三十四話:6年B組佐倉ひより
「今日は、みなさんに新しい友達を紹介します」
担任の先生がそう言う前から、二十数人の視線はこちらに釘付けだった。
好奇心と期待と、少しの警戒。小学生の視線というのは思ったよりも遠慮がない。
僕は今、その視線を一身に受けながら、教壇の横に立っていた。
学校指定の半袖ブラウスとチェック柄のスカートを身に着けた姿は、どこからどう見ても小学生の女の子のはずだ。
髪はやや活発そうに見えるように、月城さんによって低めのポニーテールに丁寧に整えられている。
不審な点は見当たらない……と、思うのだけど。
それにしてもこの制服の値段って……咲の時に頭を抱えたのを思い出す。
僕は小さく息を吸って、教室を見渡した。
「……佐倉ひより、です。よろしくお願いします」
なるべく自然な笑顔を作って、ぺこりと頭を下げる。
名乗ったのは、小春さんに気づかれない範囲で、呼ばれて自分と認識しやすいようにと如月さんが考えた名前だった。
一瞬の沈黙の後、教室にぱちぱちと拍手が広がった。
「かわいい……」
誰かが小さく呟いたのは、聞こえなかったことにする。
……あの夜から5日が経過した。
その間、僕は如月さんのマンションで生活しながら、小学校へ通うための準備をさせられていた。
具体的に言うと、月城さんによる地獄の『佐倉ひよりとして不自然に見えない振る舞い』の猛特訓である。
なぜか月城さんはやたらと気合が入っており、『まずは形から入るべきですわ!』と大量の洋服を買い込んでは、僕を文字通りの着せ替え人形にして楽しんでいた。
そう。あの人は結局如月さんのマンションに居座り、学校にも通わずに使用人の車で僕を連れまわしたのだ。
この姿で平日の昼間にうろうろするわけにはいかないから、助かったと言えば助かったのだけれど。
咲の病室にもいつもより頻繁に通うことができた。
魔法少女の魔法に、異界や宇宙の生き物。何かしら咲の回復の手がかりが見つかるかもしれない。
月城さんもそう考えて付き合っているんだろう。多分。
とにかく、その特訓の成果を見せる日がついにやってきたのだ。
ここ、私立明葉学園小学校、6年B組をその舞台として。
ゆっくりと教室を見回す。
……いた。
窓際の後ろの席に、小春さん。
机に両手を置き、興味深そうにこちらを見ている。
廊下側の前の席に、容疑者の少年――原口卓也。
少し日焼けした、活発そうな普通の男の子だ。こちらをちらちらと見ながら、友達と楽しそうに笑い合っている。
その姿はおぞましい宇宙犯罪者にはとても見えなかった。
ふと、目が合うと、原口少年は照れくさそうに目をそらす。
……露骨に見つめすぎてしまっただろうか。気を付けないと。
そう思ってこちらも目をそらすと、あることに気づいた。
小春さんの隣の席が……空いている。というか、空いている席はそこだけだ。
え、ということはまさか……
「佐倉さんの席は、坂口さんの隣です」
先生が、にこやかに言う。そのまさかだった。
「坂口さん、しばらく学校のことを教えてあげてね」
「はい!」
小春さんが明るく返事をする。とても良い返事だった。
同じクラスだとは聞いていた、それは聞いていた。
でも、いきなり隣の席で、案内役までというのは想定外だ。
正直困る。
こうして潜り込んでいるのも、小春さんを巻き込まないことが目的なのだから、ボロを出して万が一にもバレるわけにはいかない。
僕はできるだけ自然に歩き、小春さんの隣の席へ向かった。
「私、坂口小春。よろしくね、佐倉さん」
小春さんが、にこっと笑う。
……学校だとこんな感じなんだな。以前といささか印象が違う。
「よろしくお願いします。佐倉ひよりです」
僕は月城さんに仕込まれた通り、そう返した。
「あ、敬語じゃなくて大丈夫だよ。同級生なんだし」
「えっと……うん。よろしく、坂口さん」
「うん!」
小春さんが嬉しそうに微笑む。
少しばかりの罪悪感で胸がうずく。だって僕は『佐倉ひより』ではないから。
「どうしたの?」
「え?」
「もしかして、緊張してる?」
「そ、そうかな」
「大丈夫だよ。すぐ慣れるから」
「……ありがとう、ちょっと緊張してたかも」
「そっかー、そうだよね。でも、あんまり緊張しなくていいからね!わからないことがあったら何でも聞いてね!」
まずい。表情に出ていたらしい。
相手が子供だと思って油断してはいけない。小春さんは、ただの小学生ではないのだから。
百戦錬磨の魔法少女だ。変身していなくても、その観察眼は並の小学生とは比べものにならないはずだ。
僕なんかの演技で騙しきれるんだろうか?不安で仕方ない。
「あ、佐倉さん。教科書はまだ届いてないんだよね?一緒に見よ」
そう言って、机を横付けして国語の教科書を見せてくれる。
制服や諸々の手続きは今日に間に合ったが、教科書はまだで、ランドセルの中は空っぽだったので、正直助かる。
「ありがとう、小春さん」
「小春……?うん、遠慮しないでね、ひよりちゃん!」
嬉しそうに微笑む小春さん。
……しまった、つい名前で呼んでしまった。いきなり名前呼びはおかしいだろう。
『坂口さん』と呼ぶよう事前に決めていたのに、いきなりのミス。距離感をわざわざ自分から縮めてどうするんだ。
正直、授業内容そのものは難しくない。当たり前だ。
問題は、授業以外の方だった。
小春さんは先生に言われた通り、いや、それ以上に、隣であれこれと親身に世話を焼いてくれた。
「ノートはここに日付を書くんだよ」
「先生が言ったところ、ここね」
「プリントはあとでファイルに入れるんだよ」
ありがたい。
ありがたいのだけど、そのたびに僕はボロを出しそうになる。
不審に思われる要素なんてないはずだけど、最初からこんなので大丈夫なんだろうか。
佐倉ひより。
佐倉ひより。
僕は佐倉ひより。
心の中で何度も唱えながら、どうにか一時間目を乗り切った。
「ふぅ……」
やっと一息つける。そう思って机に突っ伏しそうになった、その時だった。
「ねえねえ、佐倉さんってどこから引っ越してきたの!?」
「髪の毛すっごい綺麗!どのシャンプー使ってるの?」
「休みの日は何して遊んでるのー?」
「好きな食べ物なに!?」
わいわいと、あっという間にクラスメイトたちが僕の席の周りに押し寄せてきた。
転校生という珍しい存在に対する、容赦のない質問攻めだ。
「待って待って、そんなんじゃひよりちゃんが困っちゃうよ。順番にね?」
小春さんがクラスメートを制してくれる。
聞くところによると、小春さんは学級委員らしい。本当に面倒見がいい。
「えっと……」
僕は脳内から、如月さんと月城さんが用意した設定を引っ張り出す。
「海外で仕事をしている親と一緒に暮らしていたんだけど、日本の教育を受けさせるために一時的に帰国していて……今は親戚の家でお世話になっているの」
「シャンプーは、えっと……専属のメイドさんに選んでもらっているから、よくわからなくて……」
「休みの日は、乗馬とか、バイオリンの練習を……」
「好きな食べ物は……すあまです……」
やや棒読み気味に『設定』を一つずつ説明していく。
クラスメイトたちはそのたび「おおー!」「すあまってなに!?」などと声を上げているけれど、よく考えたらなんだこの妙に目立つ設定は。
専属のメイドさんなんているわけないし、なんですあまなんだ。どうにも悪ふざけが混じっているように思われてならない。
僕は佐倉ひより。
明葉学園小学校6年B組に転校してきた、小学生の女の子。
そういうことになっている。
こうして、僕の二十数年ぶりとなる、小学校生活が幕を開けた。




