第百三十七話:茶色い毛玉と白い毛玉
どういう状況なんだ、これ……
なんかよくわからない鎧の巨人を、小春さんがなにかの魔法で消し飛ばした。
その小春さんはいつもと違う黒い髪で、茶色いピューイさんみたいなのと、にらみ合っている。
おまけに道路の脇には、なんか肌がどす黒く変色して倒れて……痙攣している3人の『魔法少女』
そして――
『こいつらはひよりちゃんを殺すつもりなんだよ!?』
小春さんは、確かにそう言った。
情報が多すぎて思考が追いつかない。
誰か説明してほしい。
でも、一つだけ間違いないのは……小春さんに、この『聖魔界人』を殺させるわけにはいかないってことだ。
茶色い毛玉みたいな姿でも、意思を通わせることのできる『人間』なんだから。
「とにかく……小春さんに、これ以上やらせるわけにはいきません。じきに警察も来ますから、あとは任せてください」
「またそれ? いい加減にしてほしいんだけど……って」
「はい?」
小春さんが、じっと僕の顔を見る。
顔というか、メタリックブルーのヘルメットなんだけど。
「なんで私の名前、知ってるの? 名乗った覚え、ないんだけど」
「あ……」
しまった、つい癖で。
『佐倉ひより』として小学校に通い出した日と、まったく同じ失敗を……
なにをやっているんだ、僕は。
「そ、それぐらい、調べますよ」
「なにそれ? そんな感じに見えなかったんだけど」
「いや、それはですね……」
どう誤魔化そうか。
そう考えたところで、視界の端に動くものが見えた。
おっと、茶色い毛玉がどさくさに紛れて逃げ出そうとしている。
そうはいかない。
「よっと」
一気に加速して、急接近。
空中に浮かび上がった毛玉を、がっしりと両手で掴んで確保する。
「なっ、なんだプモ!?」
「なんだって、逃がすわけないでしょ」
「なんでだプモ!? プーモがなにしたって言うプモ!」
「なにって、『未成年者略取』に、『殺人未遂幇助』に……他にも叩けばいくらでも埃が出てきそうなので」
「はぁー!?」
僕の手の中で、じたばたと暴れる毛玉の犯罪者。
うーん、ちょっとぐらい力を入れれば、大人しくなるかな?
「そいつは私の獲物。『人間じゃない』んだから……止められる筋合い、ないよね」
……小春さんから、ものすごい圧力を感じる。
凄まじい魔力の波動が、大気だけじゃなく――空間そのものまで震わせているようだ。
「心配しなくても、こいつの罪はかなり重い。そう簡単には自由にさせないよ」
「……そんな話をしているように聞こえた?」
こっわ……
11歳でどうやったら、こんな凄味が出せるんだ。
でも、怯むわけにはいかないのだ。
だって――『聖魔界人』を『人外の者』として処理してしまえば、それはピューイさんも同じように、『人外の者』として扱うってことだ。
他でもない小春さんに、そんなことはさせられない。
断じてだ。
「そんな話にさせてもらうよ、断固としてね」
「……そう」
小春さんが、小さく息を吐いた。
「マジカル・タイムストップ」
「え……?」
消えた。
僕の手の中から毛玉が消えていた。
慌てて小春さんの方を見ると、茶色い毛玉は――小春さんの手に握られている。
いつの間に?
いや、ていうか今――『タイムストップ』って言った?
時間止めたの? マジで?
「わからない? 手加減してるんだよ」
「ぐえええええ……」
まずい……毛玉が絞られている。
聖魔界人の耐久力というのは正直よくわからないけど、外見からはそれほど頑丈そうな印象を受けない。
『少女』の腕力でもひねりつぶすことができそうに見えるし、そうでなかったとしても『方法』はいくらだってあるだろう。
なので、急いで奪還しようと手を伸ばして――
「なっ!?」
かわされる。
そんなばかな、全速力だぞ?
何度繰り返しても……小春さんがいつの間にか、少しずれた場所に立っていて、触れることすらできない。
僕の『素早さ』は、常人とは比べ物にならないのにだ。
まさか、『時間を止める魔法』を、『魔法の言葉』なしで短時間ずつ、連続で発動しているのか?
「くっそ……!」
「諦めなよ」
「うげぇぇぇぇ……プ、プモ……」
なんか、毛玉の様子が本当にヤバイ感じになっている。
急がなければ……まずいんじゃないか?
もちろん小春さんは、手を緩めない。
どうする……どうやって止める?
そう考えた、そのときだった。
「コハル! やめるピュイ!」
「えっ……」
茶色い毛玉を力任せに握り締める小春さんを、聞き覚えのある声が制止した。
振り向いた小春さんの手から、ふっと力が抜ける。
暗闇の中から現れたのは、別の毛玉。
それは見間違えるはずもない、白い毛玉。
そこにいたのは――ピューイさんだった。




