三十一話:少女のような外見の知的生命体
『明葉学園小学校』
僕の娘、咲が通っていた私立小学校だ。そして、小春さんが通っている学校でもある。
何度も家計簿を見直し、やりくりしながらなんとか咲を通わせた学校だ。間違えるはずもない。
「そして、原口少年が所属しているのは6年B組、これも小春さんと同じだね」
「そんな偶然が……」
「あるかもしれないし、無いかもしれない」
如月さんは表情を変えずに続ける。
「ただ、特別な成功者を狙う傾向にある容疑者が、『魔法少女』なんて特殊な存在と同じクラスにいることだけは確かだ」
ペプラモトの目的は、『他人の人生を楽しむ』ことだという話だった。
だとすれば、『魔法少女』なんて格好のターゲットだろう。
偶然で済ませるのはあまりにも無理があるし、もし仮に偶然だったとしても……小春さんが『魔法少女』であることを知ればそちらに矛先を向ける可能性は高いと思う。
「コハルを助けてほしいピュイ……」
ピューイさんが弱々しい声で懇願してくる。
元々小さな姿がますます小さく見えて、どうしたって憐れみを誘われる。
「でも小春さんって、朝霧と戦っても圧勝したって話でしたよね?」
「熟練した魔法使いを相手に、パワー頼りの未熟者では相手にならなかった。珍しいことじゃないよ」
「だけど魔法使いが『直接狙われると弱い』というのは、古今東西共通だからね。ましてクラスメイトが相手ともなれば不覚をとることもあるだろう」
その通りだ。小春さんは魔法少女に変身しても超人的な腕力を発揮するとか、そういう感じじゃなかったし、変身前ならなおさらだろう。
さっき見せてもらった僕の『ステータス』からもある程度予想はできる。
腕力だけじゃない、肉体的な耐久力だってそれほど強靭というわけじゃないんだと思う。
それに……もし戦って勝てるとしても、だから問題無いと楽観的に考えるわけにはいかない。
小春さんは子供だ。それも、『あの時』の咲と同じ年齢の。
ああ、そういうことか……僕が『この姿』になったのは、『少女』と聞いて連想する最も印象深い存在として、『あの時の咲』が深く心に刻まれているからなのかもしれない。
そうだとしたら、少し嬉しい。
「はぁ……わかりました。小春さんには命を救われていますからね」
「ほんとピュイか?さすがヒロシだピュイ!」
さすがと言われるほど深い関係ではないけれど、喜んでくれているならよしとしよう。
そういえば、その命の危険というのも、元を正せば該当の容疑者のせいなんだよなぁ……
「それで……どうすればいいんです?手続きとか」
「それはこちらに任せてもらいたい。可能な限り急がせるが、通えるのは来週頭ぐらいからになると思う」
今日は水曜日だ。それで来週頭というのは、あまりにも動きが早すぎる。
本当にさっき思いついた作戦なんだろうか。違ったとしても今更驚かないが。
「さて、日向さん。現状のあなたについて、法的な解釈としては『突如現れた、少女のような外見の知的生命体』と見なすのが妥当なところになるんだけど」
「人間かどうかも不明ってことですか……」
口に出してハッと気づく。よく考えたら、今の僕が本当に人間なのかどうか、自分でもさっぱりわからない。
いったいどういう状況なんだろう、これは。
小学校への潜入以前に、これからどうやって暮らしていけばいいのかと急激に不安になった。
「そこまで心配しなくても大丈夫だよ」
そこに伊吹さんが割って入ってきた。
「こいつは人を不安にさせるのが大好きな陰湿クソ悪魔だからね、まともに相手する必要は無いよ」
「そんなに褒められると照れるね。口説いてるのかい?」
伊吹さんは真剣に嫌そうな顔をした。
「一般的には知られていないけど、異界や宇宙等から来た知的生命体に法的身分を与える制度があるんだよ。もちろん無制限とはいかないけどね」
そう言って伊吹さんがピューイさんを見る。
なるほど、ピューイさんがこうして社会に溶け込めているのはそういうことか。
そもそも、如月さんだって人間じゃないわけだしな、と僕は一人納得する。
「というわけでね、日向さん。今日からあなたには私の家で暮らしてもらうから、よろしく頼むよ」
「え……」
……『私の家』で?
「はああああああ!?」
如月さんが何を言ってるのかわからない。
その言葉を脳が理解する前に、それまで黙って聞いていた月城さんが、お嬢様らしくない大声をあげた。
「さ……日向さんは私の家で生活するんですけど?」
『ですけど?』じゃないよ、何の話だ。そんなこと聞いてないぞ。
いや、もちろん如月さんの家でというのも言語道断なんだけれど。
「欲望丸出しなのは好感が持てるね。でもダメだよ」
「大して面識も無い女性と2人暮らしの方がダメだと思いますが?」
なぜ張り合っているのだろうか。
どう考えたってどっちもダメに決まっている。
「なにか勘違いをしているようだが……さっき伊吹くんが『無制限とはいかない』と言ったろう?制度上、推薦者による一定の保護観察期間が必要なんだよ」
やれやれと言った感じで言う如月さんだけど、そんな制度を聞いたこともないんだからしょうがない。
「事実ピューイくんは伊吹くんと一緒に暮らしているからね」
「な、なら私が推薦すれば……」
「ごめんね。推薦には特殊な『資格』が必要なんだ」
話をふられた伊吹さんが、申し訳なさそうに月城さんを見て言う。
世の中知らないことだらけだ。
法律や制度はいつもそれを知る者に味方する。
「その資格はどうすれば取れますか?可能な限り早く取得したいのですけど」
「はぁ……そもそも君は未成年だろう。同級生の父親と一つ屋根の下で暮らすつもりかい?そっちの方が大問題だと私は思うがね」
「……であれば、せめて伊吹さんが推薦するのが筋ではありませんか?」
確かにそっちの方が気が楽だし、僕としてもできればそうしてもらいたい。
「いやぁ……それはどうかな」
だが、伊吹さんの微妙そうな表情から、無理だと納得せざるをえなかった。
「想像してもらいたいんだが……伊吹くんはひとり暮らしの若い成人男性なわけだけど」
如月さんの言葉の通り、月城さんは中空を見つめ、律儀に想像しているようだ。
どうにも今日の月城さんはいつもと印象が違う。
なんというか、IQが……いや、年相応に見える。
「その成人男性が暮らす部屋から……ある日突然、見目麗しい少女が小学校の制服を着て毎朝登校するようになったら……世間はどう見るだろうね?」
「できればその状況は避けたいよね」
苦笑いする伊吹さんに、そりゃあそうだろうと僕も同意する。
ご近所でなんと噂されるかわかったものじゃない。
「それに……この私は伊吹くんを同僚の警察官として心から信用しているつもりだけど、つもりだけどね?」
「このように見目麗しい少女と寝食を共にして、仮に、仮にだよ?万が一にでも劣情を催さないとは限らな……」
「限るよ。さっきのお礼のつもり?」
とんでもない言いがかりに、伊吹さんが本当に嫌そうに話を遮った。
月城さんがまさかという目で伊吹さんを見ている。
やめてあげてほしい。
「ま、そんなに心配なら、君が会いに来ればいいんじゃないかな。保護観察対象の友人として我が家に招き入れることはやぶさかではないよ」
如月さんはふっと笑い、月城さんに向き直る。
「それに、日向さんは娘さんのお見舞いに行く必要だってある。私が連れて行くわけにもいかないし、同行してあげてくれると助かるね」
「……わかりました」
わかりましたじゃないんだよ、僕はまだ全然納得してないぞ。
ただ、咲のお見舞いについては如月さんの言う通りで、この姿では一人で病室に行くことも難しいだろう。
そういう配慮をしてくれるのはありがたいんだけども……
「いやぁ……その、できれば如月さんと暮らすというのは避けたいんですが……」
「それはまたどうしてだい?」
「どうしてって、そりゃ……」
そりゃそうだろう。
こんな綺麗な女性と2人暮らしとか、その……色々と。
あー、この思考も如月さんには筒抜けなのか……でもしょうがないじゃないか。
僕だってこう見えて男なんだから。
「ふふふふ……ありがとう。でも私は人間じゃないからね、何も問題は無いよ」
「そうですかね……」
「やっぱりダメな気がするのですが?」
「……どっちでもいいからさっさと決めるピュイ」
こうして、僕は如月さんとの同居生活を始めることになってしまった。




