第百二十八話:夢からさめて
今日は、待ちに待った授業参観日だ。
教室の後ろから、愛娘の雄姿を眺められる特別な日。
僕の可愛い咲が、友達と机を並べて勉強している。
教室には小春さんがいて、ともかちゃんがいて、その隣には原口くん。
よく見ると、白峰さんと玉田くんもいる。
でも――どうしてだろう、月城さんが、いない。
ああそうか、月城さんと咲が同じ学校になったのは、中学に上がってからだった。
だから小学校にはいないのか。
当たり前のことなのにね。
それに気づいて、もうひとつ気づいた。
これが、夢だってこと。
だって、咲はもうこんなに小さくないし、ともかちゃんは、もういないから。
悲しいね。
涙が零れてしまうね。
だけど、いい夢だ。
だからどうか――さめないで。
でも、そうはいかないって、わかってる。
わかってるさ。
わかってるよ。
僕にはまだ、やることがあるから。
『応援する』って、言ってくれたから。
だけど、もうほんの少しだけ、このままで――
夢からさめて、最初に目に入ってきたのは、僕を抱きしめたままの月城さんだった。
夢の中にはいなかったのに、こんなに近くに。
カーテンの隙間からは朝の白い光が差し込んでいて、月城さんの銀色の髪を、淡く輝かせていた。
「お目覚めになられましたか?」
「あ、はい」
月城さんはそう言いながらも、僕を抱きしめたままだった。
苦しくはない。
苦しくはないけれど、なんというか……なんというか。
グリーマルに抱きしめられるのとも、如月さんが抱き着いてくるのともまた違う、なんというか。
なんと言ったらいいんだろうなぁ。
「あの……」
「はい?」
「その……そろそろ……」
「なんでしょう?」
離してくれない。
困ったな。
そろそろ学校の時間なのに。
ああ、そうか――学校にはもう行かなくていいんだ。
『変身能力を持つ敵性宇宙人』の事件は、解決したんだから。
解決して、しまったんだから。
「今日は一日、ごろごろしましょう」
「それはいいんですけど……えっと……」
「はい、なんでしょう?」
「そろそろ、離して……」
「いやです」
「いやですか……」
本当に困った。
娘の親友に抱きしめられているところを咲に見られたら、どう思われるだろう。
なにより――こうされていると、なんだか安心してしまう自分がいる。
情けないなぁ。
「あの、月城さん」
「澪とお呼びください」
「え、無理ですよ」
「無理でもです」
ええー、無茶言わないでよ。
でもこれ、呼ばないと引き下がってくれないのかな。
すごく困るんだけど。
「澪……さん」
「『さん』は不要です」
「う……それじゃ……ええと、澪」
「はい」
めちゃくちゃに恥ずかしい。
なんだこれ……でも、月城さんが嬉しそうだから、まぁいいか。
うーん、いいのかぁ……?
「これからはずっと、そう呼んでくださいね」
「え、ずっと?」
「はい、ずっとです」
難易度が高すぎる。
人に見られたら、どう言い訳したらいいのか皆目見当もつかないし。
「ずるい」
「へぁ?」
いつの間にか、如月さんがベッドの隣に立っていて、こちらを恨めしそうに睨んでいる。
ほんとに、いつの間に?
「ずるいずるいずるい! 私のことも結衣って呼んでよー!」
「ええ……」
うおおお、めんどくさい。
なんなのこの人。
「やだー! めんどくさがっちゃやだー!」
また床に転がってじたばたと、大の大人が駄々をこねはじめる。
前回ので味を占めたのか?
テロリストと交渉してはいけないというのは、こういうことか。
「なんと言われても、嫌ですからね!」
「おじょーさまのことは澪って呼んだくせにー!」
「くっ……このやろう」
「ほら1回だけ! 1回だーけー! ほらほら、呼んでみよう、レッツチャレンジ!」
面白がりやがって、なにが『レッツチャレンジ』だ。
しょうがねぇなぁもう……
「はぁ……結衣」
「なぁに?」
チッ、可愛いなこいつ。
それが余計に腹立たしい。
「別に用事はないですよ」
「これからはずっと、そう呼んでね」
「絶対嫌です」
「けちー!」
「けちだとも!」
ぷりぷりと怒りながら、如月さんは部屋を出ていった。
大人なのに、ぷりぷり怒っていた。
なんかもう、朝から疲れたなぁ……
それからまた、月城さんに……澪に抱きしめられたまま、さっき見た夢の話をした。
澪は僕の話を黙って聞きながら、ずっと僕の頭をなでてくれていた。
しばらく話して。
そうしているうちにまた眠くなってしまって――いつの間にか、眠りに落ちていた。
やらなければいけないことは、たくさんあるけれど。
今日だけは。




