第百七話:恐るべき待ち伏せ作戦
「ただいまー」
「おかえり、待ってた」
待たれてた。
待ち伏せとは味な真似を。
邪界五厄衆筆頭『哀惜』のグリーマル。
にしても当たり前みたいにいるね、この人は。
いやまぁ……ここは月城さんの家なんだから、月城さんが許している以上、グリーマルが住み着いていてもなにも問題はないんだけどさ。
『そのへんの河川敷でこんな小さな女の子を寝かせておくわけにはいかないでしょう?』とのことで。
まぁ、正論だ。
また天使みたいなのに狙われても困るし、近くにいてくれるに越したことはない。
よし、この件については忘れよう。
不条理に感じるのは僕がつまらないことにこだわっているからだ。そういうことにしよう。
「お風呂にする? ご飯にする? それとも戦う?」
「やめなさい、そういう言い回し。誰に習ったの」
「ユイに習ったよ」
おのれ如月結衣、しょうもないことを……
わかりきったことを聞いた僕も僕なんだけど。
「うーん、とりあえずピューイさんが来てないから戦うのはちょっとまだ……お風呂入ってから戦うのもあれだし、ご飯にはまだ早いなぁ」
「そう。じゃ、はい」
『はい』じゃないんだが。
グリーマルが両手を広げて、こちらに歩いてくる。
「なんなのー」
「ん、だっこ」
『だっこ』じゃないんだよ。
これがなければいいんだけどなぁ……
「あのね。前にも言ったけど、僕は男だよ」
「……それがどうかしたの?」
グリーマルがわずかに首をかしげて、ピタリと止まる。
だめだこれ、本当にわかってない顔だ。
変な言葉を教えてないで、そういうことを教えてくれないもんかな、如月さんよー。
「ん」
「はぁ……わかったよ。好きにしてー」
「うん」
再び両手を広げて、なにやら促してくるグリーマルに、しょうがないから許可する。
すると満足そうに、とてとてと歩いてきて、ぎゅーっと抱きしめられた。
なんだかなぁ。
「お前ら、なにやってるピュイ? 頭がおかしくなったか……?」
はい。そうくるよね。
門の方を見ると、ピューイさんがなんとも言えない目をして浮かんでいる。
僕にどうしろってんだ?
「好きにすりゃあいいけど、ピューイはこの後も仕事が山積みだから、さっさと邪界獣を出すピュイ」
「ん、わかった」
グリーマルが僕から離れて、両手を広げる。
さっきみたいな甘える感じじゃなく。
最近のピューイさんは本当にめちゃくちゃ忙しいらしく、文字通りあっちこっちを飛び回っている。
小さな身体と飛行能力。さらに各種の便利魔法がものすごく重宝されているそうで、特殊二課だけでなく、他の課や県外の事件に呼ばれることもあるんだとか。
便利すぎるのも考えものだよね。
「捨てられしものよ。『哀惜』の名において魂を与える」
「邪界魔法――『残影鏡顕現』」
邪界魔法に反応して、いつの間にかグリーマルの前に置かれていた妙にでかい二足歩行のカエルの置物が、黒い霧に包まれた。
……どこで拾ってきたんだよ。
やがて、聞いているだけで胸が苦しくなるような――すすり泣きが、かすかに聞こえてくる。
そのすすり泣きをバックに、カエルの置物が黒い霧の奥でみるみる大きくなり――
「ゲロゲロー!」
普通の巨大なカエルになった。
……なんで二足歩行を捨てた?
「ゲロゲロ!」
でかいなぁ……ちょうど、ニンジャが乗ってそうな大きさだ。
……よし。
「おいで、スターゲイザー」
いくら月城邸の庭が広いといっても、あんまり暴れるわけにはいかない。
さっさと勝負をつけよう。
それにしても、剣か……斧だったらスキルが使えたのになぁ。
おっと……ごめんごめん。
手にしたスターゲイザーから、抗議するような意思が伝わってきた。
心の中で謝りながら意識を集中すると、へそを曲げたりすることもなく、血のように紅い刃を形成してくれた。
「ゲロゲーロ!」
「っと」
巨大なカエルが、大きく口を開けて飛び掛かってくる。
でも、遅い。
すれ違いざまにスターゲイザーを振り抜き、一刀両断。
「ゲ――」
次の瞬間。
カエル全体が内側から紅く光り――
爆発四散した。
「…………」
「…………」
「…………」
静かになった。
「……それがスターゲイザーだピュイか」
「はい。まぁ……」
「はぁ……威力がありすぎだピュイ。これじゃ浄化ができん」
「うん。強すぎだよ」
……巨大ガエルは完全に消し飛んで、跡形もない。
周囲を覆っていた黒い霧も文字通り雲散霧消してしまっていて、浄化もなにもあったものじゃないだろう。
「……すみません」
「まぁいいピュイ。浄化って要するに、邪魔力を聖魔力に変換して聖魔界に上納してるだけだから、ピューイ的にはもうどうだっていいし」
「でも……それじゃそのうち、他の聖魔界人が来ちゃうんじゃ……」
「どーでもいいピュイ。片っ端から逮捕だ逮捕」
「ええ……」
前に『片っ端から補導してたらただのアホ』って言ってたじゃないか。
疲れてるなぁ……ピューイさん。
「んじゃピューイはレンと合流して次の現場行くけど、お前はどうするピュイ?」
「僕は、軽く怪異か怪人でも探してみますよ」
「それはいい心がけだピュイ。せいぜいピューイの仕事を減らしてくれ」
そう言って、ピューイさんがくるりと宙で向きを変える。
でもやはり心なしか、その動きにも元気がないように感じられた。
「あんまり無理しないでくださいね」
「しなくていいならしないピュイ。今日はたぶん帰れんと思うし」
そう言うと、ピューイさんがふらふらと空を飛び――帰って……いや、次の現場に向かって行った。
警察官って、たいへんなんだな……




