第百四十二話:巻き込んでくれてよかった
「ヒャッハー! 外だぜぇー!」
『ヒャッハー』って、本当に言う人いるんだ。
はじめて見た。
『僕の世界』から移動した先は、人目につきにくい道路脇だ。
赤色灯が回転しているのが遠くに見える。
「嬉しそうだね」
「ったりめぇだろぉー! あんな、なんにもねぇ世界に閉じ込められて、たまっかよぉー!」
『なんにもねぇ』とは失礼な。
草はあるし、遠くに邪界巨神だって見えただろ。
……忙しくて手入れができていないだけだよ。
「それで? 約束のいーいモンは?」
「なんて強欲な野郎だぁ! マモンの手先かぁー!?」
「お前が言い出したんだろ。約束は約束だ」
「しょうがねぇなぁー!」
「早くしろよ、小春さんの安否を確認したいんだから」
「へいへい、約束だもんなぁー」
そう言うと、小汚い魔王はズボンのポケットをごそごそとし始める。
まさか、ポケットに入ってる適当なものでも渡すつもりか?
レシートとか、飴玉とか。
……それにしても、長いごそごそだな。
どんだけポケットに物が入ってるんだよ。
「おー、あったあった、これだぁー!」
「なにそれ?」
「ウィッシュ・リングだ! すげぇー、いいモンだぜぇー!」
「名前を言われてもわかんないよ、どういいモンなのさ」
ベリアルが取り出したのは、飾り気のない指輪だった。
見たところ、特別変わったところはない。
宝石がついているわけでもないし、妙な光を放っているわけでもない。
すでに僕の指には2つの指輪がはまっているから、これ以上増えてもちょっと困る。
「あー、なんだったか……?」
「知らないの?」
「とにかくいーいモンだ! ごたごた言わねぇでもらっとけやぁー!」
「はぁ……わかったよ、それでいいよ」
もうめんどくさい。
別に期待をしてたわけでもないし、さっさと受け取って小春さんのところに行こう。
そう思って、ベリアルの方に手を差し出すと、小汚い魔王は人差し指と親指で指輪をつまんで、僕の手のひらに乗せた。
……なんか生暖かい。
血は流れないくせに、体温はあるんだなぁ。
「よぉーし、約束は果たしたぜぇー!」
「4人を狙わない約束も、忘れるなよ」
「しつけぇー!」
「しつこく言わないと、忘れそうだろ」
「忘れねぇよぉー! 俺をバカだと思ってやがんのかぁー!?」
「思ってるよ」
「あぁ? おー、そうかぁー」
納得するのかよ。
付き合ってられない。
「わかってるだろうけど、4人以外の人に危害を加えるのだって、もちろんだめだからね」
「あぁー!? 俺が弱っちい人間なんかを襲う雑魚に見えるってぇのかぁー!?」
「見えるから言ってるんだよ」
「まぁー、そうかぁー」
自覚があるのかよ……もうさっさと行こう。
「それじゃ、またね」
「おぉー、またなぁー!」
……思わず『またね』とか言っちゃったけど、できればもう会いたくない。
でも、こんな癖の強い人がこの辺りをうろついてるなら、どうせまた会うことになるんだろうなぁ。
伊吹さんがどうにかしてくれると助かるんだけど。
「ピューイさん、小春さんは?」
警察が手配したらしい救急車の、開いた後部ドアの向こう。
白い毛玉が、小さな身体のすぐそばに浮かんでいる。
「……命に別状はないピュイ。お前のリボンを身に着けてたから」
「よかった……」
身体から、一気に力が抜ける。
本当に、よかった。
『蒼穹のリボン』の治癒効果は、相当なものだ。
以前、戦いの中で骨折してしまった時は、5分ぐらいで骨が繋がってしまった。
どうして小春さんが『それ』を身に着けているのかはわからないけど、僕がなくしたリボンが小春さんの命を繋いだのだとしたら、本当によかったと思う。
小春さんはピューイさんに見守られながら、救急車の中で安らかに寝息を立てている。
その姿を覗き込んでいる僕は、いつ目を覚ましても大丈夫なよう、『魔法少女』への変身は合流前に解除している。
「コハルはこのまま家に送るピュイ。ヒロシ、お前はどうする?」
できれば、目を覚ますまでそばにいたい。
元気になった小春さんの姿を、この目で見たい。
そう思うけど――僕の顔は、なんだかんだで『日向浩』の面影を残している。
小春さんは勘がいいから、顔を合わせれば、また余計な疑問を持たせてしまうかもしれない。
だから――なるべく顔を合わせない方がいい。
「今日はこのまま帰ります。小春さんをお願いします」
「ヒロシ……お前も大変だピュイね」
「忘れたんですか? 巻き込んだのはピューイさんですよ」
「……すまん」
「いえ、感謝しています」
嘘じゃない。
守るべきものが、増えたこと。
それは、知らなければ、守ろうとすることもできなかったってことだ。
巻き込んでくれてよかった。
苦労とか、後悔とか、懺悔とか、いろんなものは……あるけれど。
今日、小春さんを守ることができた。
それだけで、全部チャラにしてもいいぐらいだと思うから。
「リボンはそのまま、小春さんに預けておいてください」
「わかったピュイ」
赤色灯を回転させながら、救急車が夜の道路を遠ざかっていく。
その光が見えなくなるまで、僕はその場に立っていた。
咲のこと、小春さんのこと。
そして他にも、色々。
僕の手はあの時よりも大きくなったけど。
すべてを掴めるほどは大きくないって、わかってる。
それなら、僕は――




