第百四十六話:まずは挨拶から
あれ、なんか戦ってる。
白峰さんに案内されてたどり着いたのは、白峰さんちの最寄り駅から少し離れた繁華街だ。
今は土曜日の正午を少し回ったあたりだから、当然多くの人がいる。
飲食店の前には順番待ちの列ができていて、買い物袋を持った人たちが行き交っていた。
その中で、赤いマントの怪人と、なんだろあれ、ロボット?
だいたい人間と同じぐらいのサイズの人型ロボットが戦っている。
人型ロボットが拳で殴りつけ、赤いマントが揺れる。
負けじと怪人がナイフを振るい、ロボットの身体と接触して火花が散った。
道行く人々は、それにまったく気づいていない様子で、すぐそばを平然と通り過ぎている。
いや、危ないな。今のナイフとか、ちょっと近かったぞ。
「あれがこの間見たっていう赤マントでいいんだよね?」
「はい。間違いありません、浩さん」
そういや白峰さんは普段人のことをフルネームで呼ぶのに、僕のことだけ下の名前で呼んでいることに、ふと気づく。
別になんて呼んでくれてもいいんだけど、基準がわからない。
まぁそれはいいとして、こんな人混みの中で戦って誰にも気づかれないって、どういう理屈なんだろう。
でも、ぶつかれば怪我もするだろうし、ロボットが飛び道具でも使い始めたら、下手をすれば巻き添えで死人が出かねない。
このまま見物しているわけにもいかないので、宇宙警察にもらった、例の機械のスイッチを入れる。
なんて名前だっけこれ? なんとか装置とか言ってたけど……まぁ宇宙ジャマーでいいか。
宇宙ジャマーの効果が発揮され、周辺から次々に人が去って行く。
さっきまで店の前に並んでいた人たちも、何かを思い出したように列を離れていった。こちらに歩いてきていた人も、途中で道を曲がってしまう。
こりゃぁ便利だと思うけど、よく考えたら周囲のお店から客を遠ざけることになるので、あまり長時間使うわけにもいかないな。
「白峰さん、少し下がって待っててね」
「はい」
白峰さんが後ろに下がったのを確かめてから、戦っている2体に近づく。
赤マントというのは、幼い少女ばかりを狙う怪人だという話だ。退治するつもりで来たわけだけど、もう片方のロボットについては何もわからない。
「こんにちはー」
なので……こういう時、まず大事なのは挨拶だ。
人間に対して敵対的かどうかが一発でわかるからね。
赤いマントの怪人が、一瞬こちらを見てニタリと笑う。手にしたナイフを握り直し、その切っ先をこちらへ向けてきた。
うん、あっちはだめだな、完全に化け物。
「こちらを認識しているのですか? 危険です、すぐに離れてください」
おっ、こっちのロボットは話がわかる感じなのか。
僕と赤マントの間に入ろうとしてくれているし、少なくとも人間を襲うつもりはなさそうだ。
よし、加勢しよう。
「変身」
メタリックブルーの装甲に身を包み、『赤マント』に殴りかかる。
『変身』すると、概ね『力』と『耐力』が2倍ぐらいになるらしく、肉弾戦での強さは『魔法少女』とは比較にならない。
マント部分はさっき見た通り、殴っても大した効果がなさそうだから……狙うは顔面だ。
「ゲゲッ」
赤マントの顔面に拳を叩き込み、一気に地面に叩きつける。
ナイフが手から離れ、足元を滑っていった。そのまま、すかさずマント部分を掴んで持ち上げる。
やっぱり、マント部分は空洞だ。
身体らしいものは無いのに、顔と手はちゃんとついている。どういう構造なんだろう。
まぁ、掴めるならそれでいいか。
マントを掴んだまま振り回し、赤マントの顔面を――
「ゲアッ!?」
びたーんと地面に叩きつける。
何度も、何度も。振り回し、顔面を地面にぶつける。
地面にぶつかるたびに赤マントが悲鳴を上げるけど、幼い女の子を狙うような奴に容赦はしない。
マンガやアニメなんかで、こんな風に相手を捕まえて叩きつける攻撃をする時に、みんな途中で手を離すのってなんでなんだろうね。
僕はちゃんと、敵が死ぬまで続けます。
しばらくすると悲鳴が聞こえなくなり――マントを含めた全身が、塵になった。
握っていた手の中からも、赤い布が消えていく。
「ふぅ……勝った」
『パラッパッパー!』
お、レベルアップ。
これで僕のレベルは99。
ゲームなんかだとこれで上限だったりするんだけど、どうなんだろう。
上限だったら困るなぁ。
まだまだ、僕より強い奴はいくらでもいるだろうし。
「それじゃ、警察に連絡だけしておいてくださいね」
変身を解除した僕に頭を下げながら、ロボットが去っていく。
礼儀正しいね。
赤マントと戦っていた彼は、元々諸口博士に作られた戦闘ロボットらしい。
世界征服を企む博士に反逆し、人類を守るために戦ってくれているというのだから、実にありがたいことだ。
とはいえ、所属不明の戦闘ロボットがそのへんで戦っているのは好ましいことではないので、芦屋さんの連絡先を教えておいた。
人類のために戦ってくれるなら、特殊二課は『なんでも』ウェルカムらしいから、うまい感じに処理してくれるだろう。
「……かっこよかったです」
「あ、うん。ありがとう」
そんなかっこいい戦い方はしてないと思うんだけどな。
掴んで、振り回して、地面に叩きつけてただけだし。
でも、白峰さんは僕を見上げたまま、なんだか嬉しそうにしている。
白峰さんの目には僕がどんな風に映っているのやら。
「それじゃ、僕は次の現場に向かうから」
「……はい、お気をつけて」
その時、だ。
「ねえ、白峰ちゃん。その人、知り合いなの?」
茶色がかった髪を、少し色の違う2本のリボンでハーフツインテールにまとめた少女。
少し大きめの薄手のパーカーにデニムのショートパンツという活発な格好で、小さなショルダーバッグを斜めに提げた少女が、白峰さんと僕を見比べている。
そこに立っていたのは――小春さんだった。




