第百十五話:大人なのに
「いーやーだー! やだやだやーだー! ぜったいやだー!」
なんということだろう。
大の大人が、駄々をこねている。
僕の部屋の床に転がって、いやだいやだと手足をばたつかせている。
いい大人がだ。
しかもこの人は刑事で、聞くところによると悪魔らしくて、地獄の公爵でもあるという話だ。
「やだー! ずっとずっと私のかわいいひよりちゃんでいてほしいー!」
「『私の』じゃないですけどね」
「だってまだ一緒にお風呂にも入ってないんだよ!?」
「入らないですけどね」
「とにかくだめなものはだめー!」
だめだ、話にならない。
うるさいなぁ。今日って満月だったっけ。
「そうワガママを言うものではありませんよ。日向さんが選ぶことですから」
いつも通り僕の隣、ベッドに腰をかけた月城さんが、少し苦笑しながら言った。
そりゃそうだろう、こんな姿を見れば。
なんだろうな。最初の頃……ちょっとだけ――この人にときめいてしまった自分を殴りたい。
ちょっとだけだよ。
「いいや、違うね。お嬢様もたまにはワガママぐらい言うべきだ!」
「……確かに、この愛らしい姿が失われてしまうのは残念なことですが。それよりも、予想できない結果になった場合のことを考えるべきですわ」
「ぎぇー、真面目人間! 君たちはいつもそうだ!」
よし、この不真面目人間は無視しよう。
どっちにしろ、すぐに転職するわけにはいかないんだし。
「少なくとも、『変身能力を持った敵性宇宙人』の事件を解決するまでは、この姿を維持する必要があるとは思っています」
「……そうですわね。お友達の安全を確保する必要もあるでしょうし」
「はい。大会も近づいていますから、特に注意する必要が――」
「結衣のこと、無視しちゃやだー!」
「ぐえっ」
子供みたいな大人が起き上がり、座っている僕に正面から飛びつくように抱き着いてきた。
腰のあたりに、ぎゅーっと。
グリーマルの真似か? ちくしょう、いい匂いしやがって。
……中身がこうじゃなかったらなぁ。
しょうがないので頭をなでてやると、少し満足そうにしている。
なんなんだよ。
「はぁ……仮に転職したとしたら、どうなるんでしょう」
「ヒーロー、でしたか」
「はい。『EX職』らしいです」
「『魔法少女』に転職した時は、日向さんにとって最も身近な『少女』の姿になりましたわよね」
「そうですね」
11歳の頃の、咲。
僕にとって最も身近な『少女』であることは間違いない。
「え……そうなると、『最も身近なヒーロー』の姿になる可能性が……?」
とある『ヒーロー』の顔が頭に浮かんだ。
さっきまで一緒にいたもんなぁ……他のヒーローなんて、知らないし。
月城さんも、同じ『ヒーロー』を想像しているのがわかる。
「だとすれば、朝霧さん……ですわね」
「ええー……」
……いくらなんでもわけがわからなすぎるし、嫌すぎる。
でも、これまでのことを考えるとその可能性が高いのは事実だ。
今だって、わけわからんどころじゃない状態なんだし、それぐらいのことが起きたってなにもおかしくはない。
「ひよりちゃんはいいにおいだねー」
うるっせぇなぁこいつ。
……僕が不安なのを知ってて、わざとこうしてることぐらいわかってるんだよ。
そんなに心配しなくても、いいからさ。
「とにかく……そういうわけなんで、まだしばらくはこのままです。それでいいですか? 如月さん」
「わーい、ママ大好き」
「誰がママだ」
いい加減離れてほしいなぁ。
腹立たしいぐらい艶やかで、綺麗な黒髪をなでながらそう考えたところで、子供みたいな大人がようやく身体を起こした。
「はいはい。エロい気持ちになっちゃうもんね?」
「いい加減怒りますよ?」
「やーん、こわーい」
「……楽しそうですわね」
月城さんが、微笑ましそうにこちらを見ている。
楽しく見えるかなぁ。
まぁ、どっちでもいいけどさ。




