第六十三話 夜の帳
「いたって平和……ですかね」
「今は、な」
夕方になり、梶さんとパトロールへと出向く。ここ最近は火事場泥棒も感染者も数が減ったらしく、いつもの街へと戻りつつあった。
とはいえパトロールを欠かせるわけには行かない。犯行を未然に防ぐだけではなく、感染者が拐われ組織に利用される可能性もあるからだ。
「平和なのが一番だが……また厄介な案件が転がってきちまったしな。黒川って奴に、Bってか」
「そうですね。この街にいるとは限らないですけど……襲われた人達だってそう思っていたでしょうし」
「黒川に至っては明確に俺ら狙いだしな。油断しないに越したことはない」
「ですね」
Bはともかく、黒川という男は何なんだ。あの焔さんの知り合いでそんなに非常識な人間がいるなんて。
焔さんについて詳しくは知らないが、あの人にそんな知り合いがいるとはとても思えない。
腐れ縁、っていう奴だろうか?
「おい、ぼさっとすんなよレイラ。巡回ルートはいつも通りだ。気ィ抜くな」
「っはい!」
長考し呆けていたところを梶さんに背中を叩かれ、気を取り直す。
とりあえず今まで通りに仕事をこなそう。それが最善だろうからな。
*
「━━何も起きず、か。Bはともかく、黒川とやらも見掛けなかったな」
「そうですね。俺らの居場所は知ってるでしょうに。慎重ですね」
特に何事もなく仕事を終え、薄暗くなり始めた路地を歩く。近道を通っているから、事務所までそう時間は掛からないだろう。
「慎重ねぇ。なーんか引っ掛かるな」
「何故です?」
「いやいや、堂々と焔さんにお前の部下と戦うぞって宣言する様な奴が慎重ってキャラか? って思ってよ」
「あー、確かに。じゃあ単純にまだこの街にいないとか?」
「どうだかな。……嫌な予感が止まらねぇんだよ。勘だがよ」
梶さんは眉間に皺を寄せ、能力の種である鉄塊を手から離せないでいた。
━━その時だ。
「……ん、急に暗くなった……? 分厚い雲でも差し掛かったかな」
徐々に暗くなっていた周りが、急にふっと暗くなる。天候が不安定なだけだろうと空を見上げたが
「!?」
二人して、異変に気付く。
━━まるで、カーテンの様だ。光すら通さない真っ黒な何かが辺りを覆っていた。
明らかに敵襲だ。
「戦闘準備!」
「はい!」
直ぐ梶さんと背中合わせになり、辺りを警戒する。
僅かに気配はするが、敵の姿が見当たらない。それなのに、嫌な汗が止まらない。
「━━優秀、だな。異変を察知してからの対応が……早い……」
「っ梶さん! そこの地面です!」
「なっ……!?」
眼前に、まるで墨汁の様な何かが蠢いており、そこからぬぅっと人影が姿を現す。
まさか、こいつが……!
「お前が黒川か!」
「……そうとも。……私が黒川……黒川 終次。そう警戒するな……少し手合わせ願いたいだけだ……」
「……けっ、暇人かよアンタ。焔さんの知り合いだかなんだか知らねぇがっ!」
梶さんは種を幾つか重ね、巨大なハンマーを作り出し
「仕事の邪魔してんじゃねぇぞ!!」
横凪ぎにハンマーを振りかぶった。黒川は不気味な笑みを浮かべ、手を下に翳す。
「そう……急くなよ。……『死水剣』」
黒川自身の影から棒状の黒い塊が手まで伸びてきて、それを握りハンマーを受け止めた。握られていたのは……レイピア状の真っ黒な剣だった。
バカな、あんなに細い武器であのハンマーを受け止めたのか?
「少し……話をしようじゃないか」
「なっ!?」
まるで液体のようにしなる漆黒のレイピアを軽く振り、ハンマーは真っ黒に変色して灰のように辺りを散らばった。
能力の無効化……いや、焔さんの話から察するにこれは。
「ハンマーを……殺したのか……!」
「あぁ……私の能力に触れたからな」
黒川は武器を消し、ゆっくりと背筋を伸ばす。
デカいな。線は細いが、威圧感がある。
「話……だと? 俺もレイラもアンタに用事はないがな」
「ふふ、随分と……嫌われたらしい。……レイラと梶、だな? 私は……幸運だ。一番……見て見たかった二人に出会えるとは」
まるで戦意がなく、ゆっくりと喋る黒川。
だのに、背筋に走る寒気が止まらない。こんな事初めてだ。
「片や若手のエース……片や焔の右腕……焔の駒は順調に育っているみたいだな……楽しみだ……」
「何が……言いたい?」
「あァ、お前たちは……気にしなくて良い。……話は終わりだ……そろそろ始めようか……?」
ゆらり、と黒川は自分の長い前髪を掻き上げ……天を仰ぐ。
……何だか分からないが、チャンスだ。今のうちにインカムで焔さんに連絡を。
「━━余計なことすんじゃねぇよ。『死弾』」
「っ!?」
「うぉっ!?」
が、耳に装着していたインカムを黒い弾丸のような何かで撃ち抜かれ壊された。今の一瞬で俺と梶さんのインカムを同時に壊しやがった。
なんて速度……いや、それよりも。
「ッハァ……久々に戦える。わくわくするな」
髪を掻き上げた黒川は、楽しそうに笑っていた。思っていたより中性的な顔立ちをしており、先程とは違いハキハキと物を喋る様になった。
まるで別人だ。二重人格なのか?
「本気で来いよ。進化だろうが武器だろうが何でも使え。私を満足させることが出来なきゃ……死ぬぞ?」
「……っ!?」
ゾクリ、とより一層背筋が凍り付く。
本気だ、あの男。こっちが全力を見せなきゃ、マジで俺達を殺す気だ。
「━━レイラァ! 絶対に気を抜くな!」
「はい!」
梶さんもただならぬ気配を察知した様で、両手に武器を握り構えた。
俺も能力をいつでも使えるように準備をする。
焔さんから言われているのは、黒川に出くわしたら全力で逃げることだ。後ろはダメだ、飛び道具がある以上背を向けるのは危険すぎる。
上も難しい。あの黒いカーテンが黒川の能力によるものなら、触れれば死に至る可能性がある。
ならば、正面しかない。梶さんと二人掛かりで黒川から隙を作りこの場を脱する。
……最悪の場合、どちらか片方だけでも逃げるんだ。そうするしかない。
「━━さァ来いよ! 焔の駒共!!」
まるでオモチャを見付けた子供の様にはしゃぐ黒川。
俺達はそんな男に、立ち向かっていった。
しばらくペース落ちます




