第百二十九話:『変身能力を持つ敵性宇宙人による連続殺人事件』
水曜日。
「だめと言ったらだめだよ」
「でも……1回ぐらいは」
「でもじゃなーいの。しょうがないでしょー」
『変身能力を持つ敵性宇宙人』の事件を解決した僕には、ひとつの大きな問題があった。
小春さんのことだ。
あれから2日が経った今日は、警視庁に出向いて、事件の事後処理についての会議をしている。
狭い会議室には僕と如月さん。それからピューイさんと――なぜか澪がいる。
『佐倉ひより』用のスマートフォンには、小春さんから何件も連絡が届いていた。
既読を付けるわけにはいかなくて、詳しくは確認していないのだけど……心配をかけているというのだけは、疑いようがない。
如月さんが言うには、潜入捜査した先の人間と個人的に連絡を取るなんてどう考えてもありえないし、まして相手は未成年だし、とにかくだめなものはだめ、ということらしい。
言ってることはわかるよ。
正論だし、反論の余地もないよ。
でもさ、小春さんとは、3人で仲良しグループだったわけで……
小春さんが、なにもわからないままひとりになってしまうなんて、あんまりだと思う。
「だーから関わるなと言ったピュイ。ヒロシはアホだから」
「ですが、小春さんと関わらずに生活するのは、実質的に不可能だったわけですから。浩さんに落ち度はありませんわ」
「すーぐ甘やかす。ミオはヒロシに甘すぎだピュイ」
「甘やかしますわ」
「部外者は出ていってほしいんだけどねー」
「許可は頂いていますから」
「あーやだやだ、金! 権力! 汚い大人!」
元々、澪はこの事件についてはなんの関係もない。
なし崩し的に協力してもらっていたりはしたけど、正式に関係しているわけではないのだから、警視庁での会議に参加しているのは明らかにおかしい。
でもここにいる。それはなぜか。
「政治家に根回しして、好き放題するのはどうかと思うよ? ほんとにさぁ」
……ということらしい。
澪の立場がどういうものなのか正確には知らないけど、警察に対してかなり自由に振る舞えることになっているようだ。
まるでアニメに出てくる悪い奴みたいな動きだ。
本当になにを考えているんだろうか。
「とにかく、小春ちゃんについては接触禁止! 鏡を見てみなよ、鏡をさー!」
『マジカル・チェンジ』による変身は、もう解除している。
つまり今の僕は『魔法少女』でもなければ、『変身ヒーロー』の姿でもなくなっている。
そんな僕の姿がどういうものかを簡潔に説明すると――『若い頃の僕をめちゃくちゃに美化したような姿』で、それが『EX職:ヒーロー』におけるデフォルトの姿だ。
フィクションの中の変身ヒーローというのは、まぁ普通……若手のイケメン俳優なんかが演じている。
現実でも、朝霧はたいそうなイケメンだし、それは『そういうもの』なんだろう。
んで――この姿である。
だいたい18から20歳ぐらいの、呆れるほどの美青年。
一分の隙もなく鍛え抜かれた身体は、細くしなやかでありながら力強く、どう見ても僕のものとは思えないぐらい完璧なプロポーションをしている。
馬鹿みたいに整った顔に、キラキラの目元。
つやっつやの髪に、よくわからんオーラ。
ちょうど……如月さんみたいな、非現実感のある容貌だ。
「なに? 小学生を誘惑したいの?」
「んなわけないでしょう」
「そのかっこでうろうろされると困るんだよねー、風紀が乱れるっていうかさー! 常にマジカル・チェンジしていてほしいー!」
「そうもいきませんよ。今は職業が『魔法少女』じゃないから、マジカル・チェンジしている間ずっと、魔法の力をやたら消耗するみたいで……」
『戦士』のスキルを『魔法少女』で使えたように、別の職業に転職しても覚えたスキルはなくなったりしない。
魔法についても同様で、『マジカル・チェンジ』の魔法だって、使うことができる。
そして、『マジカル・チェンジ』を使えば当然『魔法少女』の姿になる。
僥倖だったのは、今の姿で『魔法少女』の衣装を着せられるのとは違って、『佐倉ひより』の姿になることだ。
ただ、これまであまり意識してこなかったけど、魔法を使うには『力』が必要で、今の状態ではその消費が思ったよりも大きく……かなり疲れてしまう。
昨日ずっと寝てしまったのは実を言うとそれも原因で、普段から『佐倉ひより』の姿でいるのは現実的とは言えないのだ。
……ちなみにあの衣装は、脱ぐことができない。
なにしろ魔法で具現化しているものだから、変身状態とはセットの扱いなのだ。
仮に消耗の問題がなかったとしても、ずっとあの服で生活するのは……ちょっと嫌だ。
「私の可愛いひよりちゃんでいてほしいー! おじょーさまだってそうでしょー!」
「いえ、どんな姿でも浩さんは浩さんですわ」
「ひぇー! きれいごと!」
「お前ら脱線しないと話せんのか? ピューイはそんなに暇じゃないんだけど」
「あ、すみません……」
怒られた。
ピューイさんはとても真面目で勤勉なので、こういう時に非常に頼りになる。
「見た目はともかくとして、コハルには可能な限り『こういうこと』から距離を置いてほしいんだピュイ。ヒロシもわからんか?」
「それは……はい」
「変身していれば、確かに『ヒヨリ』に見えるかもしれん。でもコハルなら、『魔法少女』だってのは秒で見破るピュイ。どんな形でも接触は避けるべきだピュイ」
「……わかりました」
「わかってくれて助かるピュイ」
ピューイさんの言うことは、正しい。
そもそも僕が小学校に潜入したのは、小春さんを『こういうこと』から遠ざけるためだったんだから。
チャットだけでも連絡を取れば、彼女はどうしたって僕に会おうとするだろう。
そうでなくても、質問攻めにあうことは避けられない。
なにしろ、ともかちゃんが……もういないのだから。
僕に、小春さんを騙し続けることなんてできるわけがない。
だから――『佐倉ひより』として連絡を取るべきではないのだ。
だからこれは僕の感情の問題でしかなくて……
「んで……原口くんだけど、大丈夫そうだよ。すぐに処置を施したのがよかったみたいでね」
「本当ですか?」
「うん。しばらく安静にはしてもらうけど、命に別状はないってさ」
よかった……間に合ったんだ。
あの時、どう見ても原口くんは『致命傷』だった。
『蒼穹のリボン』の回復効果と、澪の回復魔術。
どちらも『即座に全快』できるようなものじゃない。
だから……ずっと心配だった。
彼が命を落としてしまったら、なにもかもが無駄になってしまうような気がしていたから。
「私がいて、よかったでしょう?」
「ペッ。そりゃー結果論ってやつだよ、きみぃー!」
「結果がすべてですわ」
まぁた脱線する。
以前は澪が脱線を止めてくれていたのに、どうしてこんなことに……
「それで、『蒼穹のリボン』だっけ? なくしちゃったの」
「あ、はい。原口くんの身体に結んでたんですけど、気づいたらどこかにいってしまっていて……」
「あれって確か、他人にも使えるようにって専有魔法かけてないんでしょ? あんな無暗に強力な魔法の道具が、そのへんに転がってたらえらいことだよ」
「すみません……」
「そのへんで拾ったリボンを身に着けるやつなんているか? 普通は嫌だピュイ」
「わかんないよ。あれ、すごい綺麗だからさぁ。まーとにかく、ああいう品の取り扱いは気を付けてくれないと困るよ。新しいのもあるんだろ?」
「あ、はい。まだ鑑定してもらってないですが」
『簒奪王ペプラモト』を撃破したことで現れた、『虹色の宝箱』。
その中身は、一応回収してある。
そうしないと宝箱そのものが消えないし、その場に放置しておくわけにもいかなかったからだ。
中に入っていたのは、また指輪だった。
見ただけでは、どんな効果があるのかまるっきりわからない。
「それについては、あとでちゃんと調べるとして……これは、言い訳になるんだけどさ」
如月さんが、少しだけ声の調子を落として、口を開いた。
こういう時は、だいたい言いにくいことを言おうとしているんだって、わかっている。
「なんです?」
「『成瀬灯火』については、実を言うと心を読んだことがある」
「……え?」
「その時に読み取れたのは、完全に『女子小学生の思考』だったよ」
「……そこまで、模倣できたということでしょうか」
「今となっては、そう結論付けるしかない。私にわからないんだから、誰にも見破ることはできなかっただろうね」
「ただ、手がかりは見つかっていた。ナルセトモカの、裏垢だピュイ」
「裏垢って、SNSのですか?」
「そうだピュイ。ちょうどハラグチが注目を浴び始めた頃に更新が停止していて……投稿の内容は、『幼馴染の男の子が、サッカーばかりに夢中になっていて寂しい』みたいな内容がメインだピュイ」
胸の奥が、少し痛んだ。
それが――本物の『成瀬灯火』さんの、想いだったんだろうから。
原口くんに、もっと自分を見てほしかった。
サッカーばかりじゃなくて、自分と一緒にいてほしかった。
僕が知っているともかちゃんとは、まるで逆だ。
ともかちゃんは、原口くんの夢を誰よりも応援していた。
だったら――それはやっぱり、許されちゃいけないことだ。
人の想いも、願いも、そして『夢』も――誰かに奪われたり、捻じ曲げられたりしていいわけなんて、ないんだから。
「過去の事例を詳細に調べると、失踪した被害者の活躍の裏には、必ずそれをサポートする人間がいたピュイ。でも最終的に、周囲の人間が複数失踪していたから……」
「それを犯行に結び付けることができなかった、というわけさ。恐らく今回も、首尾よく解決できなければそうなっていただろうね」
「恐ろしく狡猾な犯人だピュイ。今回、偶然解決できていなければ、どれほどの犠牲が出ていたかわからん。多くの命が救われたピュイ」
多くの命が、救われた。
2人が僕に気を使ってくれているのが、よくわかる。
だからって、胸を張れるかといえば――やっぱり難しい。
だけど、いつまでも、うずくまってばかりいるわけにはいかないから。
どうにか前を向いて、歩いていかなきゃ。
「そうそう。宇宙連合の宇宙警察隊だっけ? 朝霧くんの所属してるあれ。あそこから、なんか感謝状とか勲章的なやつが贈られるらしいよ。君ら2人に」
「勲章、ですか?」
「そうそう。嬉しくない?」
勲章なんて、漫画やゲームぐらいでしか知識がない。
もらったからどうなのかっていうのも、正直よくわからない。
だから別に、嬉しいとか嬉しくないとか――どっちでもないんだけどさ。
「正直、わからないというのが本音ですね」
「ま、そーだよねぇー。よくわかんないよね」
「2人ということは、私もですか?」
「そりゃそーだよ。2人で戦ったんだからさー」
澪に勲章というのは、なんとなくよく似合う気がする。
でも僕は――結局、まともに戦うことなんてできなかったわけで。
そんなものが、僕にふさわしいとは、どうしても思えなかった。
「よーし、暗い話題はここまで! ここからは明るい話題だよー!」
如月さんが、両手をぱんっと叩いてそのまま上げると、変な動きでゆらゆらと踊り始めた。
……元気だなぁ。




