第百二十三話:ともかちゃん
青い光が消えて、原口くんの身体がゆっくりと傾いていく。
意味がわからない。
わからないよ。
でも、いつもみたいに『わからない』ままで済ませちゃいけないってことは、わかった。
だって、このまま倒れたら、きっと強く頭を打ってしまう。
それは、だめだ。
そうだ、僕はとても素早いから、彼が倒れる前に支えられるはずだ。
そうだ、ちょうどいいのがある、『蒼穹のリボン』をほどきながら、走る。
よし、間に合った。
彼を支えて、すぐに……身体にリボンを結び付けた。
「月城さん! 回復魔術を!」
固まっていた月城さんが、僕の声で我に返った。
すぐに駆け寄って原口くんの手を握ると、あの優しい光が、彼の身体を包み込んだ。
大丈夫。
月城さんはいつだって僕を助けてくれたから。
原口くんのことだって、きっと助けてくれる。
大丈夫だよね。
「あれ? ひよりちゃん、どうしたの?」
「成瀬さんこそ、どうしたの……どうして? どうしてこんなことを!?」
「あのね、卓也が夢を諦めたから、私が代わりに叶えてあげるんだよ」
いつもとなにも変わらない、優しい声。
昨日とも一昨日とも、なにも違わない声。
なのに、言っている意味だけが、わからない。
「わからないよ。なにを言ってるの……? ねえ、成瀬さん……ともかちゃん!」
「あ、やっと名前で呼んでくれた。嬉しいな」
「何度だって呼ぶよ! だから、ちゃんと教えてよ! どういうことなのか……!」
「ひよりさん……そいつは……」
「わかってるよ! わかってるけど! でもさ!」
月城さん、ごめんね。
ありがとう、わかってるよ。
でも、でもさ……そんなのってないよ。
そんなの、ひどすぎるよ。
ねぇ、違うっていってよ、ともかちゃん。
小春さんだけ名前で呼んで、ずるいって言ってたよね。
ずっと照れくさくて呼んであげられなかったけど、これからは何度だって呼んであげるから。
だから、違うって言ってよ。
ともかちゃん。
ともかちゃん。
お願いだから――
「ねぇ、ひよりちゃん」
「……なに?」
「ひよりちゃんにも、夢があるよね」
「うん、前に話したよ。僕の夢……ともかちゃん、覚えてるよね?」
「うん、覚えてるよ。そのためだったら、なんでもするって言ってたよね」
「そうだよ。でも、それがどうしたの……?」
「私はね、夢より大切なものなんて、ないって思うんだ。だから、夢を叶えるお手伝いをしたいの」
「うん……いつも、力いっぱい応援してた。知ってるよ」
「でもね、卓也はもう、夢より私の方が大切なんだって」
「そうだよ……原口くんは、ともかちゃんが大好きで――」
「そんなのだめだよね。夢が叶うより幸せなことなんて、ないんだから。だから私が、卓也の代わりに卓也の夢を叶えてあげるの。私が、卓也になって」
「おかしいよ、そんなの……おかしいよ」
「大丈夫だよ。ひよりちゃんの夢も、私がお手伝いしてあげるから。だからね、卓也の夢を叶えるまで、少しだけ待っててね」
ともかちゃんの手元から、再びレーザーブレードの青い光が伸びる。
視線の先には、原口くん。
「来て。スターゲイザー」
僕の手に、頼もしい相棒が現れる。
だけど、僕にできるんだろうか。
なにかが、こぼれてしまいそうで。
今にも、崩れ落ちてしまいそうで。
力が、入らないよ。
ともかちゃんが、走り出す――原口くんに向かって。
大好きな人のところへ。
「スターゲイザー、お願い」
意識を集中すると、紅の刃が現れた。いつものように。
相棒はいつだって、僕の期待に応えてくれた。裏切られたことなんて、一度だってない。
だけどこの光を、僕はどうしようと言うのだろう。
どうすれば、いいんだろう。
ともかちゃんが振りかざしたレーザーブレードに、スターゲイザーの刃を叩きつける。
ここから先に、進ませないために。
「ひよりちゃん? 危ないよ。すぐに済むから、待っててほしいな……」
「だめだよ、ともかちゃんは、原口くんが大好きだったじゃないか。やらせるわけに、いかないよ」
「うん。卓也のことが大好きだよ」
「だったらさ!」
「だから、卓也の夢を叶えてあげたいの」
言葉が、届かない。
ともかちゃんは、ともかちゃんのままなのに。
いつだって僕を思いやってくれていた、あの優しい声のままなのに。
それはまるで、別の生き物と話している――みたいで。
ともかちゃんは、何度も原口くんに向かって蒼い刃を振りかざす。
僕を傷つけないように、気を付けながら。
僕は何度でも、紅の刃でそれを防ぎ続けた。
ともかちゃんを、傷つけることができないまま。
「困ったなぁ……今日は月曜日だよ? ひよりちゃん、習い事に遅れちゃうよ」
「そんなの、どうだっていいよ」
「だめだよ、遅刻癖がついちゃうのって、よくないよ」
「うん……気を付ける。でも今日は、ごめんね」
「しょうがないなぁ。今日だけだよ」
「……うん、今日だけ。約束するよ」
紅い光と蒼い光が交錯する中で、僕たちは――いつもと同じような話をした。
本当は習い事じゃなくて、グリーマルの邪界獣と戦う予定なんだけどさ。
嘘をついていることで、いつも少しだけ、胸が痛かったんだよ。
でもしょうがないじゃないか、本当のことなんて言えるわけないんだから。
わかってよ。
僕が悪かったからさ。
許してよ。
全部嘘だって、言ってよ。
ともかちゃんは止まらない。
きっと、なにを言っても、止まらない。
もし止まったところで、意味がない。
だって――『成瀬灯火』は、最初からここには、いないのだから。
ああ、この夢、早くさめてくれないかな。
3人で、もっと楽しいことを一緒にしたいんだ。
ねぇ、ともかちゃん。
今週末は、なにして遊ぶ?
そうだ、水族館。
小春さんと話してたの、聞こえてたかな。
ペンギンは、逃げないけどさ――早い方が、絶対いいよね。
心配しないで。
遅刻はしないよ。
約束したから。
約束は守るから。
だから、だから。
早く朝になってよ。
そしてまた、あの夕陽を――お願いだから――
うん、わかってる。夢じゃないって。
ああ、心が、砕けてしまいそうだよ。
きっとそれは、きっと――こんな身体になっているせいだ。
身体のせいで、心まで子供みたいになってしまってるんだ。
絶対そうだ。
ずっと保留していた、『転職』
まだできるみたいだから。
するよ、転職。
『ヒーロー』に、なるよ。
今の僕じゃ……為すべきことを、為せないから。
だからさ――




