第百十八話:それでも、僕は
土曜日。
「たくさん買ったねぇ」
「うん、だって明日は小春ちゃんも応援に来てくれるから……」
「え、私って大食いキャラなの?」
明日のお弁当のために、朝からいつもの3人で買い出しに来ている。
当然僕もお金を出した。ちょっと多めに。
咲との2人暮らしだった頃、食事の支度は当番制だったけど、僕の料理の腕はあまり上がらなかった。
その点で貢献できない以上、他の部分で貢献するのは当然なのだ。
もちろん今なら人並外れた『器用さ』があるから、練習すれば料理をうまく作れるようにはなるだろう。
でも原口くんの応援なのだから、僕がうまく作った料理なんかより、成瀬さんの気持ちがこもった料理の方がいいに決まっている。
「ね、このあとどこか遊びに行かない?」
「あ、それなら……行きたい水族館があるんだけど……」
2人とも元気だなぁ。
いやまぁ、僕も体力面では負けてないんだけどね、気持ちの問題だよね、こういうのは。
「それもいいけど、どこか行くなら1回荷物置かないとね」
「はーい、ママ」
「誰がママだ」
「ふふ、またそれ?」
やれやれだ。
このやり取りも、定番になってしまっている。
そんなに面白いかぁ?
「うー、どうしよ」
「どしたの?」
「冷蔵庫に入りきらなくて……」
成瀬さんの家は、いわゆるタワマンの中層あたり。
整理整頓が行き届いた2LDKで、センスのいい家具が並んでいる。
同じ2LDKでも、なんにも置かれていない魔王城とは大違いだ。
キッチンには、3人家族で使うにはちょっと大きい冷蔵庫が置いてあるのだけど、どうやらタイミング悪く、成瀬さんのお母さんも結構な量の食材を買い込んでしまっていたらしい。
「ちょっと先に、保存のきくものだけ作っちゃおうと思うんだけど、いいかな?」
「うん。なにか手伝えることある?」
「いいよ、大丈夫。小春ちゃんとゲームでもしながら待っててね」
「あい」
リビングに置いてある大きめのテレビでは、小春さんがゲームをしている。
彼女の家事力はたったの5で、僕より遥かに低いからだ。
「どしたの?」
「うん。ちょっと冷蔵庫に入りきらないから、保存のきくものだけ作っちゃうんだって」
「そっかぁ。じゃあ水族館は無理そうかな?」
小春さんは、ちょっと残念そうだ。
なんだかんだで、今は14時過ぎ。
今から料理をして……となると、確かにちょっと厳しいかもしれない。
「かもね。まぁいつでも行けるし、来週とかでもさ」
「そだねー、ペンギンは逃げないよね」
「逃げるんじゃない? 追いかけたらさ」
「そういう意味じゃないよ?」
「うん、知ってる」
「あはは」
そんな風に、他愛のない話をして。
一緒にゲームをして過ごした。
しばらくすると成瀬さんも料理を終えて、『今日は仕方ないね』と言って、3人でゲームをした。
4人用のゲームだから、1人だけCPUに操作をさせて。
料理の余りをつまみながら。
成瀬さんがやたら強くて、小春さんがムキになって。でもぜんぜん勝てなくて。
僕はそんな2人を見ながら、マイペースに。
かけがえのない、時を過ごした。
こんな時間があるなんて、思ってもいなかった、時を。
後になって、僕は何度も思い出した。
この穏やかな時間を、そして――今も目に焼き付いて離れない、あの日の夕陽を。
どうすればよかったのか、どうすることが正解だったのか。
もしかすると、どうすることもできなかったのかもしれない。
そしてそれはきっと――『その通り』で。
それでも、僕は――




