守る為に
バンッ
ファラエルの放った矢が、フェリスへと届く前にどこからか放たれた星弓の矢とぶつかり砕け散る。
「お二人とも、そこまでです。」
近くで起きた衝突音に目を開けば、ファラエルの斜め後方から現れた男に驚く。
ゴーザ…
星弓を霧散させてファラエルに向き直り、深く頭を下げるとフェリスの前まで歩み寄ってきた。
「フェリス様、お伝えしておかなくてはならないことがあります。」
「な、一体何を言って…」
「貴方様は長らくファラエル様を恨んでおられました。」
「当たり前だ、あいつは父上を手にかけた。お前も知っているだろ」
ファラエルに完全に打ちのめされたが、親を殺した事を許さないし、その一点だけは譲れない。まだ強い意志を灯すフェリスの瞳を、ゴーザは静かに見つめた後に口を開く。
「はい、しかしそれはフェリス様を守る為にございました。」
何……だ…どういう……
それは、少し時を遡る内容だった。
幼い頃のこの兄弟は仲が良く、弟思いのファラエルと兄を慕うフェリスは早くに母親を亡くしていた。寂しさを拭うように互いに寄り添い合い、周りからも大切にされていた。ノーブリア侯である父親も忙しい執務の合間で二人に優しく話かけていた。甘えさせ過ぎるとゴーザから苦言を言われることもあった程に。そんな父を二人共とても尊敬していたが、それからしばらくして父の様子がおかしいと感じるようになった。
それでも忙しいから仕方がないと思っていたが、ファラエルからの気遣う言葉にも怒鳴り返す様子に危機感を感じるようになった。
フェリスにも怒鳴り散らすようになると、その頃からファラエルは、父からフェリスを遠ざけるように仕向けていった。
少しずつ違和感から異常だと思う事が増えていくと、ある男の存在が気になり始めた。
以前からゴーザに相談もしていたが、長期的な任務に向かわされてばかりで、城にいる時間は少なかった。時折戻ってきても難しい顔をしながらも兄弟を気にかけてくれるが、状況は変わらない。周りの大人達にも話かけるが、次第に避けられるようになっていく。
それからさらに気にするようになったズワルテの動向を注意するようになった。
あの男、何をして……!
そして、父に出すのであろう茶のポットに何らかの液体を入れる姿を目撃する。すぐにでも問いただそうとしたが、思いとどまる。最近は父に会うことも許されず、誰もファラエルの言葉に耳を貸さない。ならば、何を言った所で相手にさらないだろう。毒であれば大変だと、あとをつけることにした。
茶の一式を乗せたカートを自ら押しているズワルテが父の執務室に入った事を見届けて、部屋に近づき扉を少し開けて中を覗く。
「ズワルテ!茶を早く出せ!」
「ええ、こちらでございますよ。どうぞお召し上がり下さい」
久しぶりに見た父の顔は最早、別人に見えた。だらしなく開いた口の端から涎が垂れている。
目は血走り、急かすように指先で机を叩いている。あれを飲ませてはいけないと部屋に突入しようとするその時。
「兄上?」
フェリス!?
突然声をかけられたファラエルは機を逸してしまい、部屋の中で茶を一気に飲み干す父の姿を横目で確認する。
間に合わなかった…
殺されてしまった?
いや、これは
さも満足したように椅子に深くもたれ、天井を見上げた父の姿はまるでおぞましい化け物に見えた。殺された訳ではなかったが、良くない事だけは分かった。この状況を目撃したとなればただでは済まない気がして、フェリスの手を引き足早に離れたのだった。
それからもズワルテを監視して、あの液体も一瓶盗み出す事も成功した。見つからないように盗み聞きを重ねながら情報を集め、状況が思っていた以上に最悪だと知ることとなる。
もうノーブリアは……
許さん
ズワルテは王都の貴族に能力を買われて拾われた一人だったが、主人の命令で身分や経歴を偽ってノーブリアに士官すると、文官として潜伏した。狙いは交易、物流による経路の権益の確保と、自分が孕ませた女をお手付きにさせて、依存性と催眠性の高い薬物により子供を認知させる。そうしてノーブリアを乗っ取るという胸糞の悪い計画を、莫大とはいかずとも大量の報酬を餌に長い時間をかけて進めていた。共謀者もかなりの人数が潜入しており、全員を排除することなど不可能だった。
今となっては唯一といえる味方のゴーザも冤罪で監禁されていた。
父に関しても薬物依存と呪術師による催眠を重ねられて、将来的な回復は絶望的だという。それどころか用が済めば処分するという話まで聞き及んだ。だがそれよりも、ファラエルとフェリスの存在が邪魔なので消すという無視できない話が、具体的に進んでいた。
ここまでくるとファラエルも決断に迫られた。
味方はいない、敵は排除不可能なほどに国の中に浸透してしまっている。
フェリスだけでも守らねば…
時間の猶予はもうないと、兄弟の生き残りをかけて熟考を重ねて機を見計らった。
そして、いつものように呪術師達と一緒に茶を運んでいるズワルテが、父の執務室に入るとファラエルは一呼吸おいて突入する。
勢いよく部屋に入ると、間髪入れずに呪術師達を星弓で射殺す。
「ファラエル様!」
「動くな。大人しくするならば殺しはせん。」
怒りと驚き、怯えを交えた表情のズワルテが抗議をしようとするが、ファラエルが視線で抑え込む。
憎いことこの上ないが、ここでこいつを殺せん。だが今はそれよりも…
「父上、お話を」
「だまれ!勝手な真似をしおって。お前とフェリスは邪魔だ。殺す。」
やはりもう手遅れか
最早、身内に向けるような目をしていない父のの姿にファラエルは胸を締め付けられる。だが、剣を抜いて迫られては感傷に浸る間もない。そして、決断する。
「父上、お許しを」
父の剣をかわしながら、一撃で斬り伏せる。本来、父の武はファラエルの及ぶところではなかったが、ファラエルの血が滲む努力と、正気ではない父の剣技によるものだった。幼い頃に憧れた剣技は見る影もない。
「なんという事を!」
この瞬間に計画が破綻したズワルテは激怒した。対してファラエルは薬物の瓶を胸元から取り出す。
「それは!?」
「お前の企んでいることは知っている。長い間上手くやったものだ。これで目的が達成しなくなった訳たが、俺に協力しないか。はした金ではなく地位、権力と与えてやるぞ。」
「!?……」
驚愕するが、未だ状況の整理がつかないズワルテは、自分の今後の予想を素早く脳裏に巡らせる。
「そう言いながら殺すのではないですか」
「フッ、殺すならここに来た瞬間に殺している。俺には協力者が必要だ。悪いようにはしないぞ。」
本当は今すぐ殺したいが、今の状況でファラエルが出来ることはせいぜい逃げる事ぐらいだ。やり方はともあれそこそこの影響力を持つズワルテを利用すれば、上手くいけば自分達兄弟の命とこの国を守れるかもしれない。
「なるほど、ふむふむしかし、私も裏切るとなれば命を狙われます」
「ならば今ここで命を狙われてみるか。お前を殺してこの場を検分させれば目的は達成する。たが、お前の能力は買っている。それに主人に狙われるのであれば、手出しが出来ない状況を作ればいい。協力するならば守ってやる。」
ようやく頭の整理が追いついたズワルテは、相手は州侯の嫡男、年齢は少し若いがそれだけに担ぎあげれば最も身近な存在として、素晴らしい未来があると結論づけた。
悪くない話ですね。せいぜい利用させてもらいましょう
口角が上がったズワルテを見て、ファラエルは心の中で安堵する。
ひとまず初動は上手くいったか。だが、いつかこの男は殺す
「いいでしょういいでしょう。このズワルテ、ファラエルの為に身を粉にして働きましょうぞ。」
話がまとまった所で、扉をノックする音が聞こえる。
「父上、フェリスです。お話があります。」
ファラエルとズワルテは眉をひそめる。夜も更けたこんな時間に間が悪いことにフェリスが父に会いに来てしまった。
「父上?どうしても聞いて頂きたいお話があります。入っても宜しいでしょうか。」
普段なら返答がなければ、出直すことが分かっていたファラエルは、ズワルテを制しこのままやり過ごす。
ガチャ
何かを感じたのか、フェリスが扉を開けて部屋の惨劇に目を見開く。
「ズワルテ」
「お任せを」
驚きのあまりに言葉を失い立ち尽くしているフェリスを、ズワルテが付き添いその場所から離れさせたのだった。
「以上があの時の状況になります。」
昔から嘘はつかないゴーザの話に、フェリスは俯き肩を震わせる。
「何故今まで教えてくれなかった。そんなこと知らなかった」
「私も監禁が解かれて初めて事情をファラエル様からお聞きしました。そして、フェリス様にお伝えすることも考えましたが、当時の状況は非常に危ういものでした。信じられる味方は少なく、少しでも判断を誤れば全てを失ったでしょう。フェリス様を守る為にあえて伏せさせて頂きました。」
「ふざけるな!俺を騙していただけだろ!話してくれてたら俺だって」
「甘えるな、自らが見たもの、聞いたもの、感じたものを判断して決断する。そして、その責任を自らが取るのだ。お前は自分でここを出て兵になり、騎士団となって今ここにいる。」
激昂するフェリスにファラエルが冷たく言い放つ。否定出来ずに歯を食いしばらせた。
「ノーブリアを出て中央に行くと申された時は、危険だと心配しておりました。ですが、フェリス様が努力されて騎士団に選ばれたとお聞きした時は、これで身の安全は心配ないと思っていたのです。」
「ゴーザ、もうよい。フェリス、処罰は後で言い渡す。ゴーザが庇い立てするからここでは命を取らん。下がれ。」
フェリスは何か言おうとしたが、上手く言葉が出ずに黙って立ち上がると、ゴーザが呼びつけた衛兵に支えられて退出した。
「勝手な真似をして申し訳ございません。」
「俺の矢が合わせれるとはな、未だ衰えておらんな」
「何を仰るのやら。私が合わせやすいように合わせておられたのでしょう」
「お前が動く気配があったからな。さて、ケリをつけに行くとしようか」
そうしてファラエルはゴーザを連れて移動した。




