第五十四話 未来を掴む
「……は?」
仲間全員が、固まる。
可能性を考えなかった訳じゃない。だが、そんなことをする意味を見出だせなかった。
空間はルールによって縛られるもの。敵も味方も平等に課せられる絶対のルールだ。
今までの空間能力者は、ルールの穴を突きながらこちらだけ不利になるように立ち回っていた。
だが今回は違う。
「まー意味わからないよね? こっちだって何も出来ないんだし。勿論、空間の重ねがけも許されないよ。細かく設定するのに苦労したけどねー」
けらけらと笑う真殿。不気味だ、意味がわからない。確かに、ルール自体は無敵だ。
だが……そうなると真殿は何がしたいのかわからない。同じ事を思ったのか、蒼貞さんが口を開いた。
「お前……何がしたいんだよ? これじゃ意味がねぇじゃねぇか」
「だからさっき言ったじゃないか。もう帰って良いよって。ボクの話は聞いてくれないみたいだし、もうあんた達に興味ないもん」
「はぁ?」
まるで子供だ。言うこと聞かなかったらもう必要無いと?
更に苛立ちが募る。だが、どうしようもない。
「何事にも役割はある。ここはあくまで実験の為の施設だし、戦う必要とか無いでしょ? 見学したいなら案内するけど、興味ないなら帰るしかないよね? それだけだよ」
「てめぇ……!」
ぐっと拳を握る蒼貞。
気持ちは分かるが……どうすれば。このまま、帰るしかないのか。
しばらくの沈黙。その後、蒼貞さんは大きなため息を付いた。
「……戻るぞ。ここをどうするか、一度帰ってから考える」
蒼貞さんは悔しそうに歯を噛み絞めながら、真殿に背を向けて出口へと戻る。
その姿を見て、真殿は煽るように笑い出す。
「ははは! さっきの態度はどこに行ったのかなぁ? 結局あんたでも、どうしようもないんだ! だっせぇなぁ、本当にだっせぇ!」
「っ……」
好き勝手言いやがって。
でも……俺達に出来ることは何も無い。
「……ね、レイラ」
すると、先程まで黙っていたアキラがこちらの裾を引っ張りながら話し掛けてきた。
「どうした、アキラ?」
「レイラの進化能力ってさ、一応分かってるんだよね?」
そう聞かれ、咄嗟に思い出す。
記憶にあるのは、空童の能力を掻き消しながら進む拳だ。
恐らくは、能力の無効化。範囲としては拳が触れている部分だろうか。
「あぁ。それがどうした?」
「その能力って……この空間にも効くのかな?」
「━━」
直ぐに、アキラの言いたいことが分かった。
仮に俺の進化能力で、この空間のルールすら無効化出来るのならば、今すぐにも真殿の顔面を叩きのめせる。
恐らく、今この場においてそれが出来るのは俺だけだ。
だが。
「言いたいことは分かった、でも……」
「ちゃんと進化出来るのか心配、ってとこ?」
「……ああ」
アキラからのヒントを得て、昨晩自分の能力について考えた。
恐らく、能力の根底にある自分の欲望についても理解できた。
それでも、まだ不安はある。夢の中で見た、自分との会話。中途半端に能力を使えば、奴に人格を乗っ取られる。それだけは避けたい。
「心配性だねぇ。真面目なレイラらしいや」
「お前……そりゃそうだろ」
「大丈夫だよ」
「え?」
しかし、アキラは笑った。
「レイラは大丈夫。自信もってよ」
「アキラ……」
信じてくれている。
迷ってばかりで何一つ決断が出来なかった、この俺を。
━━それに応えないで、どうするんだ。俺は。
「……はぁ。分かったよ。どうなっても知らねぇからな」
「あはは、その意気さ。やっちまえ、レイラ」
決意を込め、再び真殿の方を向く。
「レイラ? どうした」
「すいません蒼貞さん。一か八か、試したいことが出来ました」
「お前……まさか」
事情を察し、引き留めようと手を伸ばす蒼貞さん。
だが、その手を氷堂さんが止めた。
「理央、お前……!」
「行かせてあげましょ、リーダー。彼は大丈夫ですから」
「……はぁ、分かったよ。俺らの代わりに、あいつの顔面殴ってやれ、レイラ!」
二人からも背中を押され、静かに頷いてから歩き出す。
━━やるのか、俺。
あぁ。今しか無い。
━━本当に成功すると思うか? 他人に言われなきゃ、決断すら出来なかったお前に。
他人じゃない。仲間に、だ。仲間の期待を裏切る方が何倍もダサいだろ。
━━後悔するかもしれないぞ?
しないさ。絶対に。俺みたいな奴は、逃げることに慣れたらダメなんだ。
自問自答か、はたまた幻覚か。
自分との会話をしながら、ゆっくりと真殿のいる所へと戻っていく。
静かに後ろを着いてきてくれている、仲間達の足音を聞きながら。
「……? なんで戻ってきたんだよ」
俺に気が付いた真殿は、心底不思議そうにこちらを見下ろしていた。
━━そこまで自信があるなら見届けてやるよ。ただ、まだ足りないぜ。
何がだ?
━━名前、だよ。新しい能力の名前。絶望の手という名前は、俺が名付けただけで、お前が名付けた訳じゃないからな。
あぁ、そんなことか。
それならもう、決めている。
「絶望……違うよな。俺の力は、そんなに大層な物じゃない。等身大で、普遍的で、誰の手でも行えるような……簡単な願いさ」
手を前へとかざし、ぐっと握る。
「━━『掴み取る手』。俺はこの手で……明日を掴み取るんだっ!!」
青白く光り輝く拳を出現させ、真殿を守るガラスへと勢い良く突き飛ばす。
「なっ!? そんな馬鹿━━なグッ!!!」
━━薄氷を砕くように拳はガラスを突き破り、真殿の顔面を打ち抜いた。




