第百八話 剣鬼
「何処にいるんだ、彼は」
能力を発動させ、住宅エリアをひた走る氷堂。他のメンバーから一番遠い場所に転送された氷堂は行く宛もなくただ移動していた。
蒼貞も誰かと戦っているのか、連絡がしばらくなかったからだ。
━━孤立してるっぽいかな、これは。敵味方問わず一定間隔で転送されるならこういう事も起こりうるとは想定していたけど。
置かれた状況に反して、氷堂は不気味なほど冷静だった。
ただ、剱持を自らの手で仕留める事だけを目的としていたからだ。
「氷堂だ! 殺せ!」
「!」
しばらく住宅街を走ると、氷堂を見つけた組織の兵士達が氷堂の元へと走ってきた。
すぐさま氷堂は立ち止まり、氷でメイスを作り出す。
「……数が多いわね。傭兵も混じってるのかしら」
組織は傭兵と協力関係にあるため、蒼貞や焔が想定していた兵士の数よりも大幅に上回っていた。
頭数なら倍近くの差があるだろう。だが、今の状況で危険なのは氷堂ではない。
「まぁ、だからなんだって話」
氷堂は一歩で兵士達の目の前まで移動し
「━━は?」
「今の私は、強いわよ?」
氷堂は乱暴にメイスを横に振り、その衝撃波のみで兵士全てを数十メートル吹き飛ばした。
「ぐああぁ!?」
兵士は壁や地面に叩き付けられ、ピクリとも動かなくなる。
「凄いわね、この力……。身体能力だけじゃなく、能力も大幅に強くなってる……」
氷堂の能力は氷の鎧を纒い、氷で形作った様々な武具を操れるもの。元々攻守共に優れた能力だが、力を授かったことにより更なる力を得ていた。
「……急ぐか」
気を取り直し、氷堂は更に住宅街の中心へと走る。
蒼貞に次ぐ実力者である氷堂にとって、ただの能力者とだけ戦うのは戦況に影響が出しにくい。自分が強いからこそ敵の強者を倒さなければいけない……その自覚が氷堂の足を急がせていた。
「……!」
そして、その時が訪れる。
地面には斬り捨てられた何人もの味方の死体が散乱し、その近くの屋根で胡座をかいて座っている男を見付けた。
「……久しいな、氷堂」
「やっと会えたよ。━━剱持さん!!」
氷堂は間髪入れずに飛び上がり、手に持ったメイスで剱持を殴り付ける。
「随分なご挨拶だ。フッ!」
剱持は抜刀もせず、鞘に入ったままの刀で攻撃を受け止めた。
そのまま弾き飛ばし、剱持は下へと降りてくる。
「正直、信じたくなかったよ。貴方が組織の一員なんてね」
氷堂はメイスを消し、直刃の剣を生成し握る。
「支部にいたままでは、私の願いは叶わなかったのでな。組織の方が私にとっては都合が良かった……それだけの話だ」
剱持はゆっくりと刀を抜き、構える。
流麗な動きとは裏腹に、どす黒い殺意を孕んでいた。
「願い……願いですって? 無差別に力を奮うことが貴方の願いだとでも言うの!?」
氷堂も剣を構え、辺りの空気が凍てついていく。能力をフルで発動している証拠だ。
「無差別ではないさ。私の刃が向かう先は強者のみ。故に私は組織に所属してはいるが本
当の意味で味方などいない。……そうさな、蒼貞や焔を殺した後には榊の首でも狙うとするか」
まるで子供が夢を語るかのような無邪気さで、剱持は笑みを浮かべる。
その様子を見て、氷堂は絶望に似た感情に支配されていた。
━━私が憧れた人は、壊れてしまった。……いや、それとも……元から壊れていたのかもしれない。
「……っ貴方は!!」
猛吹雪のごときスピードで氷堂は剱持へと接近し、渾身の一刀を放つ。
進化能力、授かった力で強化された氷の身体はもはやダイヤモンドの硬度すら越えており、近代兵器の直撃にすら耐え得る硬さを誇っていた。
「勇ましいな! 良いぞ!!」
が、そんな氷堂の一撃は剱持の異常なまでの刀捌きにより難なく防がれ、空いた足で氷堂の腹を蹴り飛ばした。
「ちっ!」
勿論氷堂にダメージはない。
が、
「……え?」
自身が纏っている氷の鎧に、袈裟斬りでもされたかのような痕が残っていた。中の肉体には一切の傷はなかったものの……氷堂の心を激しく動揺させた。
━━斬られた!? いつ!? 全く気付けなかったなんて……!
「……ふむ、硬いな。その鎧、中々頑丈だ」
剱持は特に気にもせず、再び構えを取る。
氷堂は深呼吸をし、高ぶる心臓の鼓動を抑えていく。
━━多分、蹴りと同時に斬ったんだ。蹴られてこちらが体勢を崩し、剱持さんから目を離した一瞬の隙に斬られたんだろう。
そこまでは良い。この人の技術ならそれくらい出来ても不思議じゃない。
問題は……鎧に刃を通された事……! いくら本人が強くても刀は刀、私の鎧に触れたら砕けるか折れるハズ。
剱持さんの能力『剣客』は彼の放つ刀で斬るという行為を強化するというシンプルな能力。彼の放つ刀撃はより速く強く鋭くなり、少しでも動きを見逃すと一気に斬り伏せてしまう。
その能力が力を授かったことで更に強化されたのだとしたら……私の鎧に刃を通すほどの技術を得たということ……?
「……更に化物じみたわね、剱持さん」
「それはそうだろう。そうでもしなきゃ、あの男には届かん」
「あの男? ……蒼貞さんか」
「いかにも」
剱持は頷く。
「私はな、さっきも言ったように強者を……一切合切を斬り捨てたいんだ。子供も、大人も、老人も、男も女も……全てを刀で両断してみたいんだ」
「……何のために?」
「理由が必要か? 刀は生き物を斬り殺すために存在している。その刀を扱う私には、刀の存在理由を証明する責任があるだろう? 故に私は……全てを斬りたいんだ」
夢を語る剱持を見て、氷堂の意識はぐらりと立ち眩みのような感覚に陥る。
━━駄目だ。根っからこの人は……もう、どうしようもないんだ。
きっと死ぬまで、このままなんだ。
「だがまぁ、実力がまだ足りてなかったのでな。蒼貞を始めとした強者には実力が及ばなかった。だからこそ榊に付き、力を貰った。私が蒼貞の支部に所属していた理由は……そうさな、偶々だ。居心地は良かったぞ? 斬る相手には困らなかったしな」
「…………そう。もう、分かった」
氷堂は泣き出したい気持ちを無理やりしまい込み、能力の出力を上げていく。
「……私を殺せるか? 氷堂。一度も私に勝てなかったお前が?」
「殺すさ。私の全てを賭けてでも!!」
凍てついた身体が、剱持へと迫る。
戦いの後に残る生存者は……ただ一人。




