第十二話:宇宙警察 朝霧流
太陽系第三惑星・地球。
宇宙連合に所属してすらいない、この辺境の星に配属された、およそ四年ほど前のこと。
宇宙警察隊のエリート隊員――コードネーム『ヴァイゼン』は、己の人生の不条理をひたすらに悲観していた。
なにしろこの未開の惑星は、文明のレベルが著しく低い。
天の川銀河の端の端、わざわざこんなへんぴなところまで出向いて宇宙犯罪者を取り締まったところで、自分の輝かしいキャリアにどんな意味があるのか。
『将来的に宇宙連合に参加する可能性のある惑星の保護』などという、建前だけの名目でこの退屈な環境に縛られるのは、いったい何の罰なのか……そう思っていた。
思っていたのだ。
けれど、『朝霧流』と名乗ってこの星で活動する中で、多くの現地住民と関わり、何かが確実に変わった。
住居の近くに暮らす穏やかな隣人たち、笑顔で出迎えてくれる営業先の顧客、そして、誰よりもお人好しで不器用な『先輩』。
――話していると少し、心が温かくなる人たち。
この星の平和を守らねばならない。今ではそう強く思う。
彼らのためだけではない。この星はきっと、そんな優しい人たちで溢れているはずだからだ。
「お嬢さん、そこを離れてください」
瓦礫の散乱する路地裏。
横たわる被疑者に寄り添い、心配そうに見つめている少女に、静かに警告する。
「……私に言ってるの?」
「はい、危険です。直ちにその男から離れてください」
少女を無用に怖がらせないよう、地球で身につけた『とっておきの営業スマイル』を浮かべて微笑みかける。
「意味わからないんだけど。危険って、このおじさんが?」
少女が首を傾げる。理解できないのも無理はない。外見上、足元に転がっているそれは地球人にしか見えないのだから。
しかし、先ほどからのあの人間離れした動き、そして常軌を逸した耐久力。
この星の一般人が、一朝一夕で身につけられるものではない。
『何か』に、成り代わられでもしない限りは……
「朝霧……?どうして、ここに……」
弱々しく、被疑者が声を上げた。
気を失っているふりをして隙を窺っていたか、それとも地球人の肉体の限界まで模倣してしまったか……
(……最悪のS級宇宙犯罪者『簒奪王ペプラモト』)
網膜ディスプレイに、指名手配犯のデータがノイズと共にフラッシュする。
知的生命体を殺害し、その姿と記憶を奪って完全に成り代わる。そして、ターゲットの人生のすべてを奪い、楽しみ、堪能した後に周囲ごと破壊する最悪の愉快犯。
ここで逃せば、必ず次の犠牲者が出る。それも、恐らくは最も身近なところに。
絶対に、ここで終わらせなければならない。
「お久しぶりです、『日向さん』。お元気ですか?」
まずは軽くカマをかけてみる。
少女がその場を離れるまで派手な行動で刺激するわけにはいかない。
「お久しぶりって、さっき別れた……あれ、まさかそんなに長く気を失ってた……?」
「ああ、そうでした。夕方別れたばかりでしたね」
こんな簡単な手に引っかかるはずもないか。
なら今はまだ『職場の後輩』としての演技を続け、少女が安全圏へ離れるのを待った方がいい。
腹の底が煮えくり返るほど不愉快極まりないが……
「え?ああ……うん?」
混乱しているように振る舞う、三文芝居がひどく鼻につく。
「日向さん、咲ちゃんの様子はどうでしたか?」
「咲……?いや、どう言ったらいいのか……でもなんで今その話を……?」
(……なるほど。記憶のデータは奪えても、人格までは完全に模倣できないのか?どう反応すべきか模索しているといったところか……)
「先輩のお宅に伺った時、何度も一緒に遊んだじゃないですか。僕が心配して、何かおかしなことでもありますか?」
「それはそうだけど……」
被疑者が口ごもる。
だが、傍らに立つ少女がその場を離れる気配が一向に無い。引き延ばしても無駄か。なにより、これ以上は……
「ねえ、おじさん。起きてすぐで悪いんだけど、もうちょっとだけ走れる?」
不意に、少女が横たわる被疑者に小声で尋ねた。
「走るって、なんで……まさかまた何か……?」
「うん、そんな感じ」
「ごめん、ちょっと無理そう……立ち上がれる気がしない……」
「そっかぁ……なら、しょうがないか」
少女が被疑者と何やらやり取りを繰り返しているが、私にとってはもはやどうでもいい。
限界だ。これ以上は、心の奥底から湧き上がる怒りが抑えきれない。
「これ以上――先輩の声で、言葉で話すな」
口から漏れたのは、普段の自分からは想像もつかない、地の底から溢れたような低い声だった。
いつもの営業スマイルは、もう保てない。
「え……?」と、間の抜けた演技を続けるペプラモトに、怒りが頂点に達した。
「黙れッ!簒奪王ペプラモト!宇宙連合法に従い、お前を消去する!」
怒りに身を震わせながら、流れるような動作で右手を胸元にかざし、力強くポーズを取る。
「……変身」
その言葉は、休日に日向さんの家へ招かれた際、彼と、彼の愛娘と一緒に見たテレビ番組で知った言葉だ。
多くのことを、彼は教えてくれた。
――絶対に許さない。
次の瞬間、路地裏の暗がりを真昼のように照らす、まばゆいエネルギーが溢れた。
なるべく毎日更新できるよう、コツコツと書き進めていきます。
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