第百三十四話:力が欲しいと、初めて
まずいな、これは避けきれない。
暗闇の中に顕現した何十本もの氷の槍。
それが次の瞬間には、全方向から僕に向かって殺到してくるだろう。それも、さっきのを見る限り、どうやらあの槍の速度は音速を超えている。
射出される前に脱出しようにも、大人のサイズに戻ったこの身体では……槍の隙間をすり抜けることができない。
これは――しょうがないか。
僕の魔力は『魔法少女』時代の4割ほどだ。
でも、詠唱もなしに大量生産された氷の槍が相手なら――
『魔力』を解放し、全方位を対象に、エネルギー衝撃波を放つ。
赤みがかった波動が僕を中心に爆発的に広がり――迫り来る『氷の槍』を、次々に破砕していく。
『パリン』となにかが砕ける音と共に、周囲の闇が濃くなった。
「あ」
小春さんを傷つけないように加減をしたつもりだけど、慣れないことをしたものだから、余波で街灯を破壊してしまったようだ。
これ、後で怒られるかなぁ……
まぁとにかく、攻撃は防いだ。
――あたりは暗く、破砕されて霧状になった氷もあいまって、ものすごく視界が悪い。
よし、これなら逃げられるな。
『怪人』に駆け寄って、両手で掴む。
半分凍り付いているのが厄介だけど……まぁちょっとぐらいなら氷ごと割れちゃっても大丈夫だろう、なにしろ相手は化け物だ。
僕の腕力は『魔法少女』時代とは比べ物にならなくて、おまけに『変身』しているものだから、引っぺがして持ち上げるぐらいはなんということもない。
……それにしても、小春さんに動きがない。
必殺の策が破られて、呆然としている?
いや、小春さんに限ってそんなことはないだろうけど……なんにしても好都合だ、さっさと逃げよう。
「よっと」
半分凍り付いた怪人を抱え、闇の中を駆け抜ける。
ほんと、なにやってんだろうな、僕は――
『怪人』を芦屋さんに引き渡して帰宅すると、いつも通り如月さんと澪が僕の部屋に集まってきた。
どういうわけか、今日はグリーマルもいる。
ちなみに僕の部屋は以前のままだと不便なので、少しだけ改装されている。
如月さんが『ひよりちゃんの部屋がなくなるのはいやだー!』とかなんとか……ぎゃーぎゃーうるさいので、可愛らしい内装はそのままに、最低限生活に困るベッドだけは大人用のものに代えてもらった。
で、僕はそのベッドに腰かけている……というのが今の状況だ。
そうするうちに、如月さんがガラガラと、どこから持ってきたのかホワイトボードを運び込んできた。
やめてほしいなぁ、カーペットが傷むじゃないか。
「はーい、今日の議題はこちらでーす」
そんなことを言いながら、ホワイトボードにきゅっきゅっと音をたてて文字を書き込んでいく。
「はい、お嬢様が痴女みたいになってる件です。これはどげんかせんといけません」
ホワイトボードの文字を、これまたどこから取り出したのか指示棒でバンバンと叩きながら、さも深刻そうに。
しかし、どこかの方言を混ぜてわざとらしく読み上げる。
おもしろがってやがるなぁ、このやろう。
「あら、なんのことでしょうか?」
白々しくそんなことを言う澪の左手はしっかりと僕の右手を握っていて、ついでに言うとベッドに並んで腰かけ、僕の腕にぴったりと密着している。
なんというか、以前と同じではあるんだけども、あるんだけども。
まぁその、色々と困っているのは事実だ。
「まぁ! なんて白々しい! 夜中にこっそりベッドにまで潜り込もうとしているのを、私は知っているんだよ!」
「なにか問題がありますか? 成人済みの男女の間のことですし」
あるんだよなぁ、問題。
なに言っても聞いてくれないけどさ。
「問題は、ありまぁす! うちには未成年の子もいるんですからね! はい、グリーマルさん意見をどうぞ!」
「私も混ぜてほしい」
「そうきたかー」
『あちゃー』みたいな感じで顔に手をあてながら、苦悩している様子を見せる如月さん。
でも僕は見逃さなかった。
咄嗟に手で隠したけど……こいつちょっと、笑ってやがる。
正直なところを言うと――澪の態度が『佐倉ひより』の時と変わらないということが、嬉しくないわけではない。
『咲の姿』だから優しく接してくれていたのだということを頭では理解していても、急に態度が変わってしまったら……やっぱり、寂しく感じただろうから。
にしたって、『変わらない』がすぎる。
普通はなんか変わるよね、まったく同じなわけないよね。
僕が寂しい思いをしないようにって気遣いなんだろうけど、もうちょっとこう……うまくできないもんだろうか?
だってさぁ、困るよ。
色々とさ。
「それより、本題に入りませんか? 小春さんのことです」
「うん。坂口小春さんについては、今のところどうしようもないというのが現実だね」
「やっぱりですか」
「少なくとも今のところ、警察があの子を犯罪者として扱えるようなことはしてないからね。人を襲ってる化け物を倒してるだけじゃ、こっちから手を出すのは難しいよ」
……変わり身が早い。
最初からそうやって真面目に進めてほしいものだ。
「でも、犯罪行為に至っていないのは、浩さんが止めているからですわよね?」
「そりゃぁ……止めますよ。小春さんを殺人者になんてさせられませんから」
「実際になにかするまでは手出しができないのが警察の辛いところだねー」
『なにか』してからじゃ遅いのだ。
どうにかして、止められないものだろうかって話なんだけどな。
「そうだ、補導とかはできないんですか? 夜に外出しているわけですし」
「無理だねー。あの子、いつも21時までには帰るじゃん、門限かなぁ?」
「21時?」
「深夜徘徊として扱えるのは、『23時』からですので……警察の立場でできるのは、声掛けぐらいですわね」
「なるほど……」
澪の補足説明がありがたい。
ありがたいのだけど……要するにどうもできないって意味なわけで。
それに、問題は犯罪行為を行うかどうかだけじゃない。
だって、小春さんが毎晩のように繰り広げているのは『戦い』なのだ。
いくら彼女が『最強の魔法少女』だといっても、上には上がいる。
そういう相手と遭遇してしまった時、必ずしも僕がそばにいられるとは限らない。
グリーマルの時みたいに、誰かに助けを求めることだってできないあの子が、もしも『口裂け女』みたいに強大な力を持つ怪物とでも遭遇してしまったら……
「んまー、やっぱしばらくはひよりちゃんがお友達を守るしかないんじゃないかな」
「……わかりました」
それしかない。
もちろん、それが嫌なわけじゃあない。
嫌なわけがない。
ただ、日に日に強くなっている小春さんの攻撃をしのぎながら、あの子を傷つけずに守り切れるかどうか――
『パラッパッパー!』
能天気なファンファーレが頭の中で響く。
鬱陶しかったこの音が、今は少しありがたい。
もっと、力が欲しいと――僕ははじめて、そう思っていた。




