第百二十話:ヴァンパイアの血
「はっはっは、楽勝楽勝。地獄の特訓を乗り越えた俺に、敵はいねぇぜ」
試合を終えた選手や応援に来た子供たち、それに付き添いの保護者なんかで、休憩スペースはずいぶん賑やかだ。
そんな中、いい気分で成瀬さんの作ったお弁当をむしゃむしゃと食べているのは、玉田くんだ。
こっち来るなよー、玉田くんに近づきたい女子がこっちを睨んでるだろ。
『自覚』しろよ、『自覚』をさー。
「ですが、油断はいけませんわ。特に鳳華女学院は要注意です」
同じく成瀬さんの作ったお弁当を上品に食べているのは、白峰さん。
白峰さんが言うには、さっきの『同族』の少女は、4分の1か8分の1ぐらいヴァンパイアの血を受け継いでいるとのことだ。
そんなことまでわかるなんて、ダンピールってすごいなぁ。人間とは感覚的なものが大きく違うんだろうね。
それについてはさっきの『視界の共有』でも実感したから、納得せざるをえない。
そして問題は、その『すごい』のが敵にいることだ。
4分の1でも8分の1でも、並の人間よりもあらゆる能力が優れているはずだ。
……例えば白峰さんは見ての通り、自分でスポーツ選手になろうとはしない。
ダンピールの能力があれば、たいていのことは上手くできるはずなのに、そうしない。
それどころか、自分よりも身体能力が大幅に劣るはずの玉田くんに想いを寄せていたし、月城さんにも強い憧れを持っている。
この精神性は、よく考えてみると驚くべきもので、種族としての優位性と、人間として尊敬できるかどうかを分けて考えられるということだ。
確かに人を見下すようなところはあるけれど、それはあくまで『お嬢様』的なプライドの高さから来るもので、可愛らしいとさえ言える程度のものだったように思う。
彼女の『お父様』の教育は、極めて上手くいっていると言わざるを得ない。
話を戻すと、ヴァンパイアの血を受け継いだ選手が試合で人間を圧倒するというのは、倫理的にどうなのかという話で……
今ここでそれを問うてもしょうがないんだけど、なんだかなぁ……でも子供相手だしなぁ。
すごくもやもやする。
白峰さんという、『それ』をしない友達がそばにいることで、余計にもやもやする。
「あの女子か、すごかったよな」
「でもよー、佐倉と比べたらまだまだと思うぜ?」
「うーん……そう?」
「『そう?』じゃねぇよ。とにかく、俺と原口なら勝てる。誰かさんのおかげでな」
玉田くんが、そう言ってにやりと笑う。
確かに、多少相手の身体能力が高いぐらいで、彼らが遅れを取るとは思えない。
ただ、『彼ら』以外はどうだろうか。
少しだけ……嫌な予感がする。
「んな不安そうな顔すんなよ。任せとけ、絶対勝つからよ」
「あ、うん。そんな顔してた?」
「まぁな」
ううむ……玉田くんはなんというか、僕をよく見ている……
本当に、なんというか、よく見ている。
「ひよりちゃんが試合に出られたらなぁー」
成瀬さんの作ったお弁当と、白峰さんの作ったお弁当をもりもり食べているのは、小春さんだ。
片手におにぎりを持ったままおかずを食べ、その目は別のおにぎりをロックオンしている。
……大食いキャラかな?
「卓也と玉田くんもだけど、みんなも精一杯頑張ってたから……きっと大丈夫だよ」
「ああ。灯火があれだけ応援してくれてるんだ、俺たちは絶対負けない」
原口くんはさぁ……いいからもう付き合っちゃえよ。
というかもう、付き合ってるようなもんじゃない?
ほら見ろ、玉田くんもそんな感じの顔をしている。
よし、今はお弁当に集中しよう。
せっかく成瀬さんと白峰さんが作ってくれたんだからさ。
白峰さんの料理は相変わらず見覚えのない謎の料理なんだけど、やっぱりやたら美味しい。
そして相変わらず、すあまが入っている。
だって、せっかく僕が好きだと思って用意してくれているものに、ケチなんてつけられないからね。
わーい、毎回入れてくれて嬉しいなぁ。
成瀬さんの料理も、それに負けてはいない。
お手製のハンバーグは、お店で食べるものと遜色がないばかりか、冷めても美味しく食べられるよう、油が浮かないように工夫されている。
おにぎりの塩加減も絶妙で、運動で汗をかいた男子用のものは少し塩を多めにしてある。
デザートのフルーツも食べやすくカットしてあって、およそ手間のかかっていない部分が見当たらない。
美味しそうに食べる小春さんがずっとにこにこしていて、僕まで嬉しくなってしまった。
うん、これは大食いキャラだね。
「ともかちゃんをお嫁さんにしたいなぁ」
「え、ええっ……? 小春ちゃん……?」
「おっと、つい心の声が」
「じゃ、じゃぁ……ひよりちゃんは?」
「ひよりちゃんは、んー、ママで」
「誰がママだ」
「あははは」
何回目だよ、このくだり。
成瀬さんは毎度笑ってくれるけどさ、ほんとにこれ面白いかぁ?
2人が楽しいなら、いいんだけどさぁ。
「あら、その場合、わたくしはどうなりますの?」
「白峰ちゃんは……うーん、猫かなぁ」
「ね、猫……!?」
「うん。だっこさせてくれない猫って感じで」
「猫……」
白峰さんが箸を止めて、なんとも言えない顔をしている。
ふむ、なかなか上手く例えたものだと思うけど、白峰さんは納得がいかないようだ。
まーいいじゃん。だっこさせてくれなくても、猫はかわいいよ。




