十八話:それは犯罪です
「なるほど、そういう事情でしたか……大変でしたね」
今日……いや、日付が変わったから昨日遭遇した一連の――奇妙な出来事について話すと、如月さんは労うようにそう言った。
パイプ椅子と長机だけが置かれた殺風景な取調室。
対面に座る如月さんは、紙コップのお茶に口をつけながら微笑んでいる。
「いずれの状況においても正当防衛が成立する可能性が高いですから、安心してください。それに、一般人に対して踏みとどまることができたというのは素晴らしいことです」
……やっぱりちょっと疑われてたのか。
あたりまえのことだけれど、少しショックを受けた。警察に疑われるというのはなかなか心にくるものがある。
「疑うなんてとんでもありません。あくまで事実関係の確認ですよ」
「……えっ?」
思わず顔を上げる。今、絶対に声に出していなかったはずだ。
だが如月さんは、ただニコニコと微笑んでいる。
それにしても……やっぱりめちゃくちゃ綺麗だなこの人……
その微笑みに、思わずそちらに意識が移る。
「ふふ、お褒めに預かり光栄です」
絶対に声に出していない、出すわけがない。もし声に出していたらそれはセクハラだ。
だとしたら、まさか……心が……?
「さて、どうでしょう?日向さんがそう考えることを想定して、それらしく話しているだけかもしれませんよ?」
なおも微笑み続ける如月さんに、僕は言葉に詰まった。
本当に心を読まれているのか、それともただのプロファイリングなのか。どちらにせよ、底知れない恐ろしさがある。
「ご安心ください。あなたが心の中で何を考えたとしても、法的になんの問題もありませんし、不利な証拠になることは絶対にありません。ただ……日向さんが足を踏み入れたのは、なにが起きてもおかしくない――『そういう世界』だということです」
「……世界、ですか」
力なくつぶやいた僕を見て、如月さんは少しだけ真剣なトーンに声色を変えた。
「いいですか、日向さん。この地球は……46億年前に誕生したこの星は、常に危うい均衡の上で歴史を紡いできました」
地球?
急に壮大な話になったな……
「ふふ、そうですね。話を人類に絞りましょう」
ふと浮かんだツッコミに相槌を打たれ、背筋が冷たくなる。
「人類と呼ばれる種が二足歩行を始め、文明を築く中で、何度も……数えきれないほどの滅亡の危機がありました」
「滅亡って……戦争とかですか?」
「いいえ、あなたが『昨日遭遇したような』危機の話です」
あんなのが……数えきれないほど?冗談はやめてほしい。
だとしたら、それこそいつ滅んだっておかしくないじゃないか。
「そうですね。ですが、その度に『誰か』が『なんとか』してきました」
「なんとかって……そんな大雑把な話なんですか?」
「心当たりはありませんか?邪界人に対して、魔法少女。宇宙犯罪者に対して、宇宙警察。どういうわけか、危機に対してはそれに対抗する者が常に存在します。それが人類をここまで存続させてきました」
如月さんの声には、有無を言わせない迫力があった。
「特に現代は多様化しています。異世界からの侵略者、世界征服を企む狂気の科学者、反逆したスーパーコンピュータに、不死身の吸血鬼……人類の危機は枚挙にいとまがありません。人類が現在も存続しているのは、奇跡と言ってもいいでしょう」
まるで映画や漫画の話だ。でも目の前にいる非現実的な存在が、嘘を言っているようにはとても思えない。
でもそれが本当だとしたら……想像すると怖くなる。
「ご安心ください……人類の存続を、『奇跡』なんていう曖昧で不確かなものに預けておくつもりはありません。そのための、私たちです。何者が相手でも、法と市民を守るのが私たち警察です」
その力強い言葉と微笑みに、僕はふと、連行されていったあの小さな生き物のことを思い出した。
「あの、そういえば……魔法少女といえば、ピューイさんは……」
恐る恐る尋ねると、如月さんは事務的なトーンで即答した。
「ご心配なく。あの生き物は現在別室で取り調べ中です」
「いや……でも、相手は人類の危機なんですよね?」
「ですが、犯罪者です」
取り付く島もない、断固とした声が取調室に響いた。
「どのような理由があれ、未成年の、それも小学生の少女をそそのかし、危険な怪物と戦わせるなどという行為を、この国の法は絶対に許しません」
「だからって……!小春さん自身の意志もあるんだし、いくらなんでも乱暴すぎるんじゃ……」
それに、彼がいなければ僕だって生きていなかったかもしれない。
たじろぎながらも食い下がる僕を、如月さんの瞳が真っ直ぐに射貫く。
「個人的な事情は一旦忘れてください。いいですか、日向さん。例えば――」
「『世界の危機だから』と言って、正体のわからない異世界の存在が現れて『魔法の力』とやらを与え、いつ終わるとも知れない怪物との命がけの戦いを……あなたの、何よりも大切な『咲さん』が毎夜行っていたとしたら?」
「あ……」
不意に飛び出した娘の名前に、心臓が大きく跳ねた。
「『本人の意志だから』と、日向さん……あなたなら許せますか?」
何も、言い返せなかった。
血の気が引いていくのがわかる。その通りだ。僕は、自分の娘じゃないからと言って、物語の出来事のようにどこか軽く考えていたのかもしれない。
もし、咲が。細い腕で、武器を握って、毎夜命がけの戦いを強いられていたとしたら。
そんなことが――許せるはずないじゃないか。
小春さんだって、誰かの大切な娘なのだ、そんなのはあたりまえだ。
自分の浅はかさに自己嫌悪し、押し黙る。
重苦しい空気が取調室を満たした、その時だった。
ガチャリと、ノックの音もなく無遠慮に扉が開いた。
「やれやれ、下等な化け物の分際で偉そうに説教をするものだね、如月さん」
そこに立っていたのは、一人の男だった。
スーツ姿の――刑事なのだろう。辛辣な言葉とは裏腹に温和な雰囲気をまとったその男は、朗らかな笑みを浮かべてこちらを見た。
「うちの堅物が嫌な思いをさせてしまったね。僕は伊吹蓮。彼女の同僚だよ」
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