第百五話:感謝の気持ち
「やった、やったよ! すごいよぉぉぉ!」
身動きが取れない。
成瀬さんが僕に思いっきり抱き着いて、大喜びしているからだ。
原口くん率いる我らが『明葉学園小学校サッカー部』は、今日の一次予選で連戦連勝。
3つの試合を全て無失点で圧勝した。
それにしても……月城さんやグリーマルもだけど、女子の距離感というのはこういうものなんだろうか。
男同士でこんな風に身体的に接触することってそうそうないから、これまでは困惑ばかりだったけど……成瀬さんでも『こう』なら、そういうものなのかもしれない。
いや、どうだろう……違う気もする。
「うんうん。よかったね、成瀬さん」
「ひよりちゃんのおかげだよぉ……」
背中に腕を回して、よしよしと頭を撫でてあげる。
可愛い顔が、涙でべちょべちょだ。
だけど、こういう涙というのは女の子をより魅力的に見せるのだなぁと、しみじみ思う。
「大したことはしてないよ。原口くんが頑張った成果だよ」
「うん。卓也すごく頑張ってた……来週も勝てるよね?」
「もちろん。二次予選でも圧勝するさ」
「ふふ……ひよりちゃんが言うと、本当にそうなっちゃいそう」
心配しなくても、本当にそうなるはずだ。
今日の試合で原口くんのポテンシャルははっきりしたし、玉田くんも大したものだ。
運動だけじゃなくて勉強もできる玉田くんは、その頭脳明晰な坊主頭で、原口くんを中心とした作戦の司令塔になっている。
……よし。
来週は、玉田くんも特訓に強制参加だ。
「……いつまで抱き合ってますの?」
「あ」
おっと、成瀬さんを抱きしめたまま考え込んでいた。
成瀬さんも少し落ち着いたようで、僕に抱き着いたまま大人しくしている。
「まったく……」
なにやら白峰さんがぶつぶつ言っている。
こうなるとさすがにちょっと照れくさくて、成瀬さんから身体をそっと離した。
「それじゃ、お疲れ様」
「あれ? 一緒に帰らないの?」
「うん。ちょっと用事があってさ」
「……そうですのね。残念ですわ」
試合後の諸々が終わり、今日は撤収となったところで、僕1人だけ抜け出す形になった。
2人とも残念そうで申し訳ないけれど……でもごめんね、今日中に済ませたい用事があるのです。
明日は月曜日だし、どうせろくなことがない。
忘れないうちに行きたい場所があるのだ。
電車に揺られ、隣の町へ。
そこからさらに電車を乗り継ぎ、初めての町へ。
まだ明るいうちから空を飛ぶわけにもいかないし、しょうがない。
電車を降りてしばらく歩くと、オシャレな感じの店が並んでいる通りに出た。
小学生の姿ではちょっと、いやかなり背伸びした感じの場所だ。
もちろん、元の姿と元の生活なら、なおのこと縁がない場所でもある。
目的地は――ここだ。
ガラス張りの小さなお店。
窓の向こうには、色とりどりのリボンがずらりと並んでいる。
中に入ると、壁一面の棚に様々な太さや素材のリボンが巻かれていて、目がちかちかした。
ここは、輸入物のリボンも扱っている専門店。
僕1人だったら、絶対に立ち入ることのなかった世界だ。
……うん、まったくわからん。
わからん時は人に聞くのがいいってね。
「あの、これに似た色のリボンって、ありますか?」
髪から『蒼穹のリボン』を外し、店員さんに差し出して、聞いてみる。
「これ、ですか? え、なにこれ……綺麗……」
店員さんが目を丸くして、なにやら妙な反応が返ってきた。
ん、ちょっと失敗だったか……?
これ、この世の物じゃない感じがするし……
「あの……」
「あっ、失礼しました……似た色ですよね?」
「はい、お願いします」
「でしたら、そうですね……」
店員さんが案内してくれたのは、輸入物が並んでいる一角だった。
元々そのつもりだったけど、改めて見ると結構いい金額の値札が貼られたものばかりだ。
「うちにあるものだと……こちらが一番近いと思います」
店員さんが手に取ったリボンは、まるで晴れ渡る空のような蒼。
光沢のある生地で、光の当たり方によって少しだけ青の濃さが変わって見える。
確かに似ている。部分的に、似ている。
さすが専門店だとは思うけれど……少しばかり迷ってしまう。
『蒼穹のリボン』の『蒼』は、ちょっと言葉にするのが難しい。
誰もが知っている色のようで、それでいて見るたびにその印象を変えるようで。
まるで本当に、『蒼穹』を閉じ込めたような幻想的な輝き。
とはいえ『蒼穹のリボン』そのものというのは現実的に考えて無理があるし、せっかく店員さんが選んでくれた品だ。
プロの目から見てこれが最も近いということなら、これ以上の品を素人の僕が見つけるのは不可能だろう。
「それじゃ、これ。僕のリボンと同じぐらいの長さで2本。プレゼント用に包んでもらえますか?」
「はい。少々お待ちください」
値札は……見なかったことにする。
まぁ最近はそれなりに収入もあるし、これぐらいだいじょうぶだいじょうぶ。
「あ」
そうだ、白峰さんにもなにか買って行ってあげよう。
とても美味しいお弁当をごちそうになったし、なにかしらお礼をするべきだ、うん。
でも、2人と同じリボンはちょっとな。
成瀬さんが『お揃いにしたかった』と言ったのは、僕たち3人でのはずだから。
白峰さんを区別するわけじゃあないけれど、成瀬さんの想いに勝手に僕が1人付け加えるのは、違うと思うのだ。
「ありがとうございましたー」
店員さんの声を背に、店を出た。
手さげ袋の中には、小さな包みが3つ入っている。
小春さんと成瀬さんには、お揃いの蒼いリボン。
白峰さんには、店員さんに選んでもらった赤いリボン。
思ったより大層な買い物になってしまった気もするけど……まぁ、いいか。
日頃の感謝の気持ちを伝えるなら、早い方がいい。
なにしろ僕は、いつ死ぬかわからんからね。
喜んでくれるといいな。




