第十六話:事案
ぺちぺちと、頬を叩く感触に目が覚める。
あれからまた気を失っていたらしい。
「おじさーん?そろそろ起きられる?」
目を開けると、見知らぬ黒髪の少女が心配そうにこちらの顔を覗き込んでいた。
「小春さん、ですか……?」
「あ、わかる?」
他に心当たりが無いし、何より声が同じだった。これが『変身前』の姿ということだろうか?
よく見ると、着ているものも先ほどのフリフリの衣装から、見覚えのある市立小学校の制服に代わっている。
……咲が以前着ていたものと同じだ。
「まぁそれはいいんだけど……」
そう言うと、小春は後ろを向いた。彼女の視線の先には、力なくしゃがみ込み、深くうなだれた朝霧の姿があった。
「朝霧……!?」
思わず手を伸ばし、立ち上がろうとする。しかし脚だけでなく身体中の関節や筋肉が悲鳴を上げ、動きがピタリと止まる。
「……さて、お兄さん。これでわかってもらえた?」
諭すような口調で朝霧に声をかける小春。
その妙に大人びた言動と外見のギャップに、今更ながら困惑する。
「私の変身も、お兄さんの変身も、ついでにマジカル・フィールドも解除したよ。でも、おじさんはそのまま。それがどういう意味か、わかるでしょ?」
僕にわかるようには誰も説明してくれない。
でも、恐らく助けてくれたんだろうということはわかる。そこまで求めるのは贅沢というものだろう。
「日向さん……なんですか?」
力なく、かすれた声で朝霧が呟く。
「そうだけど……朝霧こそ、さっきのあれは……?」
「俺は……この星の人間じゃないんです……それで……日向さんが、殺されたんだと思って……」
殺されたって……いや、そんなことより……『この星の人間じゃない』かぁ……
なるほど?つまり家族ぐるみの付き合いをしていた後輩は宇宙人で、そして魔法少女がいて、で……さっきのなんか……アレやアレ。
もう、わけがわからないことばかりで、何から驚けばいいのか。
「すみません……」
かつてないほど消沈し、地面にめり込みそうなほど肩を落とす朝霧。
どう反応すればいいんだろうか。誤解が解けたということだとは思うけど、謝ってもらいたいわけでもなければ、喜ぶ気にもなれない。
「それじゃもう、これでいい?こんな時間に小学生といるのを見られたら、そっちの方が問題だと思うんだけど……」
小春の言葉に、ハッとする。
そういえばマジカル・フィールドを解除したと言っていた。それが結界と同じような効果を持つものなのだとしたら、いつ人に見られてもおかしくない。
深夜の公園。ボロボロのおっさんと、うなだれる青年、そして……小学生の女の子。
(……完全に事案じゃないか)
その先を思い浮かべ、ぞっとする。
「……いや、そういうわけにはいかない。確かに俺の管轄外だけど、放置はできないからね……」
朝霧が顔を上げ、重い口を開いたその時だった。
「やあやあ朝霧君、少しばかり勇み足だったね!」
聞き慣れない、妙に軽い女の声が響いた。
コツ、コツとヒールの音を響かせて現れたのは、タイトスーツに身を包んだ女性だった。彼女はへたり込む朝霧を見下ろして楽しげに笑うと、こちらへ顔を向ける。
「なんだか聞いていた話とは少し違うみたいだけど、この二人は新しいお友達かな?」
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