか地味で脇役っぽいイメージだよね。
もっとこう、キラキラした『光属性』とか、クールな感じで『氷属性』とか、そうでなければせめて『炎属性』とか、そういうのに憧れてたんだけどな。
でも、ものすごく便利だし、直接質量をぶつける攻撃というのは戦闘において抜群の安定感がある。
炎や氷は耐性があって通用しない魔物も多いけど、物理的な衝撃はだいたいどんな相手にも平等に通用するからね。
こんなことなら、魔力にもうちょっとボーナスポイントを割り振っておくんだったなぁ。
あ、ボーナスポイントというのは、レベルが上がるたびに得られるポイントのことね。
レベルが上がると5つのステータスがそれぞれ1ずつ自動で上昇するんだけど、それとは別に、自由に割り振れる5ポイントのボーナスポイントが得られるのだ。
これを私は、これまでほとんど『力』と『耐力』の物理ステータスに極振りしていた。
なにしろここは、ちょっと気を抜けば魔物に食い殺される世界だ。ひとりで戦い抜くには、まず絶対に『死なない』ことが最優先。
その判断は間違っていないとは思うけど、もし『魔力』がもっと高かったらこの『魔法少女』はどれほどの破壊力を生み出せるのか……ちょっと興味深い。
とはいえ、最終的には『勇者』の上位職を目指さなければ、この世界の魔王を倒せないらしいから、あくまでこれは寄り道だ。
育成方針を急に変えるのは、ろくでもない結果を招きそうな気がするから、興味は興味のままで、方針はこのままでいこう。
さて。
こうして私が『魔法少女』の職業レベル上げに熱中しているのには、ちゃんと理由がある。
私はステータス画面をもう一度開き、習得予定のスキル一覧を見る。
そこには、職業レベル10で習得できる魔法が表示されていた。
『マジカル・クリエイトアザーワールド:こことは違う新たな小世界を創造し、その地への扉を開く。創造される世界の広さと環境は、術者の魔力とレベルによって変化する』
何度読んでも、とんでもないことが書いてある。
こことは違う新たな小世界を創造する。
その地への扉を開く。
……つまりどういうことなんだろう。
例えば小さな部屋みたいなものができるのか。洞窟みたいな場所なのか。
それとも、本当に空と大地のある小さな世界ができるのか。
よくわからないけど、ちょっとワクワクするよね?




