表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女ー男じゃない!  作者: 秋桜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/37

灯火

「……どういうこと?」


 菜月が突然の誕生日を祝う声に包まれて、呆然としている。


 志織と小春も皆の中に加わっていて、教室には小さな拍手が広がった。


「ちょっと待って。……私?」


 意味がわからないという顔で見回す姿が、あまりにも想像通りで笑ってしまった。


「実はね。今日、私の誕生日なんだよ」


 私が自分を指差すと、「え、そうなの!?」と目を丸くした。


「なんだー、びっくりした!おめでとう!」


 ほっとしたように胸をなで下ろすと、笑顔で祝ってくれた。


「ありがとう。でね、せっかくだから」


 志織が口元に手を当てて、楽しそうに笑う。


「菜月ちゃんの分も、一緒にやっちゃおうって話。ふふ、ドッキリ成功だね」


 菜月に駆け寄ると、ぐいっと手を引いて前へ連れ出した。


「ほら、菜月ちゃん。こっちこっち!」


「え……う、うん」


 珍しく菜月が戸惑って言葉が追いつかない。


 されるがままに押し出され、皆も笑いながら道を開けた。


「え、本当に私のも?」


 菜月は、まだ実感が湧かないように、胸に手を当てている。


 小春が頷きながら、保冷バッグを持ってきた。


「ほら、姉妹みたいなもんだしね。あと、コレ。コンビニのカップケーキだけど」


 小さなケーキを置いてロウソクを立てると、教室の明かりが落とされた。


 代わりに防災用のランタンが灯され、柔らかな光がどこか非日常めいた空間に変えていく。


 暗がりの中で、落ち着かなさを隠すように、押し殺した声があちこちで弾けた。


「これ、バレたら普通に怒られるよね。冷蔵庫やランタンも勝手に使っちゃったし」


「て言うか、教室でロウソク使ってる時点でアウトだよな……」


「大丈夫。小春ちゃんが全部責任持つから」


「「だよね」」


「連帯責任でしょ!?」


 教室にくすくすと笑いが広がった。


 今までの私たちなら、こんなルールから外れることはしなかった。

 それが余計に、見つかったらただじゃ済まないという震えさえも、楽しくて可笑しいものにしていた。


 そして、大きな声は出せないから。


「「♪ハッピーバースデー ディア なつきちゃん……」」


 皆の囁くような歌が、静かな教室をそっとあたためた。


 ランタンの灯りの中で、菜月の表情が驚きと戸惑いのあいだで揺れ、そのままぽろりと涙をこぼした。


「……すごく嬉しい。ありがとう、みんな」


 少し震える声だったけれど、はっきりと全員の胸に届いた。


 再び照明が照らされると、いつもなら曇りひとつない黒板に、不揃いな文字がカラフルに並んでいた。


『菜月ちゃん 夏樹ちゃん 誕生日おめでとう!』


 その前で撮った写真には、西側の制服を着た菜月がいた。

 それでも、私たちは何の隔たりもないかのように、自然に笑っていた。


 お別れ会なんて名前をつけてしまえば、距離を実感してしまいそうだったから。


 だから、これは少しだけ特別な楽しい誕生日会――そういうことにしておきたかった。


 笑い声は小さくて短い時間だけど、永遠に続くかのようだった。


 それでも名残惜しい空気のまま、私たちは手際よく、いつもの教室へ戻していく。


 掛け時計を確認した志織が、呼びかけるように手を打った。


「そろそろ、行こうか」


 私たちの当番には、校舎の巡回がまだ残っている。


 菜月が「行ってくるね」と手を振ると、クラスメイトたちから「またあとでね」と声が飛んできた。


 一歩廊下に出ると、他の教室の明かりはすでに消えていて、さっきまでの賑やかさが嘘のように遠のいた。

 

「時間も遅くなってるし。二組に分かれようか」


 志織の提案に、小春も賛成した。


「じゃあ私たちは下の階から行こうか。そっちは上、お願いね」


 志織と小春、それから菜月と私に分かれ、手を上げて別れた。


 戸締まりなどの確認をして歩いていると、菜月が私の腕をちょんとつついた。


「ねえねえ。ここで『なつきちゃん』って呼ばれて、一緒に振り返ったよね」


「はは、あったね」


 鏡みたいに同じタイミングで振り返ったことを、今思い出しても笑ってしまう。


「まさかセーラー服を着た、同じ名前の女子に出会うなんてね」


「あはは、私も!これ以上びっくりすること、もうなさそうだよね」


 たわいもない話なのに、妙に楽しくて足取りが軽くなる。


 最後の外階段に出ると、風が柔らかくて心地よかった。


 並んで町並みを眺めていると、菜月が独り言のように呟いた。


「不思議だな。この空は西側に続いてるのに、街は繋がってないなんて。お母さんの仕事がなかったら、気にもしないままだったのかな」


 その横顔に寂しさを感じて、振り払うように声をかけた。


「そういえば、お母さんの体調はどう? もう落ち着いてるの?」


 菜月は少しだけ表情を緩めて、頷いた。


「ありがとう、もう大丈夫だよ。最初は色々と不安だったけど。でもね、お母さんに会ってきた時、ちゃんとやりたいって思えたんだよ」


「ちゃんと?」


「看護師」


「誰かを助けたいとか、大きなことは言えないけどね。目の前の人を少しでも安心させられる人になりたいんだ」


 そう言って、私に手のひらを向けた。


「それに夏樹ちゃんがいるから、もう大丈夫だしね」


 予想していなかった一言だったけれど、それでもすぐに頷いた。

 私もまた、菜月がいたからここまで来られたのだから。


 けれど、その言葉を口にした瞬間、菜月の表情がわずかに曇った。


「でも……それとこれって、別なんだよね」


 そう言って、風に揺れる髪を整えながら、名残惜しそうに視線を戻した。


 その“これ”が何を指しているのか、聞かなくても分かる。

 東西の間には、人々の交流を分断する見えない隔たりがある。


 どうしようもない現実に返す言葉が見つからないまま、逃げるように最後の項目にチェックを入れた。


 カチ、とペンの音がやけに大きく響く。


「これで、全部終わりだね」


 終わり、と口に出した瞬間、それがただの作業の話じゃないことに気づいてしまう。


 その時、隣で何かが動いた気がして、視線を向けかけたが――やめる。


「戻ろうか」


 ――返事がない。


 さっきまで隣にいたはずの気配が、消えていた。


「菜月ちゃん?」


 微かに嫌な予感を覚えて振り向くと、そこには。


 菜月が苦しそうに胸を押さえて、膝をついていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ