第十七話:そこまで言わなくてもいいと思う
「おやおや、お疲れかい?もしかしてその、そこの……小学生と思しき少女に、負け……」
現れた女性は立ち上がれないままの朝霧に向かい、からかうように言葉をかける。
「いやなんでもないよ、できたばかりの傷をえぐるのはよくないよね、ごめんね!」
大げさに手を開いて見せながら白々しい謝罪を口にする姿は、苛立ちを誘っているようだった。
――しかし次の瞬間、不意に声のトーンを落とし、首をかしげた。
「それで、何か申し開きできるような材料はあるのかな?私は『慎重に』と言ったはずだよ」
「それとも嫌疑が十分ではない被疑者に対して、感情のままに襲い掛かるのが宇宙のルールだとでも言うのかい?」
まるで見ていたかのように話す女に、顔をしかめる朝霧。
どういう関係かはわからないけれど、さすがに……
「あの、すみません……できればそのへんで……」
見ていられず、思わず声をかけてしまった。
すると、くるっとこちらを向いて姿勢を正すと、それまでの底意地の悪い笑みを嘘のように消し、聖母のように微笑みかけてきた。
「お優しいんですね。あなたは今まさに殺されかけた被害者なんですよ?」
心からこちらを案じているように話すその言葉。それは朝霧への嫌味で白々しい響きとはあまりにも違いすぎて……本当に同じ人間なのかと疑問さえ浮かぶ。
というか、なんだろうこの人……あまりにも『綺麗すぎる』のだ。
整った、というか整いすぎた顔立ちは、もし天使が実在したとしてもこうはいかないだろうと思わせる。
長く伸ばした黒髪は、公園の粗末な灯りの下だというのに、まるで彼女の周囲だけが真昼であるかのようにくっきりと、艶やかに輝いている。
目の前で確かに言葉を発しているのに、本当に実在しているのか疑わしく感じるような、非現実的な美しさとでも言えばいいのか、とにかく――
――それがなんだか恐ろしく、ひどく居心地が悪かった。
「あ、いや……何が起きているのか正直わかってなくて、すみません……」
その雰囲気に耐えきれず、思わず謝ってしまう。被害者と言われても実感が無いというのもあるけれど。
「頭を上げてください。ご迷惑をおかけしたのはこちらですから」
女性はそう言うと、内ポケットから黒い手帳を取り出し、慣れた手つきで開いて見せた。
そこには、見覚えのある金色の桜が光っている……
「申し遅れました。私は警視庁特殊二課所属の、如月結衣と申します」
警視庁……だって?
冗談じゃない、こんな状況で警察の世話になるようなことにでもなったら……
「あ、ご心配なさらないでください。日向さんは純粋な被害者です」
「ですが、今後のためにも、よければお話を伺いたいと思っています。こちらから説明できることもあるでしょうし……」
説明……それは願ってもないことだった。
今に至るまで僕にわかるように『それ』をしてくれる人はいなかったのだから。
「お願いします……助かります」
うなずく僕を見て満足そうに微笑むと、如月さんは唖然としたままこちらを見つめていた小春さんの方に歩みを進める。
「申し訳ありません、怖い思いをされたでしょう。全てはこちらの不手際によるものです」
小春さんに目線を合わせ、申し訳なさそうに謝罪しながら、手を伸ばす如月さん。
「え、あ……」
ふいに顔が近づき、言葉を失った小春さんを安心させるように、如月さんは優しく言葉を続ける。
「ですがもう大丈夫です。卑劣な犯罪者は捕まえましたから」
「――23時15分、児童福祉法違反の容疑で現行犯逮捕します」
手を伸ばした先には、がっしりと掴まれたピューイの姿があった。
今回もお読み頂きありがとうございます。
このお話はコメディです。




