第百十四話:ヒーローなんかじゃない
頭が混乱している。
いや、まず確認するべきは――
「朝霧、爆弾は?」
「あ、はい。ゼグナ、スキャンを」
メタリックなアーマーに身を包んだ朝霧が、なにかを確認するように顔を動かした。
スキャンの結果が、ヘルメットの内側に表示されているんだろう。
「……成功です。中性子爆弾は完全に消滅しています」
「やったね」
「そうか……2人とも、ありがとう」
スターゲイザーが少女の身体を通り抜けた直後。2人は僕の小さな身体を庇うように前へ出た。
朝霧――ヴァイゼンは僕の前で仁王立ちになり、グリーマルは魔法で障壁のようなものを作り出しながら、僕を庇うように強く抱きしめていた。
中性子爆弾が起爆していた場合、それがどれだけの効果を発揮したのか……今となっては、確かめるすべはない。
ただ一緒に死んでいただけだったのかもしれない。
だけど、そうしてくれた。それは、紛れもない事実で……
どうしてそこまでしてくれるのだろうと、どうしたって考えてしまうけれど。
そうしてくれることの意味を、ちゃんと受け止める必要があると――思う。
『自分の命の重み』なんて、そんなもの……考えたこともなかった。
だけど、僕が自分の命を顧みないことで、そばにいる――いてくれる人たちまで危険に晒してしまうのなら。
それはきっと、間違っているんだろうから。
「スターゲイザーも、ありがとう」
頼もしい相棒にも、感謝の言葉を。
すると、歓喜の感情がスターゲイザーから伝わってきた。
あまりにもダイレクトに伝わってくるものだから、僕まで少しばかり気分が高揚してしまう。
そんな場合でもないのに。
「……あとは、この星の警察に任せましょう。ナノマシンの除去については、なにしろ場所が脳ですから。専門家に任せた方がいいでしょう」
「そうだね。緊急性があるわけじゃないなら、その方が確実だと思うし」
でも、人間の行動をコントロールしてしまうようなナノマシンをどうこうできる専門家なんて、聞いたことがない。
宇宙の技術を身につけた人が警察にいるんだろうか? そのあたりは、よくわからないのだけど。
「朝霧、芦屋さんに連絡してくれる?」
「ゼグナ。警視庁特殊二課の芦屋に連絡を」
……便利すぎだろ、ゼグナ。
僕もほしい。かっこいいし。
さて――次の問題だ。
グリーマルがまだ僕に抱き着いたままなのも問題だけど、そっちじゃない。
さっき聞こえた――『EX職:ヒーロー』だったか、そっちの問題だ。
今のところ、転職するかどうかの返事は保留状態ってことになるのかな?
なにかしらの条件を満たしたことで、転職可能になったということなんだろうけど……どうしたもんだろうか。
言うまでもないことだけど、今の僕は『EX職:魔法少女』に転職したことで、『少女』の姿になっている。
別の職業に転職すれば、普通なら元の姿に戻ると考えるのが自然だろうし、もちろんそうであるなら歓迎すべきことだ。
でも正直……不安もある。
なにしろこれも『魔法少女』と同じく『EX職』なわけで……『転職』で、アラフォーの男を『少女』にしてしまうような変なシステムが、予想通りになると思う方がどうかしている。
また変な姿に固定されてしまう可能性は低くないんじゃないか。
もし固定されるとして、『ヒーロー』とだけ言われても、なんかふわっとしていて、いまいちイメージできない。
例えば朝霧みたいなのだってヒーローだろうし、例のほら、『暗黒漁業協同組合』と戦っていた半裸の男だって、恐らくヒーローだ。
さらに言うと、『勇者』のことを英語で『ヒーロー』と訳すことだってある。
とにかく、まったく予想できないものに手を出すのはなるべく避けたい。
それに――今の姿でなくなってしまえば、小学校に潜入している今の仕事を続けられなくなる可能性が高い。
収入面はともかくとして、学園内に潜んでいるかもしれない凶悪な犯罪者を放置したまま、仕事を投げ出すなんてことは到底許容できない。
小春さんに、成瀬さん。白峰さんや原口くんたちも。僕には守らなければならない人たちが、いるのだから。
「先輩、どうしました?」
「いや、なんかね……うーん、説明が難しいな……」
ぼけーっと考えている僕に気づいて、朝霧が訝しげにしている。
ヘルメットで顔は見えないんだけど、それなりに長い付き合いなので、なんとなく雰囲気で察することができた。
でもこれ、話したところで意味わかんないよな。
全部説明するには僕の会話スキルが足りない。そういうのも身についてくれればいいんだけどな、どうせなら。
「新しい職業が解放されたみたいでね。どうしたもんかと思ってさ」
「それは……よかったですね?」
ほらね。
まぁ、ここで詳しいことを説明したってしょうがないし、帰ったら月城さんに相談しよう。
こういうことは、頭のいい人に相談するのが一番だ。
でもこれ、いつまで保留したままでいられるんだろう。
今はなんとなく、返事をしようと思えばできるような感じがしている。変な感覚だけど。
まぁいいや、時間切れとかで転職できなくなったら、その時はその時だ。焦って選択すると、ろくなことにならない。
なんといっても焦って選択した結果が、今の姿なんだから。
担架の車輪の音が、遠ざかっていく。
救急車を連れた芦屋さんがやってきて、被害者の少女はどこかへ運ばれていった。
彼女がすんなりと平穏な日常生活に戻れるのかどうかはわからないし、心配ではあるけど……少なくとも最悪の事態は回避できた。
あとは警察に任せるしかない。それを少し歯がゆく感じるけれど、しょうがない。
僕の両手はこんなに小さくて、なにもかもを拾えるわけじゃないから。
「なぁ、朝霧」
「はい?」
「お前、『少女ばかりを狙う』って言ってたよな」
「……はい」
「なら、もしかして……他にも被害者がいるのか?」
朝霧が、少しだけ躊躇したように見えた。
やっぱり顔は見えないけど、わかりやすい奴だから。
だから、それはつまり――そういうことだ。
「マズラ星人――個体名は地球の言葉では発音できないため省きますが、奴は凶悪なテロリストです」
「……うん」
「ゼグナの解析によると、すでに何人かの少女が奴によって爆弾を埋め込まれ、そのまま日常生活を送っているとのことです」
「そうか……」
胸の奥が、締め付けられるような、心もとないような……焦りにも似た感覚。
そうなんだろうとは思っていたけど、改めて聞くと、こんな気分になるんだな。
「データはすでに芦屋に渡してあります。これも、あとは警察に任せるしかないでしょう」
「そうだな」
今の僕が、見知らぬ少女たちのためにできることはなにもない。
警察があとはなんとかしてくれるだろう。それを信じるしかない。
僕は、ヒーローなんかじゃないんだから。




