第百三十一話:それでも陽は昇る
「ふぅ……」
変な踊りをやめた如月さんが、額の汗をぬぐった。
疲れるぐらいならやめときゃいいのに。
「はい、そんじゃ結論から言いまーす」
「どうぞ」
落ち着いたのか、得意げに胸を張る。
今時の子供よりも子供っぽくて、なんなんだろうねほんとこの人。
「咲さんの件、正式に『誘拐事件』として扱うことになりましたー」
「え……?」
誘拐事件。
言葉の意味は、もちろんわかる。
『誘拐事件』っていうのは普通、人をどこかに連れ去ったりする犯罪のことを意味するはずだ。
でも――咲は今も、澪の家にいて、僕の隣の部屋でずっと眠っているわけで……
要件に合致していないような気がするのだけど。
「ですが、『魂』の実在を法的に認め、さらにその略取を違法行為として扱うというのは……」
「そうだね。本来なら法整備に何年かかるかわからないし、そもそも認められるかどうかって問題もある」
ふうむ、なんのこっちゃ。
澪はさっきので理解したみたいだけど、2人とも……僕にわかるように話してほしいなぁ。
「つまり――咲の『魂』が何者かによって連れ去られている現状を正式な事件として、警察が捜査することになったということですわ」
「うん、そゆこと」
「あ、どうも」
なるほどなー。
咲の『肉体』は誘拐されていないけれど、『魂』は誘拐されている。
それを事件として、警察が動いてくれるというわけか。
僕でもわかるように説明してくれて、たいへんありがたい。
たぶん顔に『?』って書いてあったんだろうな。
「これはクシエルからの情報が決め手になったことでね。あのドブカス天使でも、役に立つことはあるもんだね」
「あいつやっぱり、咲についてなにか知っていたんですか?」
「私たちが知ってることと大差ないよ。でも、あいつは『天使』だからね。一定の信憑性ってものが生まれるのさ」
「……そういうものですか」
うーん……
あのうさん臭い天使の言うことなんて、何一つ信用できそうにないんだけど。
「そういうものだよ。実際に『天使』なんてものが顕現しちゃえば、盲目的に信じる人間だってそれなりにいる。おかげで今、国際問題になりかけてるしねぇ」
「国際問題って……なにがどうしたらそんなことに?」
「そりゃそーさ。だってなんといっても『天使』だよ。例えば『聖書』の上に大統領が手を置いて宣誓する国なんかが、ほっとくと思う?」
「でも、殺人鬼ですよ」
「でも、天使だ」
「いや、殺人鬼ですよ」
「うん。でも天使なんだよ」
なんだその理屈。
天使だからなんだってんだ。
「『天使様を国家権力が拘束しているなんて許せない』って思う人間はいくらでもいるってことさ」
「納得いきませんよ」
「私だってそうさ」
ぬー。
本当に納得いかない。
誰がクレームを付けてきているのか知らないけど、あいつがどれだけ危険なのか実際に知りもしないくせに。
「まー、あいつのことはともかくさ」
如月さんが、ぱん、と軽く手を叩いた。
まとめに入るつもりだ。
「これからは咲さんのために、正式に警察のリソースを使えるんだ。ここは素直に喜ぼうよ」
「……そうですね」
釈然としないけど、助かるのは確かだ。
如月さんはともかく、伊吹さんや芦屋さんまで正式に力を貸してくれるなら、こんなに心強いことはない。
「なんて失礼な。クシエルの証言からここまで持っていくのに、私がどれだけ頑張ったか!」
ごめんごめん。
感謝してるよ、いつもありがとう。
「えへへ」
チッ、可愛いなこいつ。
こっちの思考を誘導しようとしてくるのが、実に腹立たしい。
「職場でいちゃついてんじゃないピュイ」
「いちゃついてませんよ……」
「そうだね、帰ってからいちゃつこうね」
「いちゃつかないですよ」
「けちー! おじょーさまとはいちゃついてたくせに!」
「いちゃついてませんよ!」
「いちゃつきましたわ」
「はぁ……」
なんだろうなぁ、この感じ。
本当に、ばかばかしくて、騒々しくて。
つまり。
それでも――陽は昇るってことなのかな。




