二十六話:はじめての転職
「魔法、ですか」
斧を下ろし、額の汗を拭いながら聞き返す。
「そうだピュイ、お前に魔法を与えるピュイ」
真面目な顔(といっても、マスコットの顔なのでいまいち締まらないが)でピューイさんは頷いた。言っている意味はわかるが、納得できるかは別の話だ。
「でも、僕は少女じゃないですけど……」
四十前の、つい最近会社をクビになったばかりのおっさんだ。魔法なんてファンタジーな響きとは、対極に位置する存在だと思う。
「いや、元々人間というのは魔力を持っていて、10歳前後の女の子が特に魔力が多いというだけピュイ。お前は普通の人間の何倍もの魔力を持ってるから、魔法を使うならむしろ適しているんだピュイ」
「はあ……」
そういえば伊吹さんが、魔力がどうこうと言ってた気がする。力と同じように魔力とやらも上がっているのだとしたら、そういうこともあるのかもしれない。
「それにしても、なんで急にまたそんなことを?」
「変身野郎の言ってた犯罪者のこと、覚えてるピュイか?」
ピューイさんの言葉に、僕は先日の一幕を思い出した。
あの後、朝霧から受けた説明をによると、なんでも、人を殺してその人物に成り代わるというとんでもない宇宙犯罪者がいて、僕はあろうことか、その凶悪犯と間違えられていたらしい。
朝霧が所属しているのは日本の警察とは別の組織……宇宙の警察らしいけど、この件については警視庁と協力しているとのことだった。
「ええ、まあ……それがどうかしたんですか?」
「小春の魔法なら、ソイツの変身を見破ることができるかもしれないんだピュイ。でも、凶悪な犯罪者の捜査に未成年を起用するなんて、許されるわけがないピュイ」
そりゃそうだと思う。平気で人を殺すような宇宙人を、あの心優しい少女に近づけるなどもっての他だろう。
「で、お前なら……似たような魔法を使えるようになるかもしれないから、まあ物は試しだピュイ」
「はぁ、なるほど……」
理屈はわかったし、納得もできる。
――しかし、だ。
「でも、なんですか。僕も小春さんみたいに、変身するんですか?」
小春さんが戦う時に着ていた、あのフリフリの魔法少女の服を思い出し、思わず顔をしかめた。
四十近いおっさんがアレを着るのか?想像しただけでちょっと、いや、かなり嫌だ。社会的にも精神的にも死んでしまう。
「そんなの必要ないピュイ。お前が魔法を使えるようにしてやるだけだピュイ」
「あ、そういうことですか」
なら話は別だ。僕は内心でほっと胸をなでおろした。
それに、僕はピューイさんたちに命を助けられている。ここで断って『恩知らず』にはなりたくない。何より、小春さんを危険な目に遭わせないためなら、大人の僕が泥を被るべきだろう。
僕は腹をくくって頷いた。
「わかりました。それで、その魔法が使えるようになったら、容疑者に使えばいいってわけですね?」
「そうだピュイ、そう手間は取らせんピュイ」
ピューイさんは満足そうに頷くと、短い両手を僕の方へと向けた。
「じゃあ……日向浩、お前に魔法を与えるピュイ!」
次の瞬間、ピューイさんの体から放たれたまばゆい光が、真っ直ぐに僕の胸へと直撃した。
ドンッ、と軽い衝撃があった直後。
不意に、頭の中に無機質な声が響き渡った。
『EX職:魔法少女が解放されました、転職しますか?』
「……なんだこれ?」
ゲームのシステムメッセージのような音声。よくわからないけど、転職しないと魔法を得られないってことか?
思考が追いつかないまま、僕は条件反射のように口を開いてしまった。
「え、まぁ、はい。します」
承諾したその瞬間だった。
目が眩むような強烈な光が、僕の全身を包み込む。
「なっ、なんだピュイ!?」
目の前でピューイさんが叫ぶ声が聞こえる。僕にも何が起きているのかわからない。ただ、不思議な浮遊感と熱が全身を駆け巡っていく。
――やがて、光がゆっくりと収まって。
「ふぅ……これで、魔法が使えるようになったんですか?」
目を瞬かせながらピューイさんに尋ねる。
……あれ?なんか、声が変だ。
妙に高くて、鈴を転がしたような……まるで女の子のような声が、自分の喉から発せられていた。
「お、お前……浩だピュイか……?」
ピューイさんが、信じられないものを見るような目で僕を見上げ、震える声で尋ねてくる。
「何言ってるんですか、当たり前でしょう」
そう答える声も、やはり妙に高い。しかも、視線の位置が先程よりもずっと低くなっている気がする。着ていたはずの作業着も、なんだかサイズが全く合っていない。
ピューイさんは何も言わず、ごそごそと首から下げたポーチからスマホを取り出した。そしてカメラを起動すると、無言のまま画面をこちらへと向けた。
「……え?」
突きつけられたスマホの画面。
そこには、無精髭を生やした冴えないおっさんの姿はなかった。
画面の中に映っていたのは、一人の少女。
……見間違えるはずがない。
そこには、僕の愛する娘――『咲』の、小さな頃にそっくりな少女が、信じられないという顔でこちらを見つめ返していた。




