第百十三話:ヒーローの条件
「ところであの、邪界巨神? あれっていつ消えるの?」
「どうして? 消えないよ」
「あ、そう……」
へー、あのでかいの、消えないんだ。そっかぁ。
30メートルぐらいあるんだけど?
ぬあー、戦わせておいて破壊するってのもあれだし、もちろん外に出すわけにもいかない。
えー、じゃあなに? この世界にずっといるってこと? ロボが?
見渡す限りの草原に、巨大ロボットがぽつんと立っている世界になるってこと?
意味不明すぎる。
まぁ、現状この世界は周囲に被害を出さないためのバトルフィールドでしかないから、いいんだけどさ。
前みたいに凝ったものを作りたいとは思うんだけど、なにしろただっぴろいものだから、何から手を付ければいいのか迷っているうちに、こうなってしまった。
「うーん、まぁいいかー。広いし、邪魔ってほどでもないし」
「うん。再利用できるよ」
……そうだな。
世話になったことだし、また『捨てられる』ような思いはさせたくない。
なんとか面倒見ようじゃないか。
「日向先輩。さらわれた少女の救出に向かいたいんですが、いいですか?」
「え、さらわれた少女、いるの?」
「はい。一刻も早く救助の必要があります」
「そういうことは先に言ってくれ!」
「す、すみません」
僕に謝罪してもしょうがないだろ。急がなきゃ。
「マジカル・ゲートオブアザーワールド!」
魔法の言葉を唱えると、『元の世界』へ戻るための門が開かれた。
今度は詠唱なしの通常版だ。
「……たぶんこっち。微弱な魔力を感じるから、多分人間だよ」
グリーマルの先導に従い、地下施設の廊下を進む。
廊下は複雑に枝分かれしていて、いくつもの扉が並んでいる。
魔力を感知できるグリーマルがいなかったら、どうなっていたことか。
壁も床も妙につるつるしていて、等間隔に埋め込まれた白い光が薄暗い通路を照らしていた。
全体的に宇宙的な感じで、あのリトルグレイのUFOを思い出した。
聞いた話では、リトルグレイは宇宙人じゃなくて『宇宙人っぽい怪異』らしいんだけどね。
それなのになんとなく似ているのは、不思議なものだ。
「そこの部屋だと思う」
「ありがと、グリーマル」
扉にはドアノブがない。
前に立っても反応しないし、なんらかの認証が必要なんだろう。どっちにしても、時間はかけたくない。
「スターゲイザー、来て」
呼びかけると、手の中にスターゲイザーが現れた。
意識を集中し、深紅の刃を形成する。
中がどうなっているのかわからないから、扉だけを、うまく切り裂かないと。
「よっと」
細心の注意を払いながら、刃を滑らせる。
扉の向こうになにがあっても、そこまで刃が届かないように。ミリ単位の調整でぐるっと切れ目を入れて――手前に引いた。
「これは……」
朝霧が絶句した。
無理もない。
部屋の中央。1人の少女が、手術台のようなものに縛り付けられていた。
中学生ぐらいだろうか?
目を閉じたまま動かない身体には、何本もの細い配線が接続されている。
その先にある意味のわからない機械では、よくわからないメーターのようなものが絶えず上下していた。
「朝霧……わかる?」
「……ゼグナ、スキャンしてくれ」
ゼグナって、朝霧の車のことだったっけ。
なんかそんな名前だって言ってた気がする。スキャンとか言ってるけど、便利だな。
朝霧が黙ったまま、なにかを確認している。
「なんてこった……」
「……朝霧?」
「……身体に、爆弾を埋め込まれています」
「は……?」
なんだよそれ、凶悪すぎる……
『少女だけを狙う』っていったら、実は変な理由でさらわれてて、少女は無事で……なんだよそれ、わははってなるのが僕らにはお似合いのはずだろ?
「……中性子爆弾です。さらに、脳にナノマシンのようなものが……恐らく、日常生活に戻した上で行動をコントロールし……」
「もういい、朝霧」
聞いているだけで気分が悪くなる。
ふざけやがって……
「それより、起爆の条件は?」
「……マズラ星人は単独犯です。遠隔操作による起爆の恐れはないでしょう。しかし、脳のナノマシンが問題です。どのような条件で作動するのか、それが起爆に関係しているのか……わかりません」
機械の表示が、淡々と明滅を続けている。
こんなことなら、僕の手で引導を渡してやればよかった。
「爆発したらどうなる?」
「中性子爆弾といっても、小型のものです。半径100メートル程度の生命体が死滅するぐらいですが……」
「少なくとも、この子は絶対に無事にすまないな」
「……はい。何がトリガーになるかわからない上に、マズラ星人が死亡している以上……いつ爆発してもおかしくありません。一刻も早くここを離れるしか……」
離れる? この子を見捨ててか?
冗談じゃないぞ、まだ中学生ぐらいじゃないか。
「爆弾さえ取り除けば、ひとまずは安全だよな? 爆弾の場所は?」
「……心臓に接続されています。こういうパターンだと……取り除こうとすること自体が、起爆のトリガーになっている可能性もあります」
1つだけ、方法に心当たりが……ある。
『スターゲイザー』は、ただの『光の剣』じゃない。
「わかった。それじゃ、2人は外に出て。できるだけ遠くに離れてて」
「なにをするつもりですか、先輩」
「スターゲイザーは、僕が斬ろうとしたものしか斬れないんだよ」
「……どういう意味です?」
「それに、出力を高めれば、物質そのものを『消滅』させることもできる。だから……この子を傷つけないように、体内にある爆弾だけを消滅させる」
「なに言ってるんですか! それ、成功する保証なんてどこにあるんです? 中性子爆弾ですよ!?」
朝霧の語気が荒くなる。
そりゃあ保証なんてないけど、しょうがないじゃないか。
見ろよ、まだ子供だぜ?
「いつ爆発するかわからないんだろ。早ければ早いほどいい」
「そうじゃなくて、なんで先輩が……」
「……この子だって、誰かの大切な『娘』だ。そうだろ? 賭けるのが僕の命なら、安いもんだ」
「あなたは――」
「ナガレ、大丈夫だよ。ひよりちゃんに任せよう」
グリーマルが、いつもの調子でそう言った。
ほんとに、動じないなぁ。
「ユイとミオの言った通りだったね」
「え?」
なんの話だ。
なんでここで2人の名前が出てくるんだ?
「『ひよりちゃんは自分の命を賭けることをタダだと思ってるから、放っておくとすぐ死んじゃう。だから守ってあげてね』って」
「う……」
「ひよりちゃんが命を賭けるなら、私もここにいるよ。私が守ってみせる」
「いや、そんな危険なことをしてもらうわけには……」
「やっぱりひよりちゃんはおかしいよ。自分が命を賭けるのはいいのに、私が命を賭けるのはいけないの? ひよりちゃんは自分の命の重みを理解するべきだよ」
「そんな、こと……言ったって……」
「それからもうひとつ、ユイからの伝言。またひよりちゃんが他人のために命を賭ける時があれば伝えてって。『アイラブユー愛してるよ、ママ。どうにか生きて帰ってきてね』だって」
あのやろう……くっそ、はぁ……
まいったなぁ。
「だから私はここにいるよ、命を賭けるなら、一緒だよ」
「……俺もここにいますよ。日向さんだけを死なせたら、咲ちゃんに顔向けできない」
「はぁ……わかったよ。なら、死ぬときは一緒だ。成功するのを祈ってくれ」
3人分の命か。重いなぁ。
なにがなんでも成功させるしかないじゃないか。
「スターゲイザー、やることはわかるよね?」
スターゲイザーから、想いが伝わってくる。
それは――強い肯定。
ありがとう、相棒。
深紅の刃が、再び形成される。
その刃はいつもより一段と紅く、眩く輝いていた。
対象の『存在そのもの』を断ち切る――魂の剣。
「それじゃ、いくよ」
一閃。
スターゲイザーの刃が、少女の身体を『すり抜ける』
一瞬、なにかが光ったように感じて――すぐに消える。
『EX職:ヒーローが解放されました。転職しますか?』
そして、ゲームのシステムメッセージのような音声が……僕の脳内に響いた。




