第百二十二話:あなたの夢を、諦めない
「ふへー、大会の翌日にこれって、おかしいと思わねぇか?」
「俺たちに必要なのはスタミナだ! スタミナは一朝一夕で身につかないんだからな!」
月曜日の早朝。
原口くんがすぐにでも特訓をしたいということで、大会の疲れも残る中、こうして集まっている。
昨日あれだけ走り回ったっていうのに、原口くんは今日も元気だ。
張り切ってるなぁ。
「ですが、無理はいけません。少し休憩にしませんか?」
「ほらな! 月城の姉さんは話がわかるぜ! 愛してるー!」
なんだとこのやろう。
お前、僕のことが好きなんじゃなかったのかよ。
「あらあら、ふふふ。ですがごめんなさい。私には愛する方がいますので」
「え、なにこれ俺振られた感じなの?」
え、初耳なんだけど。
そういう人いるんだ?
いや、月城さんのこれまでの言動を考えると――咲のことと考えるのが自然だろう。
まぁ……彼女の咲への想いというのはちょっと、僕から見ても時々驚かされるものがあるのは確かだ。
それがどういう形でも、他人が口を出すべきじゃないと思う。
「残念だったねぇ、玉田くん」
「身の程知らずにもほどがあるんじゃないか?」
「……ちょっとした軽口で、なんでそこまで言われにゃならんのだ」
「ふふふ。さ、休憩にしましょう」
月城さんが冷やしておいてくれたスポーツドリンクを受け取って、校庭の端にある木陰へ移動する。
火照った身体に、冷たい飲み物がとてもありがたい。
これももう、何度目だろうか。
「3人に、話があるんだ」
「どしたの、原口くん。改まって」
原口くんが、妙に神妙な面持ちをしていた。
昨日からなんかずっと考えているような様子だったけど……
「まず、俺のワガママに毎朝付き合ってもらって、本当にありがとう。特に佐倉と月城さんには、どれだけ感謝しても足りないぐらいだ」
「俺には感謝しなくていいのかよ」
「こら、茶化さないの」
「へーい」
そんなに感謝されるのは、なんというかちょっとばかり罪悪感が刺激されてしまう。
だって元々、捜査が目的で彼には近づいたわけで……
「それで……昨日からずっと考えてたんだけどさ」
「うん」
「俺、灯火に告白しようと思うんだ。せっかく協力してくれたのに、ごめん」
「……なんで謝るの?」
謝られる理由がよくわからない。
告白するならいいことじゃないか。
「だってさ、優勝して告白するために協力してもらったのに、負けても結局告白するなら、協力してくれた意味がさ」
「ああ、そういうことかぁ。そんなの気にしなくていいのに」
「俺は気にするけどなぁ」
「うるさいなぁ……」
律儀だなぁ、原口くんは。
それに引き換え玉田くんは……
「それでさ、3人にお願いがあるんだよ」
「あら、なんでしょう?」
「お願いって?」
なんだろ?
告白したことをみんなに黙っといてほしいとかだろうか。
そんなの心配することないのに。
「結局、俺の勇気の問題だったんだ。告白するのは、今でもまだ怖い」
「うん……」
「だからさ、見ててほしいんだ。俺が、灯火の前でごまかしたり、逃げたりしないように」
「へ?」
今なんて言った?
見ててほしいって、見ててほしいってこと?
「えっと、ごめんちょっとよくわからなくて……確認なんだけど」
「ああ、なんだ?」
「原口くんが成瀬さんに告白するのを、私たちに見ていてほしいって言ってる?」
「そう言ってるよ」
「げぇー、お前本気かよ? 絶対嫌だからな俺は。なーんでバカップル成立を見学しないといけねーんだよ」
う、ううーん……
玉田くんの反応が自然な気がする。
どうせ結果はわかってるわけだし……
「私は構いませんわよ? 微笑ましいじゃないですか」
「マジですか……」
「うーん……わかったよ。月城さんがいいって言うなら、私もいいよ」
「佐倉まで……とにかく俺は絶対嫌だからな!」
「2人とも、ありがとう。俺、頑張るよ」
そして放課後。
僕と月城さんは、体育館の裏で、物陰に身を潜めていた。
このあたりは体育館の壁と、学校を囲む高いフェンスのおかげで、だいたいいつでも日陰になっている。
普段はなかなか人が来ないので、告白にはうってつけの場所だろう。
かくいう僕も、何度かここに呼び出されて、告白されたことがある。
そう言えば、告白を見学する子がいたことが何度かあったな。
例えばエースで4番の松江くんの時なんかは、何人も隠れているものだから、バレバレだった。
あのような醜態を晒すわけにはいかないので、僕らはしっかりと隠れている。
なんと月城さんは『隠蔽』の魔術まで使っている。
おまけに識別式の『結界』まで用意して、原口くんと成瀬さん以外が入ってこないようにするほどの徹底ぶりだ。
それにしても、小学生の告白を見守るために魔術を使った例が人類史上に存在するのかどうか、少しばかり気になる。
しばらくすると、原口くんがやってきた。
きょろきょろと不安げにあたりを見渡している。僕らのことを見つけられないみたいだ。
そりゃ、魔術まで使って隠れているからね。
「いるよー」
しょうがないので小声で存在を主張してあげる。
びくっと肩を震わせた原口くんがこちらへ顔を向ける。
僕たちの姿は見えなくても、声が聞こえて少し安心したらしい。
大きく息を吐いたあと、ぎゅっと拳を握った。
その表情から迷いが消えて、決意の色がはっきりと見てとれた。
それからまたしばらくすると、成瀬さんがやってきた。
今日も蒼いリボンを付けてくれていて、とても愛らしい。
「卓也、こんなところに呼び出して、どうしたの?」
「灯火に……話があるんだ」
「お話? うん、なんでも聞くよ」
いつもの成瀬さんだ。
原口くんとは対照的に、なんの緊張も感じていないように見える。
いや、そりゃそうか。
これから告白されるなんて知らないんだから。
「まず、礼を言わせてくれ。いつもありがとう」
「え、うん。でもそんなのいいよ、私が好きでやってることだもん」
「いや、俺は灯火に本当に感謝してるんだ。お前が応援してくれなかったら、俺はここまでこれなかった」
「いいんだよ。卓也の夢を応援するのが、私には一番大切なことなんだから」
「でも、昨日俺は負けた。完敗した」
「卓也なら、次は勝てるよ。大丈夫だよ?」
「いや、何度やってもあいつには勝てないかもしれない。全国大会には行けないかもしれない」
「そんなことないよ……卓也、そんなこと言わないで……」
「それでも、俺には灯火、お前がいてくれる。お前がいてくれれば、俺は他になにもいらないんだ」
「え……?」
「好きだ、灯火。お前が好きだ、世界中の誰よりも。俺と付き合ってほしい」
言った。遂に言った。
やるじゃないか、原口くん。
隣にいる月城さんに視線を向けると、口元に手を添えながら、嬉しそうに2人を見つめていた。
「ん……すごくうれしいよ。卓也が私のこと、そんな風に思ってくれて……まるで夢みたい」
成瀬さんも、本当に嬉しそうに笑った。
ほらな。やっぱり結果なんて、最初からわかってたじゃないか。
「ああ。なら……」
「でも、おかしいよ」
「全国大会に行くのが、卓也の『夢』だよね? それはもういいの?」
「お前さえいてくれれば、俺は……」
「わかった。卓也が諦めるなら、私が叶えてあげる」
「え?」
「大丈夫。あとは私がやるから」
「……灯火?」
「私があなたの『夢』を諦めない」
そう言った後、成瀬さんがどこからかなにかを取り出した。
なんだろう。僕は白峰さんほど目がよくないから、はっきり見えないけど、棒状のなにかだ。
見覚えがある気がする。
確か、朝霧が持ってたような……
棒状のなにかから、青い輝きが真っ直ぐに伸びる
成瀬さんが手を突き出して――『それ』が原口くんの胸を貫いた。
そうだ、レーザーブレードだ。
……え?




