第百五十話:最強の魔法少女
「これ、どういう状況なんですかねー」
目的地である採石場の近く、人気のないバス停で合流すると、芦屋さんは複雑そうな顔をしてそう言った。
道路の向こうには山の斜面が見え、その一部が大きく削られて、白っぽい岩肌をさらしている。
無理もない。
僕の車の後部座席から、泣きはらした小学生の少女が、中学生ぐらいの異世界人の少女に手を引かれて降りてきたのだから。
小春さんはすでに変身を解除していて、こうして見ると本当にただの小学生だ。
……どう説明したら納得してくれます?
「ヒロシは関係ないよ、私が連れてきたの」
「ああ、そうなんですねぇ。姫様の判断なら構わないですよ」
「うん。ありがと、ドーマン」
「いえいえ、お世話になってますから」
なに?
親しいの君ら?
聞いてないんだけど。
というか、僕の判断ならダメだったってこと?
「あーあー、そんな目で見ないでくださいよー、ほら私にも立場ってもんがありますから」
「はぁ……わかってますよ。それで、状況は?」
芦屋さんが、採石場の方へ目を向けた。
その先には金網のフェンスと、車が出入りするための大きな門が見える。
「相変わらずですねぇー、地下の秘密基地に人質がたくさんたくさん。同じ場所に固まってるわけでもないでしょうし、手が出ませんよ」
「そうですか……」
「土属性の魔法でも使える人がいればいいんですがねー、使えます?」
「いや……僕は使えないかな……」
「ですよねぇー、ははは」
……芦屋さんが白々しく笑う。
そう、今は土属性の魔法が使えない。
小春さんがいるからだ。
僕が土属性の魔力でうまいこと土を操って掘り進み、グリーマルの位置指定に従って人質を素早く解放していくという、少々大雑把な作戦だったのだけど……
「私、できるよ」
「え?」
「土属性の魔法、使えるって言ってるの」
まだ涙で目をはらしたままの小春さんが、声をあげた。
グリーマルと繋いでいた手を離して、こちらを見ている。
そう言えば小春さんは氷属性の魔法少女のはずだけど、闇属性的な感じの変身も使いこなしている。
まさか土属性もいけるのか?
でもそうなると僕のアイデンティティが――いや、その前に小春さんを作戦に参加させるなんて、到底承服できないぞ。
「いやいや、だとしても別の方法を考えますよ、小春さんに参加してもらうわけには――」
「そりゃーいい、助かりますよぉー」
「芦屋さん……!?」
ちょっとちょっと、この人マジか?
前から少しばかり遵法精神が低い人だと思ってたけど、あなた警察官でしょ……?
「わかりますよ、言いたいことはわかります、よーくわかります。ですがね、人質の命にはかえられないと思いません?」
「う……」
「そうだよ。コハルに手伝ってもらった方がいいよ」
ぐぬぬ……グリーマルまで。
確かに小春さんに手伝ってもらえば助かるのは間違いない。
でも、なし崩しに小春さんを『こういうこと』に関わらせるなら、なんのためにこれまで小春さんを関わらせないようにしてきたのか、わからないじゃないか。
「やっぱりだめですよ、芦屋さん。どう考えたって危険すぎます。小春さんは小学生なんですよ?」
「……子ども扱いしないでくれる? 私は小学生かもしれないけど、大人より強いと思うんだけど」
「でもね、小春さん……」
「人質がいるんでしょ? 救出のために打てる手は、惜しむべきじゃないと思うんだけど、違う?」
小春さんは、まっすぐに僕を見ていた。
赤くなった目はそのままなのに、声にはもう、さっきまでの頼りなさはない。
あー、もう……やむを得ないか。
人質の命がかかっているのは確かだし、少しでも早く解決すべきであることは疑いようがない。
でも、強いとか弱いとか、そういう問題じゃないってことはわかってほしい。
「……わかりました。でも、約束してください」
「約束って、なにを?」
「もし戦闘になった場合、僕が戦います。小春さんは戦闘に参加しない、いいですね?」
「……いいけど、お兄さんが負けたら戦うよ」
「負けませんよ。小春さんを戦わせないためなら、絶対に」
「ふぅん……ならせいぜい頑張ってね」
「それから、僕から絶対に離れないでください。戦闘員や怪人が出た場合、必ず僕の後ろに――」
「しつこいなぁ、わかったってば。マジカル・チェンジ」
僕の言葉を打ち切り、小春さんが『魔法の言葉』を口にすると、その小さな身体を淡い光が包み込んだ。
普段着が青を基調としたヒラヒラの衣装に変わり、その手にステッキが現れる。
髪の色も青く変わり、その髪には少しだけ色の違う2本のリボン。
見慣れた、氷属性の魔法少女だ。
小春さんはそのまま目を閉じ、ステッキを胸の前に持ち上げた。
周囲に漂っていた冷たい魔力が、ゆっくりと変化していく。
……これは。
僕の知っている魔力だ。
何度も使ってきた、土属性の。
足元の小石が、かすかに震えた。
青かった衣装が茶色へと変わり、ステッキにあしらわれた宝石も、その色を変えていく。
やがて、小春さんが目を開けた。
「お、おお……」
思わず、感嘆の声が出た。
小春さんが着ているのは、魔法少女『佐倉ひより』と同様に、茶色を基調としたコスチューム。
まさか、こんなことが可能だとは。
『最強の魔法少女』と呼ばれるだけのことはある。
これは、ピューイさんが勝手に言っていることではなく、伊吹さんの見立ても同様だった。
伊吹さんほどの実力者が『最強』だと認めるほどの、『魔法少女』
成り行きで転職した僕とは、なにもかもが違うのかもしれない。
よく考えると、僕の髪の色は変わらなかったもんな。
「おおー、属性を変えられる魔法少女なんているんですねぇー」
「……芦屋さんって、魔法少女について詳しいんですか?」
「ま、それなりにこの仕事も長いですから。珍しいものを見せてもらえて、少しわくわくしていますねー」
「見世物じゃないんだけど」
芦屋さんの軽薄な態度に、小春さんが不満の声をあげる。
まぁ……彼はなんだか色々と詳しいし、便利な道具の数々を作り出すような技術や知識も確かなものだ。
その彼が言うのだから、本当に『珍しい』のだろう。
「おおっと、失礼しました。それではよろしくお願いします」
でもなんだかなー、この人結構不謹慎だよなぁ。
はぁ……やはり気は進まないけど、こうなれば仕方ない。
作戦に集中しよう。
助けを待っている人が、確かにいるのだから。




