第五十三話 サイエンティスト
「ふむ……ある程度人格を残しといた方が良いのかな」
実験体の身体データを見ながら、左手で顎を触る。
完全に人形にしてしまうと、身体能力にも影響が出かねない。
問題はどの程度残すか、だけど。
「━━真殿様」
「うん? どうした、中目」
後ろから声を掛けられ、そこには助手の中目が立っていた。
「ご報告があります、今お伝えしても大丈夫でしょうか?」
「いいよ、聞かせて」
「では。……支部の人間が二つ目の空間を壊しました。残るはこの空間のみですが……如何致しましょう?」
と、中目はポツポツと話す。
なるほどやるねぇ。一つ目はともかく、二つ目はそこそこ強い能力者を配置してたのにな。
「どうもしないさ。ここに来たとして、どうにかなる?」
「……それは、そうですね。ではこのまま放置で宜しいですか?」
「あ、いや。一応外の連中に指示しといて。そいつら以外を入れないように見張りを頼む。増援が来ると面倒だ」
「畏まりました、ではそのように」
お辞儀をし、中目は奥へと消えていった。
さて、ボクも準備しなきゃね。
支部ご一行様に、ボクの研究成果を見せてあげなきゃ。
見せてあげるだけ、だけど。
*
「これで三回目、か。慣れたもんですね」
軽口を叩きながら、再びアナザーへの入り口の前へと立つ。
今度はどんなルールを強いてくるのか……。
「空間能力者はレアだ、本来、立て続けに戦うことになるなんてまず無いんだけどな。……さて、行くぞお前ら!」
「はい!」
蒼貞さんは早々に話を切り上げ、ズカズカと中へ入る。
俺達もその後ろへと続く。
「━━!」
そして、空間内部が明らかになる。
━━研究所、か?
ギラギラと怪しく光る赤色のランプ。何に使うのか分からない機械の数々、そしてこれ見よがしに配置された監視カメラ。
人気はまるで無いが、監視カメラがある以上……誰かはいるんだろう。当たり前だが。
「今度は映像……でもねぇな。空間を作ってから後でこの機械やらを入れたのか。予想は当たったのか?」
と訝しげに蒼貞さんは辺りを見渡す。
予想と言うのはあれか、アナザー内部で感染者に対する人体実験を行っているというものか。
「なんだか、今までとは雰囲気が違いますね。……コレがあることも」
氷堂さんが指差した先には……あろうことか、出口があった。俺達はあそこから入ったんだろう。
一つ目、二つ目の空間では出口など無かったのに、だ。
「ご自由にお帰りください、ってか? 舐めやがって」
舌打ちと共に、蒼貞さんは怒りを露にする。確かに、舐めていると感じても可笑しくはない。
逃げたければ逃げても良いよと言われているかのようだ。
更に奥へと進んでいく。すると、先程よりも異様な光景が現れた。
「槽……か? しかもこれは……」
まるで巨大な水槽に似た装置がいくつも現れ、その中には謎の液体と━━人が沈んでいた。
口と鼻には呼吸のためかガスマスクの様な装置が付けられており、外にある装置へと管で繋がっている。
「決まりだな。奴等はこの中で感染者に対して実験を行っている。見覚えのある顔もいくつかあるしな」
「酷いね。とても正気とは思えないや」
アキラの言葉に共感する。
まともじゃない、こんなの。あの実験体がなんの実験に使われているのかは定かじゃないが、ろくなことでは無いだろう。
「━━やぁやぁ皆さん、よくぞお越しいただいた!」
すると突然、男の声が辺りに響いた。
声のした方向を見ると、分厚いガラスを隔てた先に男が椅子に座っていた。
その近くには目元を髪で隠した女と、虚ろな表情で俯く男がいた。
座っている男は整っていないボサボサの髪をくしゃくしゃと触り、ニタリと笑う。
「ボクの名前は真殿 才斗! ここで感染者に対しての実験を任された研究者さ。こっちの子はボクの助手で中目って言うんだ。よろしくねぇ!」
「てめぇ……!」
へらへらと嘲るように笑う男を見て、蒼貞さんは先程よりも怒っていた。
「そう怖い顔しないでよ、蒼貞さん。感染者なんていっぱいいるんだ、一人や二人減ったところで文句はないだろ? あんたら支部だって捕まえてるじゃないか?」
「お前とは理由が違う、一緒にすんじゃねぇぞイカれ野郎」
「はは、怖い怖い。……ま、仲良くするつもりは無いけどね」
すると突然、真殿は真顔になり……濁った目でこちらを見た。
ぞくりと背筋が冷える。なんて目だ、どう生きてきたらあんな目をするようになるというのか。
「異世界……だっけ? あんたらが名付けたこの複数の空間、まさか二つも突破してくるとは驚いた! 組織の正メンバーだって何人もいたのにさ。少数精鋭ってワケだ? やるねぇ」
「見通しが甘かったな、オレらを止めたきゃ倍の兵隊を用意しとけよ、イカれ野郎」
「いやいや、ここを守る為ならあんなもんで良いんだよ。むしろあんたらが壊した空間すら必要無いくらいさ」
「何だと?」
得意気に笑い、真殿はガラスに額を当てながら喋る。
「あの空間はな、ただの実験なのさ。ボクが用意した感染者が、どれほどのクオリティを持つ空間を作れるかっていう実験。空間能力は、高い想像力が必要になる力。能力者の想像力次第で広くも狭くもなり、そこに敷かれるルールも簡易なものから複雑なものまで多岐に渡る」
「そして、その空間能力者を人工的に作れるか……そこが重要でね」
「んで、実験は良い成果だった。いずれは作田さんみたいな空間能力者も作れるんじゃないかな。楽しみだ」
まるで、おもちゃを目にした子供のようにはしゃぐ真殿を見て……黒い感情が込み上げる。
何を、笑ってやがる。こいつはたかが実験のために、人の人生を弄びやがった。
とても許せることじゃない。
「で、お話は終わりか? 早いとこお前の面を殴りたくてウズウズしてんだ。長話はやめてくれよな」
気持ちは同じようで、蒼貞さんは既に戦闘準備を済ましていた。
空間のルールは不明だが、人数差は有利だ。厳しい戦いにはならない筈。
「……やれやれ、まだまだ話したいことがあったのに。聞くつもりがないならもういいよ。さっさと帰ってね」
「舐めてんのか? 帰るわけねぇだろ、お前をぶちのめさなきゃならねぇからな」
「頭悪いね、アンタ。じゃあやってみれば?」
「そうするよ」
蒼貞さんは空中にいくつか水を浮かせ、指を真殿へと向ける。分厚いガラスだが、蒼貞さんなら余裕で貫けるだろう。
しかし、蒼貞さんはピタリと止まってしまった。
「……何?」
本人も理由が分からないようで困惑していた。ルールによるものか?
「だから、言ったじゃん。今までの空間はいらなかったって。核シェルターの前に木の棒で柵を作ったとして、それを頼りにする人間はいるかい? あ、核シェルターってのはここの例えね」
またしてもべらべらと喋る真殿。
核シェルターに例えるほど、ここの守りは硬い……それは分かったが。
一体ここはどんなルールが?
「あ、ルール言ってなかったね。知られたところでどうしようもないだろうし、教えてあげよう」
一呼吸起き、真殿は笑いながら言い放った。
「━━攻撃不可、さ。こっちもそっちも誰もが皆、戦うことは出来ないのさ」




