第百話:死闘!魔法少女佐倉ひよりVS口裂け女!
駅のホーム。路地裏。交差点。急行待ちの踏切。
こんなところに口裂け女がいるはずもないのに。
いらない時には出てくるくせに、探してみると見つからない。
ああ、嫌だ嫌だ。
そのうえ途中では、変な怪人が人を襲っている現場にまで出くわした。
当然、見過ごすわけにもいかないので、ぐるぐる巻きにして警察に連絡するはめになった。
時間がもったいないけど、しょうがない。
「うーん……どうしようかなぁ」
探しても見つからないなら、少し考え方を変えた方がいいのかもしれない。
ここはひとつ――原点に返ってみようか。
小春さんと、初めて会った、あの場所へ――
僕が以前住んでいたアパートの最寄り駅から、少し離れたところにある商店街。
今ではもう、営業しているのは無人のコインランドリーぐらいしかない。
そのコインランドリーでさえ、利用する人を滅多に見かけない。
シャッターを下ろしたままの店。色褪せた看板。街灯の弱い光。
少しだけ、昔を思い出して寂しくなる。そんな場所。
あの日から、もうすぐ3か月になるのかな。
たったの、3か月。
でも、呆れるほど濃くて、長く感じた――3か月だ。
『ここ』が、始まりだった気がする。
それよりも前にレベルアップしたり、月城さんの魔術を目の当たりにしたり――色々あったのはあったのだけれど。
決定的になにかが動き始めたのは、この場所だと思う。
小春さんに、ここで出会った。
そして――お前にもだ、『口裂け女』
あの日と同じ、赤いトレンチコート。
街灯の頼りない光に照らされて、女が立っている。
「やぁ、久しぶり」
「わたし、綺麗?」
ふむ、どうだろうな。正直マスクで隠れてよくわかんないよね。
だけど、顔の作り自体は整っている。
「綺麗だけど、お前より綺麗な人を知ってるよ」
正直に答える。
さあ、はじめようか。
次の瞬間、女がにやりと笑い、ゆっくりとマスクに手をかけ――
引きちぎるように、外す。
その下にあった口は、耳元まで大きく裂け、その中には人間のものとは思えない無数の牙が並んでいる。
「これでもぉぉぉぉっ!?」
「ああ。怪我はともかく、綺麗だと思うよ」
女の表情が、一瞬だけ止まった。
でも、次の瞬間には、巨大な鋏が振り上げられていた。
凄まじい速度で振るわれる『それ』が、今なら――見える。
鋏が空気を裂く軌道を見切り、半歩踏み込む。
力を逸らすように、斜めから鋏の腹を――素手で弾いた。
「つっ……!」
重い……いや、重いなんてもんじゃない。
手の骨まで痺れるような衝撃。
それでも、軌道は逸れた。
体勢を崩した口裂け女の脇腹に、速度を乗せた蹴りを叩き込む。
鈍い音が響く。普通の人間なら、間違いなく吹き飛ぶはずなのに、体勢を崩していたはずの口裂け女は揺るがない。
この間は考えるような余裕もなかったけど……こいつの身体は――人間の女なんかとはまるで違う。
口裂け女がこちらを見て――嗤う。
恐怖を煽るように、口を大きく醜く広げながら。
くっそ、ぜんぜんきいていない。
しかも鋏を弾いた右手がまだ痛い。なんて力だ。
……足を止めての近接戦闘は、不利だ。
少し打ち合っただけでこのザマなんだから。
口裂け女の速度は『100メートルを3秒で走る』程度だ。
速度で翻弄して、死角から攻めよう。
地面を蹴って――加速する。
一瞬で口裂け女の後ろに回り込みながら、『魔力の刃』を作り出した。
そして死角から――振り抜く。
「わたし、綺麗?」
ガキンッと、甲高い音が響き――『魔力の刃』が、なにか硬いものに当たって……砕け散る。
振り返りもせず、鋏で?
「そんな馬鹿な……」
あの鋏、なんなんだよ。どんな素材でできてるんだ?
即座に横薙ぎの鋏。身体を反らしてギリギリでかわす。
刃が、鼻先すれすれを通過した。
……速い。
『100メートルを3秒』はあくまで移動速度だけの話だったのか、鋏を振り回す口裂け女は、僕の速度に対応してくる。
鋏を振るう速度も、こちらの動きへの反応も……明らかに、そんなレベルじゃない。
まずい、想像よりも遥かに強い。
油断していたつもりはないけど、少しばかり強くなったことで、内心で驕りがあったのかもしれない。
『それによって発生した恐怖の総量がどれほどのものか。それを糧として存在する怪物の力が、どれほど絶大なものか……』
如月さんの言葉を思い出す。
日本中を恐怖のどん底に陥れ――海さえ越えた、恐怖の象徴。
口裂け女は……まぎれもなくこれまでで最強の敵だ。
思考を切り替えよう。
敵を、侮ってはいけない。戦う相手は、常に命を賭けているのだから。
「……出し惜しみはなしだ」
今の僕の……全てをぶつけよう。
強く地面を蹴り、20メートルほど、一気に後退する。
口裂け女が、間髪入れずに追ってくる。鋏を振り上げて。
「これでもぉぉぉぉっ!?」
「マジカル・ゲートオブアザーワールド」
目の前の虚空に――『扉』が開いた。
見慣れた、古びた鉄扉が。
加速した『口裂け女』は停止できず、『扉』の奥に突進していく。
すかさず僕も扉に入り、閉じる。
「よし」
ここは、『僕』の世界だ。ここなら、誰にも迷惑はかからない。
見渡す限りの広大な草原に、『口裂け女』が前かがみの姿勢で立っている。
そして、また嗤う。
僕の小細工なんて、無駄なのだと言うように。
『空』を蹴り、上空へ。
空から魔法で畳みかければ、いくら口裂け女が頑丈だって……
次の瞬間――口裂け女が、『空』を蹴った。
凄まじい速度で僕の方に向かってくる。
「嘘だろ」
僕の真似をしたのか? それとも元からできたのか?
どっちにしても、まずい。
右手に魔力を――刃を形成して……口裂け女の鋏が――だめだ、間に合わない。
空中で身をひねりつつ、逆に向かって『空』を蹴る。
鈍い衝撃――痛みは感じない。ただ、熱い。
「わたぁし、綺麗?」
着地した口裂け女が嗤う。勝利を確信したように。
このやろう……その油断が命取りだって、教えてやる。
魔力の刃を形成。さっきよりも、硬く、強く。
『空』を蹴り、口裂け女に接近。
一撃。
鋏で弾かれる。
二撃。
刃が砕け、再形成。
ふざけやがって、なんでついてこれるんだよ。
それにしても、『力』が違いすぎる。
僕の力は今でも変わらず『3』のままだ。
速度や器用さでどれだけカバーしても、真正面から打ち合えば、圧倒的に不利だ。
化け物じみた力で振るわれる鋏を一度受けるだけで、腕に大きな負担がかかり、ダメージが蓄積していく。
なら……まともに打ち合わない。
一瞬だけ距離を取り、ステッキを突き出す。
「マジカル・ストーンバレット」
轟音と共に、岩石を伴った巨大な衝撃波が、口裂け女に向かって殺到した。
口裂け女が身を翻そうとするが、もう遅い。
衝撃波に飲まれ、そのまま吹き飛んでいく。
「よし……!」
追撃だ、油断はしない。
「マジカル・ストーンバレット」
もう一度魔法を放つと同時に、『魔力の刃』を再度作り出し、狙いを定める。
連打からの追撃で――そんな、馬鹿な。
『衝撃波』の中を口裂け女が突っ切り、突進して――冗談だろ、そんなこと……ありえるのか?
――斬撃。
避けきれるはずもない。
吹っ飛ばされながら、『空』を蹴る。加速だけなら僕の方にまだ分があるはずだ。
脇腹が、どうしようもないほどに、熱い。
見なくても、激しく出血しているのがわかる。
『リング・オブ・プロテクション+5』がなければ、今の一撃で命を落としていたかもしれない。
これ以上、これまでのような打ち合いはとてもじゃないけど続けられない。
痛みをこらえながら――加速。
一気に高度を取ると、口裂け女も『空』を蹴った。
「マジカル・ストーンバレット!」
轟音と共に、衝撃波が口裂け女を真上から叩きつけ、地面が爆ぜた。
草原に巨大な土煙が立ち上り口裂け女の身体が地面に押し付けられる。
今だ。
「マジカル・アースクエイク!」
世界そのものが、悲鳴を上げた。
凄まじい地鳴りとともに、大地が激しく揺れ、巨大な亀裂が走る。
その中央で……口裂け女が、地割れの底へと飲み込まれていく。
そして――パズルのピースが組み合わさるように、大地が閉じた。
油断は、しない。
そんなに簡単な相手だとは思わない。
直後――ドンッ!と、音を立て、地面が爆ぜた。
土と岩を撒き散らしながら、口裂け女が地中から飛び出してくる。
「……やっぱりそうくるよな」
思わず笑ってしまった。
もう驚かないけど、どうしたもんかな。
血液をかなり失っているようで、身体が重い。
だけどこいつは、倒さなければならない。今、ここでだ。
今日は僕がうまく止められたけど、『口裂け女』の噂は大きくなりすぎている。
怖いもの知らずの現代の子供たちは、いつか必ず『こいつ』と遭遇してしまうだろうから。
だけど、どうすればいい?
やっぱり僕は、攻撃手段が少ない。
これまで力押しでなんとかなってきてしまったツケがここに来て回ってきた。
『伝説の斧』があれば、もう少し戦いようがあるのに。
そうか、武器、か……
「これでもぉぉぉぉっ!?」
口裂け女が鋏を振り上げ、加速する。
やるしか、ないか。
「来い、スターゲイザー」
その言葉に応えるように、凄まじい光が眼前でスパークした。
同時に、目の前まで迫っていた口裂け女が――見えない何かに弾かれたように吹き飛んだ。
そこには、20cmぐらいの――柄のようなもの。
「……え?」
なにが起きたのか、理解できない。
でも、『守ってくれた』のだということだけは、わかる。
だから……迷うことなく、『スターゲイザー』に手を伸ばした。
指が触れると、『なにか』が繋がったような、感覚。
次の瞬間――伝わってくる。
誰かの、想いが。
狂おしいまでに、なにかを求める想い。
僕と、同じ想い。
ああ、そうか。
今わかった。これは、『僕』の剣。
『星を見つめる者』
届かぬと知り、それでも遥か遠い彼方へ。
輝く星に、手を伸ばす。
『君』に至るための、力。
ありがとう。
『僕』を見つけてくれたんだね。
どこか――遠いところから。
『いらない』なんて言ったの、謝るからさ。
「行くよ、スターゲイザー」
スターゲイザーに意識を集中すると――深紅の刃が現れた。
それはまるで、流れる血のような、光。
それはまるで、誰かが流した血の涙のような。
力がみなぎり、朦朧としていた意識がはっきりする。
迫る『口裂け女』が――今までよりもゆっくり見えた。
一閃。
耳をつんざくような金属音。
そして、あれほど頑丈だった鋏が――砕けた。
口裂け女の顔が、歪む。
これまでとは違う――驚愕の表情に。
――今だ。
まだ、身体は動くから、もう一度……だけ。
一閃。
深紅の刃が、口裂け女の胴を真っ直ぐに通過した。
ほとんど抵抗もなく。
その身体が、ゆっくりとずれて……上半身が、滑り落ちる。
「これ……で……も……」
それが、口裂け女の最期の言葉。
『怪異・口裂け女』打ち取ったり。




