第百四十九話:続・気まずいドライブ
「ねえ、あなた邪界人なんでしょ? この子のこと、知ってる?」
僕が正面を見ている後ろで、小春さんがグリーマルに話しかけている。
いくら車が勝手に目的地に向かってくれるといっても、やはり正面を見ていないわけにはいかない。外から見えるわけだし。
ハンドルに軽く手を添えているだけで、窓の外の建物が次々に後ろへと流れていく。
バックミラーにちらりと目をやると、小春さんが隣のグリーマルにスマホを向けていた。
というか……見せてるの、3人で撮った写真だよね。
この間も怪人にスマホを見せていたけど、それあちこちでやってるのかな。
「うん、知ってるよ」
「えっ……?」
ぐええええ、グリーマルさん!
グリーマルさーん!
なに言ってくれちゃってるんですかー!
思わずハンドルを握る手に力が入った。
危ない危ない、自動運転でもハンドルを回せば進行方向は変わるのだ。
「毎週戦ってたから」
「……どういうこと?」
小春さんの声から、敵意を感じる。
……僕の、『佐倉ひより』の敵は、小春さんにとっては敵なのだ。
その気持ちは素直に嬉しい。
とはいえ、こっちにも色々と複雑な事情があるので、今グリーマルに敵意を向けてもらうのは困る。
「私の一番大切な人だよ」
「は?」
「うっ」
やべ、つい声が。
まじでなに言ってんのこの子。
ミラーの中で、小春さんがこちらを見た。
僕は前を向いたまま、なにもなかったような顔をする。できているかどうかは知らないけど。
「ぜんぜん意味わからないんだけど、からかってる?」
「からかう? どうして?」
「どうしてって……ちょっとお兄さん、この子意味わからないんだけど」
こっちに矛先が向いたか。
まいったな……なんて言えばいいんだ、なにを言ってもボロを出しそうな気がする。
……まるで、小学校に転校したてのころみたいだ。
「グリーマルは嘘を言わないよ。一番大切だって言うんだから、そうなんだと思う」
「なにそれ……それじゃ、なんで戦ってたのよ」
「それが私の仕事だったし、あとはひよりちゃんのレベル上げだよ」
「レベル……? なにそれ、ゲームみたいな? ひよりちゃんを強くするためってこと?」
「うん。私はひよりちゃんに死んでほしくないから」
「死……って、どういうこと? ひよりちゃんは死ぬかもしれないようなことをしているの?」
小春さんの言葉に悲壮な色が混じっていた。
心配と、焦りと。
さっきまで僕たちを問い詰めていた声とは違う。
ミラーに映る小春さんは、スマホを握ったまま、隣のグリーマルを見つめていた。
「……ひよりちゃんの願いは、普通なら絶対に叶わないことだから。でも、ひよりちゃんは絶対に諦めないって、魂が叫んでる。だから私はなんでもするんだよ」
「なによ、それ……なら、どうして……」
きっと……小春さんの言葉の続きは『どうして私に言ってくれなかったの』だ。
『ヒロシはアホだピュイ』って、ピューイさんが何度も言っていた通り、僕は……
信号が赤になって、車がゆっくりと停まった。
目の前の横断歩道を、買い物袋を提げた人が歩いていく。
買い物袋の中には、うっすらと野菜が見える。
キャベツだった。
「私は、コハルが羨ましい」
「なんの話?」
「ひよりちゃんはいつも、コハルの話をしてた」
「私の……?」
「うん。命を賭けて守るって、ひよりちゃんは言ってた。ひよりちゃんは言葉にしたことを、絶対に違えない」
「そんなこと言ったって……ひよりちゃんは……」
「心配しないで。ひよりちゃんはコハルのことを愛してる。絶対にあなたを独りになんてしないよ」
「でも……だって、いないよ……私、ひとりだよ……」
声が、滲んだ。
いつも元気な、元気だった小春さんの声が。
それは、僕の聞いたことのない声で――
ミラーの中で、グリーマルが小春さんの肩に腕を回した。
そのままそっと引き寄せると、小春さんは俯き、彼女の胸元に額を寄せた。
「大丈夫だよ。ひよりちゃんはなにがあってもコハルを見捨てない。必ず会えるから。それまで私が、そばにいるから」
「なんでそんなこと言うの、意味わかんないよ、わかんないよ……」
小春さんの手が、グリーマルのカーディガンを掴んだ。
それから――小春さんは泣き続けた。
グリーマルの胸の中で、声をあげて。
グリーマルは、そんな小春さんの背中をゆっくりと撫でていた。
慰めの言葉を口にすることもなく、ただ、そうしていた。
そうか、『哀惜』のグリーマル。
今の小春さんを、その想いを――彼女が放っておけるわけなんてない。
そしてきっと、僕のためでもある。
僕のために、小春さんのために『できること』を、彼女なりに考えてくれたのだ。
胸が潰れそうになるような、大切な少女の泣き声を聴きながら――なにもできない僕と違って。
信号が青に変わり、車がまた走り出す。
僕は前を向いたまま、また流れ始めた景色を見ていることしかできなかった。




