第百四十五話:僕の感情
「だったらよぉー、どっちも抱いちまえばいいじゃねぇかー」
「なに言ってんだよ、そんなわけにいかないだろ」
魔法少女に変身して脱出した僕は、そのまま日課のパトロールに出た。
『佐倉ひより』の身体でいれば、割とすぐに……クールダウンすることができるので。
今の僕の立場は、警察の依頼のもと、『特殊な案件』に対応する外部協力員というところだ。
『人類の敵』による犯罪行為を未然に防いだり、襲われている人を助けたりすると、なんかお金がもらえるという賞金稼ぎみたいな仕組みになっている。
頑張れば頑張るほど経験値とお金が両方稼げる、今の僕にとっては理想的な職業だと言えるだろう。
命がけなのが玉に瑕だけど。
普段はあまり行かない山の方で、川に引きずり込もうとしてきた『あずき洗い』を吹っ飛ばし、なぜか現れたベリアルと雑談をしているというのが、今の状況だ。
川辺に座り込む僕と、『川の上』に立っているベリアル。
やや現実感の薄い光景だけど、話しているのは俗な話だ。
「なんでだよぉー、どう考えたって、それが一番丸く収まるじゃねぇかよぉー」
「あのね、僕には咲という大切な娘がいるんだよ。咲が目覚めた時、そんな関係の人がいたらどう思うか……」
「そんなのわかんねぇじゃねぇかよぉー、案外祝福してくれっかもよぉー」
「それこそわからないじゃないか、僕は咲に顔向けできなくなるようなことをしたくないんだよ」
なんでベリアルがここにいるかというと、僕がいれば天使が現れるかもしれないということらしい。
どうやって見つけたかというと……変身した僕の魔力は独特で、見つけやすいんだとか。
……考えてみるとそれ、結構嫌だな。
「やっぱテメェ、おかしいぜぇー、理性しかねぇのかぁ?」
「理性? なんの話?」
「だってよぉー、なーんで昨日殺そうとした俺と普通に話せるんだぁ?」
「なんでって、小春さんは無事だったし、もらうものももらったし、別に敵じゃないんだから」
「それだよぉー、普通の人間なら、『わだかまり』とか『警戒』ってもんが残るんだよぉー、そんな理屈だけで判断できねぇんだよぉー」
「……そういうもんかな」
「そぉだよー、その女どものことだってそーだ、いくら娘がいるつってもよぉー、そんな禁欲的でいられっかよぉー」
『魔王』のくせに、知ったようなことを言う。
でも、魔王ってぐらいだから長生きしてるんだろうし、意外と人間についてもよく知ってるのだろうか。
『理性』ねぇ……僕が?
変なことを言うなぁと思う。
「テメェにはよぉー、テメェの感情ってもんがねぇのかぁ?」
「ないわけないだろ、昨日のこと忘れたのか?」
「ありゃぁダチがやられたからだろーが。テメェのための感情はねぇのかって言ってんだよ」
「……なに言ってるかわかんないよ」
ベリアルはしばらく僕の顔を見ていたけれど、やがて、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
「そーかい。とにかくテメェはまともじゃねぇからよぉー、ちったぁ考えてみるんだなぁー」
「……うん」
そう言うと、ベリアルはどこかに去っていった。
『まともじゃない』はちょっとひどいんじゃないかと思うけど、なんとなく言わんとしていることはわからなくもない。
でも、一度敵対したらずっと憎まないといけないとは僕は思わないし、感情なんかに任せて動いても、ろくなことはない。
だって、僕が自分の感情に任せて行動したせいで、あの時どれだけ――咲を傷つけたことか。
「ひよ……浩さん」
「……どうしたの、白峰さん」
声のした方へ顔を向けると、木々の間から白峰さんが姿を見せた。
白峰さんが近づいてきていたのは、わかっていた。
ダンピールだからだろうか、ちょっと人間とは違う独特の魔力があるから。
「とてつもない怪物の気配と、浩さんの気配が近づいていたので、心配で……」
「だめだよ、白峰さん。危険な気配に自分から近づいちゃ」
「でも……いえ、ごめんなさい。次からは気を付けます」
「あ、ごめん……心配してくれたんだよね。ありがとう」
言いかけた言葉を飲み込んで、白峰さんが目を伏せる。
ちょっと強く言いすぎたかもしれない。
でも、重要なことだ。
白峰さんのダンピールとしての能力は、どういうわけか恐ろしい勢いで増大している。
特に僕とベリアルを遠くからでも見つけられるほどの魔力探知能力は、グリーマルの魔力探知よりも上かもしれない。
だからといって、白峰さんはまだ12歳の女の子だし、戦闘技術を身に着けているわけでもない。
危険なものにはなるべく近づいてほしくはない。
どっちにしても、今日は午後から会う予定だったわけだし。わざわざ危ないところまで来なくてもよかったのに。
「それで……小春さんの学校での様子は?」
「……寂しそうです、見てられないぐらい」
「そっか……そうだよね」
白峰さんは、元々僕の状況についてある程度知っていたから、今回の件についても説明してある。
最初は驚いたみたいだけど、思ったよりも簡単に受け入れてくれて、こうして学校での小春さんの様子や、子供たちの間の噂話なんかを定期的に聞かせてもらっているというだけだ。
「それから、『赤マント』と『スレンダーマン』を見たという噂が広がっています」
「『赤マント』は前に白峰さんが見たって言ってたよね、どのあたりで見たかって、覚えてる?」
「はい。案内しますね」
「いや、教えてくれるだけでいいんだけど……」
「案内します」
今度は目を逸らさず、まっすぐにこちらを見ている。
相変わらず強情だなぁ。
普段は素直に僕の言うことを聞いてくれるんだけど、時々こんな感じで強情になる。白峰さんなりの基準があるのかもしれないけど、正直よくわからない。
……まぁ、目撃した場所を教えてもらうだけなら、僕が一緒にいればいいか。
「わかった。でも、僕から離れないでね」
「はい」
そこは素直なんだよなぁ。
「あ、そうだ……白峰さんに、大事な話があるんだよ」
「大事な話、ですか……?」
……なんだか、期待の眼差しでこちらを見ている。
ごめんね、ぜんぜんいい話じゃないんだよ……
「前に『天使』の話をしたよね。本格的に、白峰さんの前に現れる可能性が高くなってきた」
「天使様が、私の前に……ですか?」
『天使様』だってさ。
あんな連中に『様』なんてつけなくていいのに。
いやでもそれが普通か。
だって、『天使』だもんな。
「うん。もし『天使』が現れたらさ、その時はすぐに僕か……さっき僕と一緒にいた化け物のうち、近くにいる方に助けを求めてほしい」
「え……」
うん、困惑するよね。
『天使が出たら魔王に助けを求めろ』なんてね。
「さっきのアレはベリアルって奴で、天使と敵対してるんだ。僕とは話がついてるし、白峰さんに危害を加えることも絶対ないからさ」
「そうなんですか……? でもベリアルって、あの『ベリアル』ですよね?」
「うん、そのベリアルだから。白峰さんならどこにいるかすぐにわかるでしょ?」
「え、ええ……今は堀之内のあたりにいるみたいです」
そこまでわかるのか、とんでもないな。
ってことは、僕のこともそれぐらいの精度でわかるの?
ひぇー、まじかー。
……それにしてもあいつ、素早いな。
堀之内っていったらここから数十キロは離れてるのに。
「それじゃ、赤マントを探しに行こうか」
少し考えて、変身を解除する。
背丈が変わり、白峰さんを見下ろす形になった。
『佐倉ひより』の姿で白峰さんといることを万が一にも小春さんに見られるわけにはいかないからね。
まぁ……18歳前後の男が白峰さんを連れているのも、ギリギリアウトみたいな気がしなくもないけど。
「はい……浩さん」
白峰さんが、僕を見上げている。
歩き出しても、その視線はなかなか外れてくれなかった。
この姿だと、白峰さんの目が……なんかちょっと怖いんだよなぁ。




