第百八話:暗黒漁業協同組合
「グェェェェェ!」
うるさいなぁ……
街灯に照らされたアスファルトの上に、魚の頭を持った怪人が大声で悲鳴をあげながら倒れた。
悲鳴はいいんだけど、こいつ気持ち悪いな……
なんて説明すればいいんだろ……魚の頭が人間の身体から生えてるんだけど、問題は角度で……
こう……正面から見ると、人間の身体から、横から見た魚の頭が生えているというか……まぁいいや。
とにかく、夜道で人を襲っていた悪辣な怪人をやっつけたのだから、良しとしよう。
『パラッパッパー!』
お、レベルアップ。
勝負がついた時に経験値が入る仕組みになっているようで、ちょうどこの魚怪人が泡を吹いて気絶したことで、レベルが上がったというわけだ。
なんだかんだでこれで、僕のレベルも89だ。
ここ数日、ものすごい勢いでレベルが上がっている。
僕の方でもこうやって怪人や怪異を積極的に退治しているのもあるけど……心配なのは、咲の方だ。
いったいどういう状況なんだろう……たくさんの敵と戦っているんだろうか。
……それはそうと、すごく生臭い。
あんまり触りたくないから、そのへんに落ちてた大きめの石を持ち上げて、それでボコボコにしたんだけど……肝心の魚怪人はそこに倒れているわけだから、どうしても臭う。
怪人って、ややこしいんだよね。
完全な『人造人間』が暴れているなら爆発四散させようが蒸発させようが、法的に問題はないのだけど……問題があるのは『改造人間』だった場合だ。
改造人間というのは当然、改造された人間だから、つまり人間なわけで……いくらそのへんで大暴れしているからといって、殺害するわけにはいかない。
クシエルはそのへんを無差別にやってたから、犯罪者として逮捕されたわけで。
同じ轍を踏むわけにはいかないから、そのへんは気を付けないとね。
「はい、怪人です。ちょっとどっちかわからなくて……はい。そうですね……頭は魚っぽいんですけど、機械じゃなさそうで……はい」
ぐるぐる巻きにした怪人を監視しながら通話しているのは、警視庁特殊二課の芦屋さんだ。
僕が確保した怪人とか、超能力犯罪者を引き渡す時にお世話になっている、ちょっと怪しいけど人当たりの良い人だ。
本当は『蘆屋道満』って名前らしいんだけど、有名人と同じ名前だから、少し違う名前を名乗ってるんだとか。
僕はあんまり俳優とかアイドルとかに詳しいわけじゃないから、有名人と言われてもピンと来ない。
芸人とかアイドルっぽい感じの名前じゃないから、俳優かなんかだと思うんだけど……まぁいいや。
「芦屋さん、来てくれるってさ」
「うん。それじゃ、それまで魔法は解除しない方がいい?」
「そうだね、よろしく」
邪界魔法『哀惜の庭』。
グリーマルの使う、結界魔法。
文字通り、人の心の哀惜の念を呼び起こし、近寄りがたい空間を作り出す……結構えぐい魔法だ。
僕はそういう便利魔法が使えないから、たいへんに助かる。
「多分、『暗黒漁業協同組合』の怪人だよ。魚だし」
「なにそれ」
「悪の組織。ほらここ、服に刺しゅうがあるでしょ」
「……ほんとだ」
魚怪人はいわゆる甚平みたいな服を着ているんだけど……
グリーマルが指さした部分をよく見ると、胸元に『暗黒漁業協同組合』と刺しゅうがある。
よくわからん。なんで『漁業協同組合』なのに、獲られる側の生き物なんだ。
「よく知ってるね」
「前に戦ってるところ、見たことあるから」
「戦ってたって、ヒーローと?」
「わからないけど、半裸の男の人だったよ」
「そうなんだ……」
そう言われても、半裸の男性が魚の怪人と戦っている状況をうまくイメージできない。
ヒーローなんだろうか。それとも変質者なんだろうか。
そんなことを話しているうちに、2台のパトカーが到着した。
電話から10分ぐらいしか経ってないのに、素早いなぁ。
パトカーからスーツ姿で、長い茶色がかった髪を後ろで結んだ若い男性――芦屋さんが降りてくる。
もう1台からも数人の警察官が降りて、周囲の確認を始めた。
……というか、芦屋さんが、なんかふらついている。
「うー、この結界……なんとかなりません? きっついんですけど……」
「あ、ごめんなさい。グリーマル、魔法の解除、お願い」
「わかった……はい。解除したよ」
「はぁ……すごい悲しかった。色々思い出しちゃいましたよ」
「すみません……」
「いやいや、いいんですよー。佐倉さんにはいつもお世話になってますから。それで、ホシはアレです?」
「はい。アレです、魚の」
「うげー」
芦屋さんが魚怪人に近づきながら、顔をしかめている。
まぁ……そりゃそうだろう。
「くっさいですねぇー! 連れて帰りたくないなー」
「いやー、そういうわけにはいきませんよ」
「そうなんですよねー、公務員の辛いところです。はい、18時42分。魚怪人を逮捕します」
そう言いながら、魚怪人に手錠をかける芦屋さん。
そしてそのまま……パトカーの後部座席に押し込んだ。
「それじゃー、署に戻りますので。なんかあったらまたご連絡ください」
「はい。ありがとうございます」
「こちらのセリフですよー。ほんと最近多いですからねー」
「前はこんなじゃなかったんですか?」
「前は警察なんて補助みたいなもので、だいたいヒーローとかがどうにかしてたんですけどねー。どうなってるのやら」
そう言えばそうだ。グリーマルが見たというヒーローらしき半裸の男性は、どうしたんだろう。
……別に見たくはないけども。
いずれにせよ、少し探すだけで簡単に変な化け物や怪人が見つかってしまうのは確かだ。
以前にも、最近増えていると如月さんが言っていたけど……こんなにあちこちにいるんじゃ、危なくてしょうがない。
表に出ていないだけで、一般人の被害者だって少なくはないはずだ。
「それじゃ、署に戻りますんで。またー」
「はい。また」
軽く手を振ってパトカーに乗り込むと、芦屋さんは去って行った。
ドアを開けた時に顔をしかめたのは、やっぱり臭いんだろうな。気の毒に……




